第34話 魔族の力
文字数 3,114文字
「で、君は誰なんだい? 俺のことを狙っていたみたいだけれど」
俺の疑問に対して、少女は悠然と答えてみせる。
「――貴様が殺した領主を駒としていた者、と言えば察しが付くか?」
「おっ、もしかして魔族かな」
「然り。そして、貴様を屠る者でもある」
そう名乗った少女改め魔族は、殺気を隠さず仁王立ちする。
彼女を中心に強風が巻き起こった。
踏ん張っていなければよろめきそうだ。
俺は微笑を湛えたまま肩をすくめる。
「まさか魔族が可愛らしい女の子とは予想外だよ」
「この肉体は寄生して操っているだけに過ぎぬ」
なるほど、寄生能力か。
魔族について詳しく知っているわけではないが、やはり人外の存在という認識で間違っていないようだ。
「そんな秘密をバラしていいのかい?」
「構わぬ。ここにいる者は皆殺しにするのだ。何ら問題ない」
そう言って魔族は、腰を抜かした従業員の首を撫でる。
従業員の首が胴体から滑り落ちた。
噴水のように上がる鮮血。
魔族が目を細めて、気持ちよさそうに浴びる。
随分と悪趣味だな。
俺もよく返り血まみれになるが、あんな風に浴びたいとは思わない。
可能ならその都度シャワーで洗い流したいくらいである。
床を転がる生首を一瞥しつつ、俺はさらに問いを投げた。
「どうして俺を殺したいのさ」
「決まっておろう。有用な駒を潰されたのだ。相応の報いを与えねばなるまい。そのためにこの肉体の精神を利用して言動を擬態した。看破された今となっては、全くの徒労だったが。まあ、よい……堂々と殺すまでだッ」
言い終えた瞬間、魔族が跳びかかってきた。
驚異的な加速度。
身体強化を用いたマリィを凌駕するスピードだ。
俺はニナを横に突き飛ばしながら、テーブルを蹴り上げる。
「温い防御だッ」
魔族は手刀でテーブルを切り裂いた。
その手で俺へと刺突を放ってくる。
繰り出された腕を躱しながら、俺は魔族の顔面を殴る。
宙を舞う魔族は、空中で姿勢を制御してボスの頭部に着地した。
その頭蓋を踏み割りながら再度の突進を敢行する。
「あぶなっ」
俺は宙返りで回避した。
魔族の拳がソファを粉砕する。
まともに食らえばアウトな感じだな。
宙で身を捻った俺は、三本のナイフを投擲する。
狙い通りに放ったナイフはしかし、魔族から漂う黒いオーラに阻まれて制止する。
刹那、反転してこちらへ飛んできた。
「…………っ」
俺は空中で上体を逸らすことで、ナイフを避ける。
本当に紙一重だった。
「甘いわ」
蔑みを含んだ声音。
すぐ近くからだった。
いつの間にか、魔族が目の前まで跳び上がっている。
振りかぶられた拳を認めたその瞬間、俺はあっけなく殴り飛ばされた。
滅茶苦茶に回転する視界。
背中が壁を突き破る感触がした。
視界に日光が差す。
どうやら館の外まで飛ばされた、と認識する前にさらに隣の家屋の壁を破壊する。
寂れた室内を転がりながらも床に手を突き、俺はなんとか止まることができた。
「ふぅ、情けないな……」
殴打をガードした腕が痺れる。
骨もギリギリ折れていない。
両手の指を動かすも、特に問題なかった。
下手に対抗せずに殴り飛ばされたのが功を奏したようだ。
衝撃を殺さなければ、腕が千切れ飛んでいたかもしれない。
いやはや、困ったね。
さすが人外の魔族である。
とんでもないパワーとスピードだ。
そんなことを考えていると、魔族が壁をぶち抜いて登場した。
邪悪な笑みを浮かべた魔族は、豪快な跳び蹴りで迫る。
(まったく、休む暇もないということか)
俺は床を蹴って転がり、破滅的な威力を備えた蹴りを掻い潜る。
蹴りで爆発する床を目にしながら、俺は予備の拳銃を抜き取って発砲する。
だが、弾丸は黒いオーラに絡め取られてしまった。
跳ね返ってきた弾丸が、俺の胴体を掠めていく。
(やはり飛び道具は駄目か。厄介な……)
魔術やそれに類する能力を、この魔族は有しているらしい。
おかげで遠距離攻撃が無効化され、手痛いカウンターとなって返ってくる。
「どうした? もっと動けるだろう? 愚かな人間よ、もっと足掻いてみせよ」
「言われなくてもそうするよ、っと」
嘲笑する魔族の首に、俺は思い切り蹴りを打ち込んだ。
今度は黒いオーラに阻まれない。
めきり、と確かな破壊の感触が伝わってくる。
数瞬の硬直を経て、魔族がニヤリと笑った。
「ふむ、やればできるではないか」
「おいおい、マジか――」
唸りを上げる掌底が、俺の腹に炸裂した。
強烈な衝撃。
内臓を直に握り潰されたような痛みが走る。
掌底で身体を浮かされた俺を待っていたのは、魔族による容赦なき連打であった。
間断なく放たれた拳が、全身を蹂躙していく。
防御や回避の余裕などなかった。
ひたすら意識を奪われないように耐えるのみだ。
そうして数十発の殴打の末、フィニッシュの一撃が俺の身体にクリーンヒットする。
建物に次々と穴を開けながら、俺は無抵抗に吹き飛んで行った。
気を失わないことにだけ注力する。
否、それくらいしかできなかったとも言える。
気が付いた時、俺の身体は瓦礫に挟まっていた。
どこかの建物の倒壊に巻き込まれたことで、ようやく止まることに成功したらしい。
俺は瓦礫の山からなんとか這い出る。
(一体、どこまで飛ばされた……?)
霞む視界。
ぐらつく頭に辟易しつつ、俺は周囲の状況の確認に努める。
人々が悲鳴を上げて、遠巻きにこちらを眺めていた。
耳鳴りのせいでよく聞こえないが、かなり騒然としているようだ。
いつの間にか表通りまで来てしまったらしい。
スラム街から出てしまうほどの距離を殴り飛ばされたのか。
すごいな。
非現実的なパワーである。
「……っ」
俺は俯いて吐血する。
肋骨が何本か折れているみたいだった。
内臓も破裂してそうな感覚だ。
頭部からも出血があり、視界にどろりとした赤が混じる。
(完全な力負けだ)
特殊な能力の有無を除いても、俺と魔族には身体能力の格差があった。
認めざるを得ない。
このまま殺し合ったところで、逆転する見込みはゼロに等しいだろう。
(……仕方ない、多少のリスクは無視するしかないな)
魔族を殺すことだけに集中しよう。
あいつを仕留められたら、どんなに最高だろう。
俺に報復を図ったことを存分に後悔させながら殺してやるのだ。
想像するだけで殺気が滾る。
俺は深呼吸を繰り返しながら、全身にかかった制御機構を解き、その状態を馴染ませていく。
意識的に筋肉のリミッターを外しているのだ。
切り札の一つである。
これで叶わなければ終わりだ。
だが、通用するという直感があった。
俺だって数えきれないほどの人間を殺してきたのだ。
他者に寄生して暗殺を目論むような存在に、為す術もなく負けるわけがない。
準備を整えているうちに、スラム街の方角から魔族が疾走してきた。
その異様な風貌を目撃した人々は、恐れ慄きながら逃げ惑う。
魔族は俺を見て少し意外そうな顔をした。
「その傷で立てるのか。頑丈だな」
俺は口から流れる血を拭いつつ、不敵に笑う。
「お前を殺すまでは、死ねないさ――ほら、第二ラウンドだ。楽しく殺し合おう」
俺の疑問に対して、少女は悠然と答えてみせる。
「――貴様が殺した領主を駒としていた者、と言えば察しが付くか?」
「おっ、もしかして魔族かな」
「然り。そして、貴様を屠る者でもある」
そう名乗った少女改め魔族は、殺気を隠さず仁王立ちする。
彼女を中心に強風が巻き起こった。
踏ん張っていなければよろめきそうだ。
俺は微笑を湛えたまま肩をすくめる。
「まさか魔族が可愛らしい女の子とは予想外だよ」
「この肉体は寄生して操っているだけに過ぎぬ」
なるほど、寄生能力か。
魔族について詳しく知っているわけではないが、やはり人外の存在という認識で間違っていないようだ。
「そんな秘密をバラしていいのかい?」
「構わぬ。ここにいる者は皆殺しにするのだ。何ら問題ない」
そう言って魔族は、腰を抜かした従業員の首を撫でる。
従業員の首が胴体から滑り落ちた。
噴水のように上がる鮮血。
魔族が目を細めて、気持ちよさそうに浴びる。
随分と悪趣味だな。
俺もよく返り血まみれになるが、あんな風に浴びたいとは思わない。
可能ならその都度シャワーで洗い流したいくらいである。
床を転がる生首を一瞥しつつ、俺はさらに問いを投げた。
「どうして俺を殺したいのさ」
「決まっておろう。有用な駒を潰されたのだ。相応の報いを与えねばなるまい。そのためにこの肉体の精神を利用して言動を擬態した。看破された今となっては、全くの徒労だったが。まあ、よい……堂々と殺すまでだッ」
言い終えた瞬間、魔族が跳びかかってきた。
驚異的な加速度。
身体強化を用いたマリィを凌駕するスピードだ。
俺はニナを横に突き飛ばしながら、テーブルを蹴り上げる。
「温い防御だッ」
魔族は手刀でテーブルを切り裂いた。
その手で俺へと刺突を放ってくる。
繰り出された腕を躱しながら、俺は魔族の顔面を殴る。
宙を舞う魔族は、空中で姿勢を制御してボスの頭部に着地した。
その頭蓋を踏み割りながら再度の突進を敢行する。
「あぶなっ」
俺は宙返りで回避した。
魔族の拳がソファを粉砕する。
まともに食らえばアウトな感じだな。
宙で身を捻った俺は、三本のナイフを投擲する。
狙い通りに放ったナイフはしかし、魔族から漂う黒いオーラに阻まれて制止する。
刹那、反転してこちらへ飛んできた。
「…………っ」
俺は空中で上体を逸らすことで、ナイフを避ける。
本当に紙一重だった。
「甘いわ」
蔑みを含んだ声音。
すぐ近くからだった。
いつの間にか、魔族が目の前まで跳び上がっている。
振りかぶられた拳を認めたその瞬間、俺はあっけなく殴り飛ばされた。
滅茶苦茶に回転する視界。
背中が壁を突き破る感触がした。
視界に日光が差す。
どうやら館の外まで飛ばされた、と認識する前にさらに隣の家屋の壁を破壊する。
寂れた室内を転がりながらも床に手を突き、俺はなんとか止まることができた。
「ふぅ、情けないな……」
殴打をガードした腕が痺れる。
骨もギリギリ折れていない。
両手の指を動かすも、特に問題なかった。
下手に対抗せずに殴り飛ばされたのが功を奏したようだ。
衝撃を殺さなければ、腕が千切れ飛んでいたかもしれない。
いやはや、困ったね。
さすが人外の魔族である。
とんでもないパワーとスピードだ。
そんなことを考えていると、魔族が壁をぶち抜いて登場した。
邪悪な笑みを浮かべた魔族は、豪快な跳び蹴りで迫る。
(まったく、休む暇もないということか)
俺は床を蹴って転がり、破滅的な威力を備えた蹴りを掻い潜る。
蹴りで爆発する床を目にしながら、俺は予備の拳銃を抜き取って発砲する。
だが、弾丸は黒いオーラに絡め取られてしまった。
跳ね返ってきた弾丸が、俺の胴体を掠めていく。
(やはり飛び道具は駄目か。厄介な……)
魔術やそれに類する能力を、この魔族は有しているらしい。
おかげで遠距離攻撃が無効化され、手痛いカウンターとなって返ってくる。
「どうした? もっと動けるだろう? 愚かな人間よ、もっと足掻いてみせよ」
「言われなくてもそうするよ、っと」
嘲笑する魔族の首に、俺は思い切り蹴りを打ち込んだ。
今度は黒いオーラに阻まれない。
めきり、と確かな破壊の感触が伝わってくる。
数瞬の硬直を経て、魔族がニヤリと笑った。
「ふむ、やればできるではないか」
「おいおい、マジか――」
唸りを上げる掌底が、俺の腹に炸裂した。
強烈な衝撃。
内臓を直に握り潰されたような痛みが走る。
掌底で身体を浮かされた俺を待っていたのは、魔族による容赦なき連打であった。
間断なく放たれた拳が、全身を蹂躙していく。
防御や回避の余裕などなかった。
ひたすら意識を奪われないように耐えるのみだ。
そうして数十発の殴打の末、フィニッシュの一撃が俺の身体にクリーンヒットする。
建物に次々と穴を開けながら、俺は無抵抗に吹き飛んで行った。
気を失わないことにだけ注力する。
否、それくらいしかできなかったとも言える。
気が付いた時、俺の身体は瓦礫に挟まっていた。
どこかの建物の倒壊に巻き込まれたことで、ようやく止まることに成功したらしい。
俺は瓦礫の山からなんとか這い出る。
(一体、どこまで飛ばされた……?)
霞む視界。
ぐらつく頭に辟易しつつ、俺は周囲の状況の確認に努める。
人々が悲鳴を上げて、遠巻きにこちらを眺めていた。
耳鳴りのせいでよく聞こえないが、かなり騒然としているようだ。
いつの間にか表通りまで来てしまったらしい。
スラム街から出てしまうほどの距離を殴り飛ばされたのか。
すごいな。
非現実的なパワーである。
「……っ」
俺は俯いて吐血する。
肋骨が何本か折れているみたいだった。
内臓も破裂してそうな感覚だ。
頭部からも出血があり、視界にどろりとした赤が混じる。
(完全な力負けだ)
特殊な能力の有無を除いても、俺と魔族には身体能力の格差があった。
認めざるを得ない。
このまま殺し合ったところで、逆転する見込みはゼロに等しいだろう。
(……仕方ない、多少のリスクは無視するしかないな)
魔族を殺すことだけに集中しよう。
あいつを仕留められたら、どんなに最高だろう。
俺に報復を図ったことを存分に後悔させながら殺してやるのだ。
想像するだけで殺気が滾る。
俺は深呼吸を繰り返しながら、全身にかかった制御機構を解き、その状態を馴染ませていく。
意識的に筋肉のリミッターを外しているのだ。
切り札の一つである。
これで叶わなければ終わりだ。
だが、通用するという直感があった。
俺だって数えきれないほどの人間を殺してきたのだ。
他者に寄生して暗殺を目論むような存在に、為す術もなく負けるわけがない。
準備を整えているうちに、スラム街の方角から魔族が疾走してきた。
その異様な風貌を目撃した人々は、恐れ慄きながら逃げ惑う。
魔族は俺を見て少し意外そうな顔をした。
「その傷で立てるのか。頑丈だな」
俺は口から流れる血を拭いつつ、不敵に笑う。
「お前を殺すまでは、死ねないさ――ほら、第二ラウンドだ。楽しく殺し合おう」