第37話 従者の役目

文字数 2,427文字

「ササヌエさん! 大丈夫ですかっ!?」

 座り込んで休憩していると、ニナが駆け付けてきた。

 生きていたんだ。
 今回はさすがに退避させる余裕が無かったから、死んでしまった可能性も考えていた。
 彼女なりに上手く逃げ隠れしてくれたようだ。
 悪運が強いね。

 ニナは元奴隷少女の死体を見ると、深く息を吐いて安堵する。

「一人で魔族を倒されたのですか。さすがです……」

「ああ、正体はちっぽけな蛇だったけどね」

 俺は指を差そうとして、腕が持ち上がらないことに気付く。
 既に筋肉断裂が始まっていたらしい。
 骨にもヒビが入っている気がする。
 無理やり動かすこともできそうだけど、そうまでして伝えたいことでもなかった。

 俺の視線を辿ったニナは、少女と蛇の死体をそれぞれ確認する。
 そして、複雑な表情で問いかけてきた。

「あの……本当に勇者ではないのですよね?」

「残念だけど違うね。ただの人間さ」

 俺は苦笑混じりに答える。

 物語の主役じゃあるまいし、激闘の中でいきなり覚醒して強くなることもない。
 ただ持てる力を総動員して殺し切っただけである。
 人間の底力というやつだろうか。

 もっとも、代償として満身創痍だが。
 全身の至る所から激痛が訴え、熱を帯びていた。
 緊急搬送されて然るべき状態である。

 加えて猛烈な空腹感を覚えていた。
 頭が上手く回らない。
 血も足りないのだ。
 それなりに出血したのだから当たり前か。
 全身の痛みより、この飢餓感の方が気になるほどだった。

 リミッターの解除は相応のエネルギーを消費する。
 ただ全力で運動するのとはわけが違うのだ。
 身体を治すためにも栄養が必要だった。

 俺は何か食べ物が無いかと視線を巡らせる。
 辺りには死体ばかりが転がっている。
 付近は戦闘の余波で崩壊していた。
 瓦礫の山から無事な食べ物を探すのは面倒だ。
 どこかへ調達しに行くとしても、時間がかかってしまう。

 少しでいいので今すぐに何か食べたかった。
 そんな時、蛇の死骸が目に入る。

「なんだ、ちょうどいい食料があるじゃないか」

 蛇は久しく食べていない。
 海外で仕事をしていた頃、サバイバル中に食った以来か。
 美味くもないが、特別に不味いわけでもない。
 飢餓を抑えるには適切と思えた。

 折れた手足で這い進み、蛇の死骸へと近付いていく。
 すると、俺の視線と仕草から意図を察したニナが制止してきた。

「駄目ですよ! 魔族の肉は人間にとって猛毒なので死んでしまいます! 魔族を食らえば強大な魔力を得るという迷信もあって、それを試した事例が過去に何度かありますが、いずれも散々な症状の果てに命を落としています。食事なら私が急いで用意しますので、少しだけお待ちください……」

「大丈夫だよ。毒には強いんだ」

 過去にも致死性の毒ガスを受けたこともあるが、三日程度の不調で済んだ。
 それに魔力を得られると聞けば、余計に食ってみなければならない。
 たとえ迷信だろうが、試してみるに限る。
 何事もチャレンジ精神が大事だよね。

 ニナの説得を振り切った俺は、さっさと蛇を掴み取った。
 できれば焼きたいが、近くに火種がない。
 その準備すらもどかしくなり、俺は蛇にそのまま齧り付く。

 滑らかな鱗を歯で食い破って内側の肉を咀嚼した。
 妙に苦い血液も嚥下する。
 そばで慌てるニナにもお構いなしだ。

 そうして一分ほどで蛇を食らい尽くす。
 まだ量が足りないものの、空腹感はマシになった。
 俺はぺらぺらになった鱗を吐き捨てる。

「一旦、宿屋に戻ろうか。さすがに休憩しないと」

 俺は鉈と斧を杖のようにして立ち上がった。
 右脚が伸ばせず、傾いた形になる。
 腕も悲鳴を上げていた。
 どこか一点に体重をかけると、骨が折れそうだった。

 それでも歩けないことはない。
 仮に兵士が雪崩のように襲いかかってきても、対処はできるだろう。
 彼らに負けるほど、俺も弱っているわけではなかった。
 そこは自信を持って断言できる。
 これより酷い怪我をした状態で、銃弾の嵐を掻い潜ったことだってあるのだ。

 宿屋の方角へ一歩ずつ進んでいると、なぜかニナが寄り添ってきた。
 彼女は俺の腕を自分の肩に回して支えようとする。

 俺はニナに問いかける。

「どういう風の吹き回しだい?」

「色々と思う所はありますが、ササヌエさんは魔族を倒す力を持つお方なので……勇者ではないにしても、街を救った英雄であるのは確かです。私は、そう信じます……」

「英雄ねぇ……不似合いすぎて笑えるよ」

 国王や勇者や剣聖を殺してきた人間に向ける言葉だろうか。
 ニナの判断は盲目かつ愚かだ。
 人々のことを思うなら、俺に協力しない方がいい。

 もっとも、ニナは手遅れの段階に至っていた。
 ここで俺を裏切ったところで、国内に彼女の安息の地は存在しないだろう。
 既に俺という殺人鬼に加担した状態である。

 一連の事態の元凶と非難されても否定できまい。
 もし重罪人として処刑されてもおかしくないだろう。
 召喚魔術の適性をアピールすれば亡命先くらいは見つかるかもしれないが、碌な結末になるとは思えない。

 ニナがそこまで考えた上で俺に肩を貸しているなら構わないが、どう見てもそんな風には見えなかった。
 たぶんもっと短慮な気がする。
 良く言えば純粋だが、実際は重度のお人好しだろう。
 ふらふらと半端な判断で彷徨う彼女は、いずれそのことを後悔すると思う。

(……まあ、俺はいいけどさ)

 深々とため息を吐く。

 何も俺がわざわざ気遣うことではない。
 彼女が従者を望むのなら、その善意や決心を利用するまでだ。

 俺はニナに肩を貸したまま、宿屋へと向かうのであった。
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