第19話 使用人の正体

文字数 2,367文字

 使用人が肉食獣のようなスピードで迫る。

 肩の辺りで切り揃えた藍色の髪。
 感情を削ぎ落としたかのような無表情。
 ただし、赤い瞳だけが爛々とした異様な光を湛えていた。

 俺は拳銃の狙いを領主から使用人に切り替える。
 そして躊躇いなく発砲した。

「おっ」

 思わず声が出る。

 使用人は、しなやかな身のこなしで銃弾を回避してみせた。
 彼女は減速することなく接近を続行し、ナイフを振るってくる。
 刃先は拳銃を握る俺の指を狙っていた。

 俺は拳銃を手放して腕を引く。
 振り抜かれたナイフが拳銃を宙に打ち上げた。

 使用人はさらに踏み込み、もう一方の手で間断なく刺突を繰り出す。
 固められた拳。
 その指に挟む複数のナイフ。
 殴打の勢いを乗せて刺すつもりらしい。

(まともに食らえばタダでは済まないな)

 俺はそばの椅子を蹴り上げて盾にする。

 使用人はすぐさまナイフで椅子を切り裂いた。
 ただの食事用のはずなのに、凄まじい切れ味だな。
 本人の技術が為せる業だろう。

「よっと」

 攻撃後の僅かな隙を縫って、俺は使用人の頬に裏拳を叩き込んだ。

 使用人は横方向へ派手に吹っ飛ぶ。
 彼女は食べかけの料理をひっくり返しながらテーブル上を滑っていった。
 皿が次々と割れて喧しい音を鳴らす。

 俺は落下してきた拳銃をキャッチして発砲した。

 手を突いて体勢を立て直した使用人は、テーブルの下へ潜って回避する。
 絨毯を踏み締める音。
 テーブル下を高速で動き回る使用人に合わせて連射していった。
 マズルフラッシュが焚かれるたびに、テーブルに穴が開く。

 やがて拳銃が弾切れになった。
 カチカチと虚しい音を立てる。

 ほぼ同時にテーブルの端から、ゆらりと使用人が這い出てきた。
 脇腹に穴が開いて、白い布地を赤く汚している。
 あれだけ撃って一発しか当たっていなかったらしい。

 使用人の頬には殴られた痕が残っていた。
 唇が切れて出血している。

 しかし、使用人は痛がる風もなく無表情だ。
 彼女はメイド服の袖で拭い、テーブル越しにこちらを一瞥してきた。
 幾分か落ち着いたその眼差しには、未だ熱烈な感情が見え隠れしている。

 俺は微笑みながら拳銃を捨てた。
 そして右肩に刺さったナイフを掴んで引き抜く。
 裏拳で殴った際、反撃で食らったものだ。
 咄嗟に身じろぎしていなければ、首に刺さっていただろう。

 軽く肩を回してみる。
 痛みはあるが動きに支障はない。
 縫えば治る程度だ。

 俺と使用人は無言で対峙する。
 そんな中、領主が悪態を吐いた。

「くそ、やはり情報通りの狂人だったか。まさか食事中に仕掛けてくるとはな……野蛮極まりない所業だ」

 丁寧な言葉遣いから一転して、ぞんざいな口調である。
 こっちが本性だろうな。
 もはや隠す必要が無いと判断したようだ。

 領主は使用人を指し示す。

「この女はマリィ・ジェスビート。凄腕の暗殺者だ。別件で雇っていたのだが運が良かったよ」

 領主の口にした名前に、ニナが肩を跳ねさせて反応する。
 俺が目で問うと、彼女は顔面蒼白で説明し始めた。

「マリィ・ジェスビートは、身体強化の魔術の達人であり、数多の要人を闇に葬ってきた現代最高峰の暗殺者です。魔王討伐における候補として名前が挙がるほどで、対人戦闘に限れば勇者すら凌ぐと噂されています……」

「なるほど。すごい人なんだ」

 俺は顎を撫でつつ感心する。

 妙に強いと思ったら有名人か。
 対人戦闘というより、殺人能力に特化している感じだけどな。
 人体の壊し方を熟知した動きだった。

 ナイフ捌きも抜群に上手い。
 銃火器が主流となった元の世界では滅多に見かけないタイプだ。

 攻撃されるまで殺気を感じさせなかった技量も見逃せない。
 もし初撃のナイフが俺を直接狙っていたら、怪我をしたかもしれないね。
 さすがに即死はありえないものの、舌を巻くほどの暗殺術だ。
 完全にノーマークだったわけではないが、これは思わぬ伏兵である。

 それにしても、身体強化の魔術なんて代物があるのか。
 名称からして肉体性能を上げるものだろう。
 確かに使用人――マリィの動きは常軌を逸したものだ。
 やや細身の体躯からは想像できない。
 それなりに鍛えているにしても異常なレベルであった。

 これが魔術の恩恵なのだとしたら、ちょっと羨ましい。
 俺も使えるようになりたいものだ。
 でも、魔力を持たないから無理なのか。
 少し残念である。

「城の騎士とか兵士も、身体強化の魔術を使ったらよかったのに……」

 有用性は高いし、特に魔術師なんかは使えそうなのだが。
 そうすれば、城内での殺し合いがもう少し楽しめたと思う。

 俺の愚痴にニナが指摘を入れる。

「暗殺者マリィの身体強化は出力が段違いです。通常はここまでの強化率にはなりません。ちなみに城内の一部の人間は身体強化を使っていました。身体強化持ちを近接戦闘で圧倒できるササヌエさんが……その、強すぎるだけです」

「ふーん、そうだったんだ」

 その時、領主が踵を返した。
 彼は食堂の出入り口へ向いながら、淡々とマリィに告げる。

「私は自室で待っている。そいつらを始末しておけ。終わったら報告しに来い」

 それだけ言い終えた領主は、扉の向こうへ消えた。

 今すぐにでも追い縋って殺したいが、そういうわけにもいかない。
 マリィがテーブルの上を駆けてくるからだ。
 撃たれているとは思えない動きである。

(まずはこの殺人メイドを血祭りに上げるか)

 そう決心した俺は、懐のナイフを手に取った。
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