第46話 死闘の結末

文字数 3,186文字

(いつの間に……)

 胸に刺さる剣を一瞥して、俺は少なくない驚きを覚える。

 遅々とした速度で、剣が突き込まれていく。
 研ぎ澄まされた知覚が体感時間を引き伸ばして、周囲の動きをスローモーションのように錯覚させているのだ。
 とはいえ、このままだと心臓を貫かれて死ぬのは明白であった。

 俺はブリッジの要領で上体を一気に反らす。
 しかし、突き込まれる剣はしつこく追ってきた。

 このまま押し切られては堪らないので、俺は片脚を浮かせて身を回転する。
 剣を強引に体外へと振り飛ばした。
 無理な挙動で胸部を抉られたが、こればかりは仕方ない。

 回転力を利用して魔王を蹴り飛ばし、地面に突いた手を利用して飛び退く。
 距離を取ったところで吐血した。
 胸に抉れた穴ができている。
 そこから大量に出血していた。
 肋骨と臓器を切り裂かれたようだ。

(だけど、動けるな……)

 致命傷ではなかったのか。
 回避が間に合わなかった気がするのだが。
 もしかすると、刃が奇跡的に心臓には達しなかったのかもしれない。
 どちらにしろ死んでいないのは確かである。

 魔王がじっとこちらを観察して頷いた。

「なるほど。死に至らしめる茨の呪詛が反転し、そなたの魂を縛り付けることで生かしているのか。結果として心臓を貫かれても死んでいない。面白い。疑似的な不死だ」

 あ、やっぱり心臓を潰されていたようだ。
 そんな気はしていた。
 鼓動が変なテンポな上に弱いし。

 それにしては元気だ。
 まだまだ戦えそうな感じである。

 魔王の言葉を信じるならば、これも呪詛のおかげらしい。
 確かに呪詛の脈動が胸に集まっている感覚があった。
 まるで心臓の代わりを果たそうとしているかのように。

 人間をやめたつもりはなかったが、ついに俺もファンタジーパワーに染まってしまったな。
 心臓を剣で貫かれても死なないって、まるでホラー映画に出てくるような殺人鬼だ。
 ちょっとだけ愉快だね。
 まあ、魔王の力は圧倒的だし、これくらいのハンデは貰わないとやっていけないよ。

(俺を殺そうとする魔王の呪詛攻撃で生きているなんて、皮肉なものだな)

 己の容態に苦笑しつつ、俺は気を引き締め直す。

「茨の呪詛は我にも解くことができぬ。そなたを殺すには脳か魂を破壊せねばならない。不可逆の死の運命すら己の力とする貪欲な勇者よ。我はそなたを気に入ったぞ。その異常なる精神は別として、人の身ながらも限界を乗り越えんとする心意気はまさに真の勇者だ。たとえこの戦いがどのような結果を迎えようとも、我がそなたを忘れることはないだろう」

 魔王はとても嬉しそうに、俺のことを称賛してきた。
 心底から楽しそうにしている。
 兜で顔が見えずとも、それくらいはすぐに分かった。

 魔王の存在意義とは、勇者と戦うことなのかもしれない。
 ふとそんなことを思った。

(まあ、俺は勇者ではないんだけどさ……)

 向こうが完全に勘違いしている。
 いくら訂正しても理解してくれない。
 もう面倒なので、この場限りは勇者ということでいいだろう。

 勇者呼びを受け入れた俺は疾走する。
 真っ直ぐと魔王のもとへ向かう。

 身体がどんな状態だろうが、やることは変わらない。
 距離を詰めて鉈と斧を叩き付ける。
 そして、死ぬ前に殺す。
 簡単な話だった。

 魔王の足元に小さな魔法陣が生まれた。
 斜めに傾いている。
 魔王がそれを蹴ると、奴の身体は急加速した。

(さっきの姿が消えたトリックはこれか)

 今の魔法陣で瞬時に移動したのだ。
 初見であれは見破れない。
 急なスピードの変化には目が追いつかないからね。

 互いの接近によって一気に武器の間合いに入った。
 剣と斧がぶつかる。
 爆発を目くらましに、俺は鉈の追撃を行う。
 魔王はそれを察知して剣をずらして防御した。

「――行くぞ勇者!」

「……いつでもいいよ、勘違い魔王さん」

 張り切る魔王に、俺は呆れ気味に言葉を返す。

 それから俺と魔王は幾度も武器を打ち合わせた。

 魔王は本領発揮と言わんばかりに次々と剣を振るってくる。
 戦い方が徐々にヒートアップして、今では魔法陣による変幻自在な高速起動を常用していた。
 さらには魔術攻撃も使ってくる。
 稲妻や火球、風の刃が地形を破壊していった。

 一方で俺は全神経を注いで対抗する。
 もちろん無傷とはいかない。
 だが、心臓を貫かれても死なないと判明したので、それを見越した立ち回りを行うようになった。

 稲妻に撃ち抜かれようが、火球に焦がされようが、剣に切り裂かれようが構わない。
 むしろ傷を負うほどに力が強まる。
 肉体を補填するように、呪詛が根深く回っているのかもしれない。
 頭部と四肢だけを断たれないように注意した。
 負傷覚悟のカウンターによって、魔王にダメージを重ねていく。

 そんな血みどろの戦いが始まってからどれくらいが経っただろうか。
 完全に崩壊した遺跡にて、俺たちは睨み合っていた。

 魔王は右腕をだらりと垂らして立っている。
 左脚も膝が大きく凹んでいた。
 肩から脇にかけても鎧が裂けて、赤い液体がこぼれている。

 どの損傷も、斧の爆発で抉って退魔の鉈で切り裂いたものだ。
 それが効果的だと発見したのである。
 判明するまでは魔術で再生されてばかりだった。

 対する俺も満身創痍だ。
 斧を持った片腕は付け根から吹っ飛び、隅の方に転がっているのが見える。
 腹が破れて、ぐちゃぐちゃになった臓腑が顔を出していた。

 片目も斬られて視野が狭い。
 背中や胸部にできた傷は数えきれないほどだ。
 貫通して穴が開いている箇所もある。

 明らかに致命傷を通り越していた。
 何度か死んでいるほどの大怪我に違いない。

 それでもなぜか俺は生きていた。
 たぶん魔力と呪詛のおかげなのだろう。
 これだけボロボロの身体なのに、力だけは無尽蔵に漲っていた。
 自分でもよく分からない状態だった。

 魔王が軽く力を抜いた前傾姿勢となる。
 魔法陣による高速移動を使った突進。
 何度も見た挙動なので、手に取るように予測できる。

「これで最後だ――ッ!」

「そう願ってるよ」

 同時に駆け出した俺たちは、互いの首を狙って武器を振るう。
 どちらも避けようとはしない。
 ただ全力の一刀を繰り出す。

 剣が俺の首に触れた。
 すぐに皮膚が裂けて肉を切り裂く。

 熱い感覚。
 血だ。
 これ以上はまずい。
 いや、もう少しいけるかもしれない。

 俺の鉈も、魔王の首に斬ろうとしていた。
 どちらが速いか。
 微妙に俺が劣っているかもしれない。
 否、軌道を考えると俺が有利にも見える。
 刹那の間に様々なことを考えながら、鉈を横薙ぎに動かす。

 先に首を斬り飛ばせば逃れられる。
 だから腕の動きだけに集中すればいい。
 どのみちもう後には引けないのだ。
 そして俺の首にめり込んだ刃が骨に触れ軋ませながら砕き――。

「…………ぐっ」

 ほんの小さな呻き声。
 魔王からだ。

 鉈が兜と鎧の隙間に入り込み、半分以上切り裂いている。
 魔王は、刃を避けるように首を逸らそうとしていた。

 それは死への恐怖。
 嗅ぎ慣れた感情だった。
 魔王が、怯んだのだ。

 それを悟った俺はさらに踏み込み、全身全霊の力を鉈に込める。
 自分への被害は気にしない。
 首を断とうとする剣のことも、思考の端に追いやった。

 躍る銀閃。
 心地よい感触が柄から伝わる。

 ――振り抜かれた鉈に従って、魔王の首が宙を舞っていた。
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