第20話 使用人の秘術

文字数 2,623文字

 飛来する二本のナイフ。
 俺は横っ飛びに躱し、同時に短機関銃を連射する。

 マリィは壁を陥没させながら駆け上がった。
 弾丸はナイフで容易く弾いていく。

 驚異的な動体視力と技術だ。
 加えてワイヤーアクションみたいな挙動である。
 暗殺者なんかよりアクションスターの方が向いているね。
 なかなか美人だし人気が出そうだ。

 そんなことを考えながら撃ちまくっていると、短機関銃が弾切れを起こす。
 あっという間だな。
 取り回しの良さと連射性能に優れているが、こういうところは欠点だ。

 弾切れを察知したマリィが頭上から落下してくる。
 片脚を上げた豪快な踵落としだ。
 アクション映画の次は格闘ゲームみたいな動きだね。

 これは下手な迎撃では止められない。
 そう判断した俺は瞬時に後退する。

 一瞬遅れて、マリィの踵落としが床に炸裂した。
 それは爆発のような衝撃で、濛々と周囲に煙が舞う。
 もはや下手な爆発物より危険だな。
 本人が人外の機動力を有していることも、その脅威度を高めている。

 ほどなくして、煙の中から三本のナイフが飛んできた。
 俺は短機関銃を投げ付けて一本を弾く。
 残る二本は両手で挟んで受け止めて、刃先を反転させてから投擲した。
 ナイフは煙の中へ舞い戻る。

 微かな金属音。
 数拍を置いて、煙の中からマリィが現れる。
 彼女はナイフの一本を手で、もう一本を噛んで止めていた。
 煙で視界が悪い中でよくやったものだ。
 ナイフを吐き捨てたマリィは、何でもないような様子でナイフを構えてみせる。

「雇い主に怒られるんじゃないのか? 修繕費が馬鹿にならないと思うけど」

「…………」

 俺の軽口にマリィはリアクションを示さない。
 ノリが悪いね。
 せっかくの機会なんだ。
 楽しくお喋りしながら殺し合いたいじゃないか。
 俺だけが話しているばかりというのもつまらない。

(殺し合いを楽しんでいるような雰囲気はあるんだけどなぁ……)

 マリィの瞳に浮かぶ感情を見て、俺は肩をすくめる。

 現在、俺たちは館内を移動しながら殺し合っていた。
 既に十分くらいはこの調子である。

 互いの身体能力はほぼ互角で、戦い方も似通っていた。
 間違いなく、マリィはこの世界で会った中で最強だろう。

 勇者も特殊能力を過信しすぎた戦法だった。
 その点、マリィは高い身体能力と卓越した技量を両立させている。
 相乗効果で素晴らしい実力を発揮していた。

 マリィはそばに飾られた甲冑の武器を手に取る。
 槍と斧を合体させた長柄のそれは、ハルバードと呼ばれるものだ。
 扱いはそれなりに難しそうだが、彼女なら問題なく運用できるに違いない。
 マリィはハルバードを振りかぶって突進してくる。

(完全に殺人マシーンだな……面白い)

 マリィはハルバードを横薙ぎに一閃させてきた。
 俺は屈んで躱すも、前蹴りが飛んでくる。

「おっと」

 すぐに腕を交差してガードする。
 強い衝撃。
 骨の軋む感覚がした。
 俺は後ろに飛び退くことでダメージを緩和する。

(あのまま耐えようとすれば骨折していたな……)

 下がった際、背中に何かがぶつかった。
 壁かと思ったら背丈ほどの古い柱時計だ。
 いつの間にか後ろに下がれない位置取りをされていたらしい。

 マリィは表情を変えず、ハルバードを携えて接近してくる。

(俺も何か武器が必要だな……銃も無くなったし)

 ニナは危ないので退避させていた。
 今頃は館内のどこかに隠れているだろう。
 銃火器を持たせているので、ある程度は自衛できるはずだ。

 俺は背後の柱時計を両手で持ち上げ、迫るハルバードに叩き付ける。
 互いの武器が衝突する。
 派手な破壊音を伴って柱時計が粉砕した。
 細かな部品が飛び散る。
 それでも斬撃を止めることに成功した。

 攻撃に失敗したマリィは、もう片方の手でナイフの刺突を行う。
 俺は彼女の腕を掴んで逸らし、そのまま蹴り飛ばした。

 マリィは空中で回転して、前方数メートル先に音もなく床に着地する。

 俺はその間に別の西洋甲冑から斧を拝借した。
 片手で扱えるくらいの長さで、ちょうど俺好みだった。

「今度はこっちから仕掛けようか」

 俺はマリィの動きを見極めて斧で斬りかかる。
 対するマリィは、ハルバードの先端で受け流そうとした。
 刃と刃が合わさって意図しない方向へずらされる。
 俺は体勢を崩される前に足払いをする。

 マリィは軽く跳んで回避した。
 さらに彼女は、ハルバードの柄を床に当てて支えにしながら蹴りを放ってくる。

 全身のバネを利用したその一撃に、俺は肘打ちを狙う。
 刹那の拮抗。
 俺は引き戻した斧を振り回した。
 反撃の隙を許さず、ひたすら斧を叩き付けていく。
 時折、蹴りや殴打も織り交ぜていった。

 マリィはハルバードで防御しながらじりじりと後退する。
 刃が掠めたりして徐々に負傷しているものの、致命傷は上手く避けていた。

 いいだろう。
 このまま押し切って殺してやる。

 しかし途中、マリィは強引にハルバードを振るった。
 その一瞬で跳躍して俺との距離を取る。
 このまま防戦一方となることを嫌ったようだ。
 俺だって同じ立場ならそうしただろう。

 佇むマリィは僅かに疲労しているようだった。
 何でもないように装っているが、俺には分かる。

 体力的にはこちらに分があるようだな。
 身体強化の魔術を使っているみたいだし、それだけ消耗も大きいのだろう。
 相手の魔力が切れるまで粘れば、あとは楽勝かもしれない。

 そう思った直後、マリィのそばに異変が生じる。
 彼女の横にぽつりと不自然に暗闇が発生した。
 虚空から突如として滲み出たようだった。
 マリィはそこに手を伸ばして差し込む。

(何をしているんだ……?)

 浮かぶ疑問。
 次の瞬間、俺は背後に違和感を覚えた。
 何かが来る。
 本能的に危険を察知した俺は、横へ動こうとする。

 その短い時間で、俺は視線を動かして違和感の正体を確かめた。
 いつの間にか背後に出来た暗闇。
 そこからナイフを持った手が生えている。

 ナイフが動く。
 ぞぶり、と刃が俺の前腕に食い込み切り裂いていった。
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