第50話 異世界の工作員

文字数 3,292文字

 枯れ果てた荒野。
 そこには、朱色の竜の背に跨る勇者がいた。

 銀色の鎧を纏い、手には槍を携えている。
 槍は聖なるオーラを放っていた。
 おそらくは形状変化した聖剣だろう。

 勇者の魔力量は中程度。
 魔術を積極的に使うタイプではないようだ。
 前情報によれば、身体強化と防御魔術くらいしか使えないらしい。

 彼は"騎竜の勇者"だ。
 特殊能力で竜を操る槍の達人である。

 勇者と向かい合うのは、戦鎚を担ぐ巨人だ。
 緑色の肌で一見すると肥満体だが、脂肪の内側にはみっしりと筋肉が詰まっている。
 巨人は魔族である。
 こちらも物理攻撃に特化したタイプかと思われる。
 あの戦鎚なら、街の門くらいなら軽く粉砕できそうだ。

 両者は睨み合いを経て激突した。
 金属音と打撃音を鳴り響かせながら、高速戦闘が繰り広げられる。
 一進一退の攻防だった。
 実力が拮抗しているのか、見事な接戦を演じている。

 凄まじい勢いで殺し合う両者だが、やがて若干ながらも疲弊し始めた。
 互いに手傷を負っている。
 まだ戦うだけの余力はあるものの、全力を維持できるほどではなさそうだった。

(そろそろだな)

 地面に潜んでいた俺は、絶好のタイミングで飛び出した。
 同時に隠蔽していた力を開放する。

 勇者と魔族は、すぐに察知してこちらを向いた。
 彼らの表情に浮かぶのは、驚愕と嫌悪。
 事前に打ち合わせしたんじゃないかと思うほど揃ったリアクションである。

 俺の正体に気付いたらしい。
 なかなか有名人になってきたね。
 自己顕示欲なんてものは持ち合わせていないが、こちらの目的を説明する手間が省けていい。

 俺は重機関銃を構えた。
 丹念に呪詛を注いだ特製品だ。
 それを勇者と魔族に向けて乱射する。

 彼らは回避行動を取るも間に合っていなかった。
 咄嗟の防御も、弾丸のシャワーが容赦なく貫く。

 これで準備は完了した。
 俺は重機関銃を捨てて、腰に吊るした斧を掴む。

「クソ外道野郎があああああぁぁッ!」

 竜に乗って飛来する勇者が激昂して叫ぶ。
 初対面のはずだが、よほど嫌われているらしい。
 どこか彼の知り合いを殺してしまったのかもしれない。
 心当たりがありすぎて特定はできないけれども。

(まあ、誰だっていいか)

 俺は斧に力を集中させて、黒い斬撃として飛ばした。
 斬撃は空間を切り裂きながら進み、勇者の展開した防御魔術を破壊する。
 そのまま竜の腹を掻っ捌いた。

 裂けた傷から茨の呪詛が発生し、一気に竜の全身へと拡散していく。
 竜は最期の足掻きとばかりに息を吸い込む。
 ブレスの挙動だ。

 しかし、ブレスが発動する前に茨模様が喉まで侵蝕した。
 竜はブレスを吐けずに白目を剥いて硬直する。
 その姿が端から朽ちていく。
 竜は、立ったまま死んでいた。

「うぉっ!?」

 勇者が竜から落下する。
 彼はなんとか体勢を変えて着地してみせた。

 そこへ俺は接近して、力いっぱいに斧を叩き付ける。
 勇者は槍で受け流そうとするも、槍ごと粉砕してやった。
 そのまま首を切断する。

 血飛沫が頬を濡らす。
 くたりと倒れる勇者を横目に、俺は次の獲物の動向を確認した。
 そして拍子抜けする。

 魔族は全力疾走で逃げていた。
 一刻も早くこの場から離れようとしている。
 無様に転びながらも必死そうだった。

 おいおい、見た目に反して臆病だな。
 勇者殺害の隙を突いて攻撃を仕掛けてくるかと思ったのだが、とんだ期待外れな行動である。

 俺は斧にさらなる力を込めた。
 斧が軋み、過負荷で破損寸前になる。
 今にも爆発しそうだ。
 まあ、一撃くらいは持つだろう。

 俺は斧を引いて振りかぶり、魔族に向けて投擲した。

 高速回転する斧は黒い軌跡を描きながら飛び、魔族の後頭部に炸裂する。
 魔族の頭部が爆散し、脳漿と骨片を撒きながら倒れた。
 全身を茨模様に覆われて痙攣し始める。
 生命力が高い種族らしいが、あれでは生きられまい。

「はい、どっちも仲良く殺害っと」

 俺は息を吐いて微笑む。

 武器に呪詛と瘴気と魔力を纏わせる。
 聖剣すら破壊する勇者殺しの武器を生み出すコツだ。

 武器は使い捨てなので何でもいい。
 基本的にこの手法の強化を行うと、武器は耐え切れずにぶっ壊れるからね。
 普段から安物を携帯するようになっていた。
 そこらの盗賊から拝借した斧で勇者と魔族を殺せるならお得だろう。

 俺は口笛を奏でながら荒野を歩く。

 地下の遺跡でカゲハを味方にしてから、およそ半年が経過した。
 あれから好き勝手に活動しているが、充実した毎日を送らせてもらっている。
 俺を殺害するため、王国が勇者召喚の魔術を他国に広めてくれたのだ。
 おかげで世界各地で異世界の勇者が続々と登場している。

 それに応じて魔王側の勢力も活発化しつつあった。
 あちこちで暗躍していると聞いている。
 結果、俺は大量の勇者と魔王を殺害させてもらっていた。

 おまけに呪詛経由で力を奪ってきたことにより、俺はだいぶ強くなってきている。
 巷では俺のことを"第二の魔王"と呼んでいるらしい。
 失礼すぎる。
 これだけ魔族を殺して、人類に貢献しているというのにね。

 荒野でぶらぶらしていると、ニナとマリィが到着した。
 俺が勇者と魔族を殺したら、こちらへ合流するように伝えてあったのだ。

「おーい」

 俺は手を振ってアピールする。
 ニナは小さく手を振り返してくれた。
 困ったような笑顔である。

 ニナはなんだかんだで同行してくれていた。
 俺が魔族を優先して殺すように、上手く舵取りを試みている。

 勇者殺しに関しては黙認していた。
 第二の魔王という風評は気にしていないようだ。

 ちなみに切断した彼女の手には義手が装着されていた。
 魔術を用いた高性能なものだ。
 魔法薬を使えば手を生やすこともできたが、彼女が固辞したのである。
 ニナなりのけじめらしい。

「…………」

 ニナの後ろには、暗殺者マリィが立つ。
 彼女とはたまに会うくらいの関係だ。
 再会するたびにニナが長期契約を交わして、仲裁を図っていた。

 俺を殺すためなのか、近頃のマリィは人外としての力を得ている。
 なんでも吸血鬼の秘術を受けて不老不死の存在になったらしい。
 世界最高の暗殺者が人外の存在へと至ったことで、各国の重鎮は戦々恐々しているそうだ。
 どれだけ対抗意識を持っているんだという話だよね。

「主殿、見事な戦いであった」

 カゲハが足元から俺を称賛する。
 元魔王な俺の影は、相変わらず従順な奴だった。
 大きな変更点と言えば、茨の呪詛と上手く結合して、さらなる力を獲得したことくらいか。
 俺の体内魔力のコントロールも任せている。
 陰ながら大事な役割を果たしてくれていた。
 俺が第二の魔王と呼ばれていることを、なぜか誇らしげにしている節があるものの、欠点というほどではない。

(本当、面白いパーティだね)

 異世界で広まった交友関係を振り返って、俺は肩をすくめる。

 人生、何が起こるか分からないものだ。
 まさか自分が、ファンタジーな世界で勇者や魔王と戦うことになるなんて夢にも思わなかった。

 俺は懐から丸めた羊皮紙を取り出す。
 そこには、新たに書き直したリストが記されていた。
 ただし以前のように工作員のものではなく、俺個人がやりたいことの一覧だ。
 大半が工作員の仕事を兼ねているものの、内容の過激度は数倍ほど跳ね上がっている。

 まだまだ楽しみは山のようにあった。
 それらをこなさずに元の世界へ帰還するなどありえない。
 異世界の謳歌は始まったばかりだ。

(次は何をしようかなぁ……)

 果てしなき荒野に佇み、俺は幸せを噛み締めていた。
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