第6話 守護の勇者の実力

文字数 2,781文字

「へぇ、勇者か……」

 呟いた俺は騎士団長とやらを注視する。

 短く刈り上げた青い短髪。
 彫りの深い顔立ち。
 年齢は三十代半ばといったところか。
 ハンサムな海外俳優といった感じである。

 ただし身に付けているのは、鈍色の重厚な全身鎧だ。
 無駄のない洗練されたフォルムで、熊のような体格と相まって結構な威圧感を発している。

 武器は長さ一メートル半ほどのスレッジハンマーである。
 いや、武器なので厳密には戦鎚と呼ぶべきか。
 さらに長方形の大盾も持っていた。

 どちらも常人なら両手で構えるのはやっとだろう。
 馬鹿げた怪力だ。
 全身鎧も含めればかなりの重量だろうに。

「いいね。勇者の名に相応しい装備だ」

 俺は自然と頬を緩める。
 燻っていた衝動が一息に膨らんで破裂寸前へと至った。
 殺し甲斐のある人間が登場してくれたことに、心底から歓喜していた。

 勇者はいずれ探すつもりだったが、まさか向こうから会いに来てくれるなんてね。
 実に都合がいい。
 色々と手間が省けたよ。

 ニナがさりげなく後退しながら説明をする。

「グリシルド様は王国所属の勇者の一人で、唯一魔王討伐に赴かずに王国の盾に徹しているお方です」

 そういった役割が由来となって守護の勇者か。
 堅苦しい名前の割には、これっぽっちも守れていないと思うのだが。
 王様も死んじゃったしさ。
 確かに勇者に値するだけの風格はあるものの、守護かと言われれば首を傾げざるを得ない。

 表情から俺の内心を察したのか、ニナは追加情報を付け加える。

「守護の勇者は外敵を排するための存在です。有事の際はすぐに連絡がいくはずですが、此度は王城での混乱が大きすぎてそれが滞ったものと思われます。むしろこれだけ短時間で駆け付けられたことに驚きです……」

 ふむ、団長は国王の死を知って慌ててやってきたわけか。
 誰が報せたのかは知らないが、なかなか気が利くね。

 外敵対策だとしたら、普段は城内にいないのだろう。
 ニナの話から考えるに、やや離れた場所で警備でもしているに違いない。

 様々な推測をしていると、団長がこちらに鋭い視線を飛ばしてくる。
 正確には俺ではなく、ニナを捉えていた。

「召喚術師ニナ・ルジェスト。なぜ王殺しの従者になったのだ? その者は長い王国の歴史においても稀なほどの大罪を働いたのだぞ。貴方が逆族へと身を落とすとは残念で仕方ない」

「……確かにササヌエさんは危険かもしれません。ですが、その力は計り知れないものです。勇者に匹敵すると評しても過言ではなく、私は彼に歩み寄ることが一番だと考えます。既に出てしまった被害を恨むより、先を見据えて行動すべきです。ササヌエさんは工作員として魔王軍の撹乱を担当されています。私は彼を支援するつもりです」

 ニナは躊躇いなく反論する。
 俺はその姿と言葉に少なからず感心していた。

(そこまで考えているとは……臆病なだけじゃなかったか)

 意外にも合理的な意見だ。
 下手な感情論よりもよほど好感が持てる。

 これに激怒するのは団長だ。
 彼は語気を荒げて言葉を返す。

「気でも触れたのか! その男は王殺し。工作員などではない、ただの大量殺人者だッ! それに勇者の匹敵する力だと? いくらなんでも妄想が過ぎるだろう!」

「いいえ! 決して妄想では――」

「もういいよ。実際に試してみれば分かることさ。勇者は口だけじゃないってところを見せてほしいな」

 二人の口論に割り込んだ俺は、気楽な口調で発言する。

 刹那、沈黙が訪れた。
 空気が凍り付いている。

 団長が怒気を込めた双眸で俺を見やった。

「――今、何と言った?」

「だから、そんなにプライドが高いのなら、殺し合いで力を証明すればいいじゃないか。俺が気に入らないんだろう? 退屈なお喋りより楽しいと思うよ」

 最初に「私と戦え!」みたいなことを言ってたし。
 ようするに俺を殺したくて仕方がないのだろう。
 利害は一致しているね。
 俺も勇者を殺してみたかった。

 団長は頬を引き攣らせて顔を震わせる。
 辛うじて笑顔とも言えるものだが、かなり無理をして作られた表情であった。

「……そう、か。そこまで言うならいいだろう。挑発に乗ってやる。ついてこい」



 ◆



 団長の案内でで連れて行かれたのは、王城内の訓練場だった。
 土が敷き詰められた広い空間だ。
 周囲には仕切りが設けられており、観戦する場合はその向こうからになるようだ。
 今はニナと騎士団の連中がそこにいる。
 そして俺と団長だけが訓練場の中央で対峙していた。

(勇者のお手並み拝見ってところだね……)

 俺は道中の死体から借りた剣を構える。
 聖剣があれば楽だったんだけどね。

 兜を被った団長が手招きのような動作をする。

「先手は譲ろう。好きに仕掛ければいい。それを決闘の始まりとする。相手を殺害した時点で勝利だ。それ以外の決まりはない」

 団長は落ち着いた調子でルールを述べる。
 移動中に頭を冷やしたのか。
 怒りっぱなしなら隙も期待できたのだが。
 まだ慢心している節はあるものの、油断とまでは言えない気配である。

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 俺は地を這うように駆け出した。
 団長へと一気に接近する。

「む」

 団長が短く声を漏らす。
 想定以上のスピードだったのだろう。

(反応が遅い。楽勝だな)

 俺は大盾を手でどかしながら、剣を振り上げる。
 狙いは脚部。
 たとえ鎧があろうが、関節なら全力で叩き付ければ破壊できる。

 まずは移動力を削いでやろう。
 満足な身のこなしができなくなれば、勇者とて戦うことは困難なはずだ。

 渾身の斬撃は団長の膝に炸裂した。
 衝突と同時に鳴り響く金属音。

「……ん?」

 奇妙な手応えに首を傾げる。

 鎧は少しも壊れていなかった。
 明らかにおかしい。
 今のは切断には至らないまでも、確実に損傷を与えるだけの破壊力を秘めていた。

「温い攻撃だ」

 頭上から降ってくる侮蔑の声。
 俺は後方へ転がる。

 すぐそばを戦鎚が暴風のような勢いで過ぎていった。
 腕の力で跳ね起きた俺は、薄い笑みを浮かべる。

(まともに食らえば即死だな)

 大した怪力だ。
 それにあの異常に頑丈な鎧も無視できない。
 俺の攻撃を完璧にシャットアウトするなら、相当に厄介だ。

 反撃を外した団長は、悠々と戦鎚を構え直す。

「我が異能は【不破】! 盾と鎧を決して壊れぬものとする。今度はこちらから行くぞッ」

 吼えた団長は、猛獣のように突進してきた。
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