第44話 魔王と殺人鬼

文字数 2,008文字

 退魔の鉈と漆黒の剣が衝突する。
 一瞬の拮抗の末、押し返されたのは俺の方だった。

 凄まじい力で迫る刃。
 俺は鉈を傾けて受け流しながら回避する。
 続けざまの刺突も、紙一重のやり取りで躱した。
 魔王の腹を蹴飛ばして距離を取る。

(膂力に差があるな……これはやりづらい)

 魔力の獲得によって俺も強くなったはずなのだが、魔王の力はそれすらも凌駕していた。
 全体的に戦い慣れた動きで、些細な挙動までもが洗練されている。
 圧倒的な力と卓越した技量を見事に両立させているのだ。
 さすが魔王という他ない。

「今度はこちらからゆくぞ」

 魔王が突風のような勢いで踏み込んでくる。
 そして鮮やかに剣を一閃させた。

 俺は上体を限界まで逸らして避ける。
 危ない。
 首を狙われていた。

 空を切った剣を横目に、俺は拳銃を連射する。
 甲高い音と跳ねる火花。
 弾丸はあえなく鎧に弾かれた。

(銃は駄目か)

 この世界の標準的な鎧なら貫通できるはずなのだが、魔王の鎧には傷一つ付いていない。
 中身へのダメージも皆無に等しいだろう。
 魔術的な力があれば別かもしれないが、鉛玉は効かないと見てよさそうだ。

 俺は拳銃を仕舞って鉈を構える。

「その奇怪な武器はもう使わないのか」

「気が変わってね。首を切り落としたくなったんだ」

「くっく、面白い」

 笑い声を洩らした魔王が、接近して袈裟懸けに斬りかかってくる。

 俺は瞬時に軌道を読み、サイドステップで跳んだ。
 毛先を切られる感触を覚えるも、肌には到達していない。

 俺は姿勢を低くしたまま踏み込んで、鉈を横薙ぎに振るう。

(退魔の力を宿すこの魔術武器なら、攻撃が通じるはず……)

 刃が触れる寸前、魔王の鎧の隙間から黒い靄が勢いよく噴き出した。
 それをまともに浴びた俺は、すぐさま攻撃を中断して飛び退く。
 眉を寄せて咳き込む。

(少し吸い込んだな……)

 じくじくと鋭い痛みが、喉や肌に伝わってくる。
 まるで数千本の熱した針で突かれているかのような感覚だった。

 ちらりと確かめると、身体の表面に刺青のように黒い模様が浮き出ている。
 茨のような模様だ。
 模様は脈動しながら肌の上を蠢き回る。
 鏡が無いので確認できないものの、顔や首にも同様の痛みがあった。

 魔王は粛々と告げる。

「茨の呪詛だ。勇者なら聖気で無効化するかと思ったが。少しずつ魔力と生命力を奪っていく。衰弱して死ぬがよい」

「へぇ、そりゃ厄介だ」

 ご丁寧な解説を聞いて、俺は肩をすくめた。

 さすがにブラフではあるまい。
 魔術の存在する世界だ。
 命を奪う呪詛だってあるだろう。

 こうなってくると、早期決着が望ましいな。
 呪詛に蝕まれて死ぬのは嫌だからね。
 まったく、こういう搦め手はやめてほしいものだ。
 じっくりと殺し合いが楽しめないじゃないか。

 嘆息した俺は、魔王を目掛けて駆け出す。
 今度は斧を引き抜いた二刀流だ。

 呪いが痛むものの、決して我慢できないほどではない。
 精々、意志の力で捻じ伏せられるレベルだった。
 俺の動きを阻害する要因にはなり得ない。

 接近する俺に魔王は感心する。

「その侵蝕度で平然と動くか。不死身……ではないな。精神力で耐えるとは見上げた根性だ」

「はいはい、ありがとうね、っと」

 称賛に相槌を返しつつ、俺は力任せに鉈を叩き込む。

 魔王は剣で防ぎ、刃同士を擦り合わせながら刺突を繰り出してきた。
 切っ先を視界に収めながら、俺はさらに一歩踏み出す。

「……っ」

 脇腹に痛み。
 剣が肋骨を削るのを感じた。

 だが、死なない。
 少し掠めただけだ。
 俺は斧を握る手に力を込める。

「む」

 魔王が声を発する。
 そこに含まれるのは驚嘆。
 剣を横薙ぎにして、俺の胴体を断ち切ろうとしてくる。

(遅い)

 俺は渾身の力で斧を振り上げた。
 分厚い刃が魔王の胸部に炸裂する。
 魔術武器の効力が発動し、本来の斬撃に爆発的な破壊現象が上乗せされた。

 魔王は数メートルを吹き飛び、剣を地面に刺して止まる。
 鎧の胸部が陥没して、薄く白煙をくゆらせていた。

(ようやくダメージを与えられたか……)

 俺は斧を振りながらため息を吐く。
 先は果てしなく長いな。
 首を落とすには、もう少し頑張らないといけないね。

 本当にこの武器を持ってきてよかった。
 何事も万が一の備えは重要だと再認識させられる。

 鎧の損傷を撫でた魔王は、どこか嬉しそうな声音で発言する。

「……我の鎧に傷を付けるとは。やるではないか。稀有な強さを持つ勇者よ、名を聞こう」

「名乗るほどの者じゃないさ。ただのしがない殺人鬼だよ」

 俺は微笑を浮かべながら答えてみせた。
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