第41話 地下の教団

文字数 4,175文字

 階段の先に気配を感じて、俺はほとんど落下するように駆け下りた。
 ニナとマリィは置いていく。
 ここは俺一人で障害を排除しに行った方がいいだろう。

 見れば黒いローブを着た集団が集まっていた。
 明らかに怪しい風貌だ。
 あれが教団の揃いの恰好なのか。
 驚いた様子でこちらを見る彼らには、少なくない敵意が窺えた。

 俺は有無を言わさず短機関銃で銃撃する。
 彼らが怯んだのに合わせて、階段を蹴ってさらに加速した。
 そのまま教団の一人を踏み付けることで着地を果たす。

 足元から鳴る背骨を踏み砕く音を聞きながら、俺は笑みを浮かべた。

「やぁ、元気かい?」

 声をかけながら、前方百八十度の人間の首を刎ねる。
 さらに身体を反転させ、翻した鉈で残りの人間を斬殺した。
 階段下のスペースが血に染まった。
 俺も返り血を浴びて赤くなる。
 一斉に倒れる死体の中で、俺は周囲を確認した。

 階段の先には、石造りの直線通路があった。
 突き当たりまで二十メートルほどだ。
 かなり広いな。
 地上の家屋からは想像もつかないスペースである。
 突き当たりの先にも、まだ通路が続いていそうだった。

「おーい、こっちは安全だよー」

 階段を下りてこないニナとマリィに手を振る。
 おそらくはニナの判断だろうが、随分と用心深い。
 俺の攻撃に巻き込まれるのを恐れているのだろうか。
 さすがにその辺りの気遣いはできるんだけどね。

 このまま一人で突き進むのもいいが、さすがに離れすぎるのは考えものだろう。
 離れ離れになった間に死なれても困る。
 ニナたちがやってくるのを待っていると、通路の向こうから声がした。

 振り向くと、雷撃が眼前まで迫っていた。
 条件反射で躱しつつ、誰がやったのかを確かめる。

 案の定、通路の向こうに黒ローブを着た人間がいた。
 ざっと二十人はいる。
 どこから現れたのか気になる数だな。
 教団は思ったより大規模な組織らしい。

 彼らは一斉に詠唱を終えると、魔術攻撃を放ってきた。
 通路の幅の関係上、横に避けるのは難しそうだ。
 魔術の密度も高い。
 回避不可能な攻撃で俺を始末するつもりのようだ。

 俺は辺りに転がる死体を放り投げて、魔術にぶつけることで相殺していく。
 魔術師との戦いも何度も経験してきた。
 対処法の一つや二つは考えている。

 特殊な魔術もあるので油断はできないものの、基本的には遠距離攻撃が主流だ。
 それが炎だろうと雷だろうと風だろうと大差はない。
 何かをぶつけて威力を削ぐか、軌道を見極めて避けるだけである。
 詠唱という予備動作もあるので発射のタイミングも明白で、マシンガンのような連射もできない。
 おまけに魔術師自身の身のこなしが悪いとなれば、恰好の獲物に過ぎなかった。

 魔術が止んだのを見計らい、俺は一気に接近していく。
 散発的に飛来する魔術は、スライディングでやり過ごした。
 床を滑りながら短機関銃を乱射する。

 慌てて詠唱していた魔術師たちは、脳漿を散らしながら死んでいった。
 辛うじて生きている者も、床に倒れて悶絶している。
 そういった連中は、駆け寄って首を切り裂いておいた。
 いつまでも苦しめてしまうのは可哀想だからね。

 突き当たりまでやって来たところ、通路は左右に伸びていた。
 ちょうどT字路のような地形だ。
 二つの通路から大勢の黒ローブが迫りくる。
 死を恐れない彼らの姿には、強い執念を感じられた。

(連中はよほどここを守りたいらしいね)

 これだけの大所帯で、地下空間に居座っているのだ。
 さぞ面白いことをしているに違いない。
 少なくとも、ただのオカルト集団といった雰囲気ではなさそうだ。
 この世界には魔術もあるわけだし、教団が何を目論んでいたとしても不思議ではなかった。

 俺は右側の通路に手榴弾をいくつか放り投げて、壁の陰に隠れる。
 すぐに爆発が起きて、天井の一部が崩落した。
 騒音と共に通路が瓦礫で半ばほど埋まる。

 かなり粗い防壁だが、これで時間稼ぎができそうだ。
 今のうちに左側の通路の連中を仕留めるとするか。

 そう思って無事な通路を見やると、大型犬ほどのサイズの蜥蜴が疾走してきた。
 開いた口には牙がびっしりと生えており、人間くらいなら易々と食い殺せそうである。
 教団はこんなものまで飼い慣らしているのか。

 俺は蜥蜴を短機関銃で迎撃した。

 蜥蜴はそのゴツゴツとした体表で弾丸を弾く。
 さすがはファンタジー生物というべきか。
 凄まじい硬度である。

 弾切れの短機関銃を捨てたのと同時に、蜥蜴が大口を開けて跳びかかってきた。
 ちょうど首を齧りに来るルートだ。
 さすがにあれに食い付かれたら死にかねない。

 俺は腰に吊るした斧を手に取り、横殴りに叩き込んだ。
 全力を込めた一撃は、蜥蜴の頭部を深く抉り裂き、勢い余って壁に突き刺さる。
 蜥蜴は脳が吹き飛んで即死していた。

 俺は壁に足をかけて、めり込んだ斧を引き抜く。
 こんなにも乱暴な使い方をしたのに、傷一つ付いていない。
 魔術的な手法で耐久性も上げているのだろうか。
 まずます気に入ってしまうね。

「シールド・リザードを斧で殺すだと……!?」

「あれの物理防御力を貫くなど、ありえない」

「どんな魔術を使ったというのだ!?」

 蜥蜴の死を目の当たりにした黒ローブたちは、なぜか驚愕しているようだった。
 よほど自信のある戦力だったのだろうか。
 あっさりと殺し過ぎて申し訳なくなるね、うん。

 俺は弱腰になった黒ローブたちに跳びかかり、斧を一閃させた。
 斬撃を受けた者たちが爆散して肉塊へと変貌する。
 刃が血を纏ったことで魔術武器の効果が発動したのだ。
 攻撃に破滅的な威力が加わっていた。

 おまけに魔力を得た俺の肉体は強化されている。
 その恩恵もあって、黒ローブたちを一方的に蹂躙していく。

 途中、死体がいきなり起き上がって掴みかかってきたが、退魔の力を持つ鉈で首か心臓を破壊すると静かになった。
 具体的に誰の仕業かは分からなかったものの、特殊な魔術を使った者がいたようだ。
 味方の死体をゾンビのように蘇らせるなんて酷いことをするものだ。
 人道や倫理といった概念から外れた行為である。
 俺にはとても真似できないね。

 左側の通路にいた戦力を皆殺しにしたところで、ニナとマリィがようやく駆け付けた。
 ニナは、返り血でずぶ濡れになった俺を見てドン引きししている。
 それでも文句を言わない辺りが彼女らしさか。

「病み上がりなのに、そんなに動いて大丈夫ですか?」

「うん、全然大丈夫。魔力のおかげで割と絶好調……っと、雑談の時間はないみたいだね」

 俺はニナを背後へ退避させる。

 爆破した右側の通路の瓦礫が、徐々に向こう側から除けられていた。
 魔術を使って撤去しているようだ。
 十秒ほど待つと、向こう側にいた黒ローブたちが見えた。

「最後までは待たないよっ」

 俺は残る瓦礫を踏み越えて突進する。
 鉈と斧を往復させて、詠唱中だった数人の脚を斬り飛ばした。

「うごあああっ」

「んぐぅううぅ!?」

「ぎああああえええっ!」

 暴発して狙いの狂った魔術が、別の黒ローブを粉砕した。
 宙を薙いだ火炎放射が軌道上の人間を炭化させる。

 懸命に俺を狙おうとする者もいたが、そんな人間の額にはもれなくナイフが突き刺さった。
 後方に控えたマリィによる投擲である。
 彼女は厄介な者から優先して仕留めていた。
 ニナのそばを離れないようにしながら、的確なアシストに努めているようだ。

「…………魔術師を残すと護衛の難度が上がるから」

 俺の視線に気付いたマリィは、戦闘の喧騒に掻き消されそうな声量で言う。
 早く魔術師を全滅させろ、ということだろうか。
 魔力を感知できない俺には、誰が魔術師か分からないのだが。

 いや、この場の黒ローブをさっさと皆殺しにすれば済む話か。
 実に単純明快で素晴らしい解決策だな。
 俺はさらにペースを上げて鉈と斧を振るい続ける。

 そんなことを繰り返しているうちに、目に見える範囲の黒ローブは残らず死体と化した。
 スプラッターな光景にニナが王都寸前だが、生憎とその辺りのケアは得意ではない。
 彼女自身に慣れてもらうしかないだろう。

 その後は地下空間を順に探索していった。
 工作員としての仕事は、教団の壊滅だ。
 しっかりと組織にダメージを与えて再起不能にしておかねば。

 通路を歩き回って、黒ローブの残党を殺していく。
 不意打ちを狙う者もいたが、気配がバレバレなので対処も楽だった。

 そんな作業を始めて三十分ほどが経過した頃だろうか。

 唐突にニナが肩を抱いて震え出した。
 彼女は前方を見ながら呟く。

「邪悪な魔力を、感じます……すぐ近くですね……」

 マリィは首を傾げていた。
 彼女は魔力を感知できないらしい。

 俺はニナの視線を辿る。
 通路の先には螺旋階段があった。
 さらに下へと続くものだ。
 地下空間の中でも、この先だけが未探索であった。
 怯えるニナを引き連れて、俺は螺旋階段を下りていく。

「あの、この先は本当に、駄目です……危険ですよ」

「問題ないよ。仕事のためにも行かないと」

 しきりに警告してくるニナを宥める。

 ここで引き返すわけがない。
 危険だと聞けば尚更だ。
 それに、この先に黒ローブが隠れているかもしれないからね。
 しっかりと殺し尽くさなければいけない。
 俺は半端な仕事をしたくないのだ。

 螺旋階段を抜けた先には、石造りの遺跡のような広い空間が広がっていた。
 天井は高く、備え付けられた道具が光を落としている。

 そこには黒ローブが三十人ほどいた。
 彼らは発光する怪しげな魔法陣を囲んでいる。
 中央の寝台には若い女が横たわっていた。

 その容姿には見覚えがある。
 かつて街道で遭遇し、俺が馬車から蹴落とした令嬢だった。
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