第31話 奴隷商の館

文字数 2,048文字

 街中を散策すること三十分。
 俺とニナは、スラム街の中心部にある館の前にいた。

 外観の装飾にまで趣向を凝らした建物は、明らかに高級な店といった佇まいである。
 ここまでの道のりは浮浪者と犯罪者が跋扈する廃墟地帯だったが、この館の周辺だけ妙に閑静だった。
 利用者が多いために、きちんと整備されているのかもしれない。

 館の入り口に立てかけられた看板を見たニナが、難しい顔をして言う。

「ここは奴隷商の店舗ですね……」

「へぇ、奴隷か」

 元の世界では縁の薄い事業だ。
 違法なので目にすることは稀だったね。
 探せば利用もできただろうが、そこまで興味がなかった。

 ニナによると、奴隷の売買自体は合法らしい。
 ただし、特別な許可等が必要とのことだ。
 購入者には、奴隷との正式な契約魔術を施すのだという。

(こういうところでも魔術なのか。本当に便利だな)

 街中の機器も魔道具と呼ばれるものが多いそうで、その普及具合には驚かされる。
 異世界の発展した技術に感心していると、ニナが眉を寄せて続きを話す。

「ここの奴隷商は無許可ですね。聖教国においては、販売許可の出ている街が決まっています。少なくともこの街では許可されていなかったはずです」

「他国のことなのに詳しいね」

「一応、召喚魔術の他にも外交関係も担当していましたので」

 ニナの答えを聞いて、俺はぽんと手を打つ。

 ことあるごとに苦悩していた背景には、職務的な意識があったのか。
 起こり得る損害やトラブルを考えていたのだろう。
 改めて真面目な性格だと思う。

(それにしても無許可の奴隷商か)

 道理で治安の悪そうなスラム街に居を構えているわけだ。
 違法店舗となれば、収穫も期待できそうだね。
 業務外での収入も多そうだし。
 俺の直感もここを襲撃することが正しいと主張していた。

「本当に行くのですか? そもそもここはどこの組織かも分かっていないのですが……」

「別に細かいことはいいんだよ。殺して情報と金を奪えたらいい。それだけが目的なんだから」

 愚問を呈するニナを諭す。

 犯罪組織がどんな活動をしていようが関係ない。
 というか、微塵も興味がない。

 今から行うのは悪者退治。
 無許可で奴隷売却を行うような連中だ。
 奴隷の出所も怪しいものである。

 そういった連中を懲らしめつつ、その報酬を貰うだけだ。
 治安向上にも貢献できるし、俺たちの行動はヒーローと称しても過言ではない。

 未だに躊躇うニナを連れて俺は館に近付いていった。
 その足で扉を開けて堂々と入室する。

 後ろ手に回した手には、冒険者の遺品である斧を握っていた。
 正面からは見えないように工夫して所持する。

 扉の先は黒を基調とした空間だった。
 仕切りがあって奥は見えない。
 受付らしきカウンターには、黒い礼服を着た怪しげな男がいた。

 嘘くさい笑顔。
 営業スマイルというやつか。
 立ち姿には不自然なほどに隙が少ない。
 荒事に慣れている者の特徴である。
 ただの店員ではないな。

 そんな男は揉み手をしながらこちらへ歩み寄り、慇懃な口調で尋ねてくる。

「いらっしゃいませ。本日はどのような奴隷をご所望でしょう。よろしければ、希望事項を述べていただければご用意いたしますが……」

「悪いけど、奴隷はいらないんだ。ここってさ、無許可でしょ?ちょっと取り締まりに来たんだ。責任者はいるかい?」

 俺の答えを耳にした男の顔から笑みが消える。
 そしていきなり短剣を抜き放つと、彼は最小限の動きで突き出してきた。

 無論、予想していた動きだった。
 挙動自体も非常に遅い。

 俺は男の腕を掴んで捻り上げる。
 無理な方向に力を加えられた腕がメキメキと軋んだ。

「いだだだだだっ!?」

 痛がる男をカウンターに叩き付けて、顔のそばに斧を振り下ろす。
 厚い刃が木製のカウンターを粉砕した。

 ぽつぽつと床に滴る血液。
 斬撃が男の耳を掠めたのだ。

 俺は斧を引き抜きながら、男に笑いかける。

「冗談だよ。別に取り締まりとかじゃない。ただ、お金と情報が欲しいんだ。協力してくれるかな?」

「…………」

 震える男は何も答えない。
 仕方ないから斧で耳を少し削ごうとしたら、慌てて頷いてくれた。
 うんうん、やっぱり何事も素直が一番だね。
 もう少し強情になられたら、耳どころか首を切り落とすところだったよ。
 俺としてはそれでもよかったけど。

 まあ、過度な営業妨害はしないに越したことはない。
 奴隷商を邪魔したいわけはないからね。
 こちらの要求が通ればそれで満足なのだから。
 なるべく穏便に進めたい。
 何にしろ、男が早い段階で了承してくれてよかった。

「胃痛用の魔法薬、買ってみようかな……」

 後ろから誰かさんの嘆きが聞こえたが、ここはスルーしておいた。
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