第45話 茨の道を往く者

文字数 2,914文字

 刹那の沈黙を経て、俺と魔王は再び激突した。

 刃を合わせる鉈と剣がキリキリと微かな悲鳴を上げる。
 力勝負では負けると悟り、既にリミッターを解除していた。
 短期間に何度も使うものではないが、出し惜しみできる相手ではなかった。

 魔王が剣を引いた拍子に唐突な膝蹴りを放ってくる。
 死角からの打ち込みだ。
 恐ろしいほどのスピードと鋭さであった。

 俺は斧の柄を当ててギリギリでガードする。
 微妙に角度を付けて衝撃も逸らす。
 しかし、それでも工夫が足りずに容赦なく吹き飛ばされた。

 地面を何度かバウンドするも、壁にぶつかる前に回転して立て直す。
 危なかった。
 もう少しで骨が折れていた。

 全身鎧を着ているというのに、魔王は非常に俊敏だ。
 今みたいに格闘攻撃も織り交ぜてくる。
 あらゆる攻撃が痛打であり、致命傷へと至らせる。
 注意しなければ。

 魔王は悠然と立っていた。
 追撃のチャンスはあったのに、わざと動きを止めたのだ。
 俺の奮闘を眺めて楽しんでいるらしい。

「どうしたのだ勇者よ。もう終わりか」

「いや? まだまだこれからだ、よッ」

 俺は言い終える寸前に地面を蹴る。

 当然、魔王も斬撃を以て反応してきた。
 真上から剣が迫る。
 俺の接近に合わせた完璧なタイミングであった。

 俺は剣の腹に鉈を全力でぶつける。
 僅かにずれる剣の軌道。
 そこから逃れるように跳び上がり、身体を逸らしながら回転した。
 魔王の剣はすぐそばを空振る。

 安心する間もなく、魔王は片手を伸ばしてきた。
 俺の胴体を掴もうとしている。
 さすがにそれはマズい。
 一度掴まれれば、逃げ出すのは非常に困難だろう。
 魔王の手が届く前に、俺は斧を叩き付けた。

 炸裂箇所が爆発し、空中にいた俺は後方へ吹っ飛ぶ。
 地面を滑りながらも停止する。
 攻撃を加えられた上、捕まることも阻止できた。
 かなり無茶な動きだったが、その甲斐はあったようだ。

 魔王は脇腹辺りから白煙を上げていた。
 鎧の表面に一筋の亀裂が走っている。
 斧をぶつけた箇所だ。

 魔王は脇腹を軽く撫でる。

「……やるではないか。それでこそ我が宿敵。さらなる力を見せてみよ」

 魔王が手を振る。
 すると、宙にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。
 そこから稲妻が飛ぶ。
 狙いはもちろん俺だった。

(おいおい、嘘だろ……)

 俺は反時計回りに疾走して稲妻を回避していく。
 すぐ後ろで炸裂音が立て続けに鳴っていた。
 足を止めれば命中する。

 畳みかけるように魔王が斬りかかってきた。
 押し潰さんばかりの勢いの突進。
 なぜか歓喜の気配が伝わってくる。

 俺は踏み込みながら横殴りに鉈を振るった。
 ところが、薄い青色のガラスのようなものが生成され、斬撃を食い止められる。
 青色のガラスモドキに亀裂が走るも、完全な破壊には至らない。

(バリアーかっ)

 それを認識した瞬間に、俺は地面を蹴って後退した。
 眼前を漆黒の剣が通過する。

 鼻先に痛み。
 浅く斬られたようだ。
 流れる血を知覚しつつ、俺は意識を散らさず魔王に集中する。

 魔王は新たな魔法陣を展開させていた。
 そこから一つの火球が発射される。
 速度と精度が、通常の魔術師とは桁違いだ。
 しかも俺が回避行動を取ると、正確に追尾してくる。

(これは避けきれないな)

 死体を盾にする隙もない。

 俺は一か八かで火球を鉈で切り裂いた。
 刃を受けた火球は、霧散して消滅する。

 直感に従って動いたが、上手くいった。
 この鉈は魔術武器なので、火球を破壊できるのではと思ったのだ。
 ガラスのような防御は貫けなかったからちょっとした賭けだったが、なんとか勝てたようである。

「ほう、魔術を斬るか。此度の勇者はなかなかやるらしい」

 魔王は未だ余裕の態度だった。
 どうにかそれを崩してやりたいものだが……。

(なかなか難しいものだ)

 魔王は剣を使った近接戦闘に、魔術を併用するようになった。
 これがかなり面倒だ。
 純粋に性能が高い。
 それも攻防の両面で駆使される。

 攻撃魔術はどれも致命的な威力を宿している。
 一発でもまともに食らうと不味い。

 防御魔術はこちらの攻撃を確実にガードしてくる。
 しかも普通の魔術師と違って、詠唱などの予備動作もない。

 魔力を感知できれば発動のタイミングが分かるのかもしれないが、生憎とそれはないものねだりだ。
 たらればで語っても意味がない。
 今ある力で魔王を殺さねば。

 魔王は、こちらの実力を確かめて遊んでいるように思えた。
 これだけ優れた魔術能力を備えながら、剣術も達人級。
 身体能力も申し分ない。
 まさに反則クラスの強敵であった。

「さて、どうするか……」

 俺は魔王の動向を窺いながら思案する。

 まだ大きな怪我は負っていない。
 しかし、それも時間の問題だろう。
 このままではジリ貧だ。
 徐々に押されて、やがて殺される。
 呪いも施されている以上、さっさと勝負を決めないと。

 そこまで考えたところで、俺は気付く。

(あれ、呪詛の痛みがない?)

 黒い刺青は依然としてくっきりと残っており、不気味に脈動している。
 なぜか痛みだけがない。
 それどころか、刺青を中心に力が沸いてくる感じすらあった。
 これは一体どういうことか。

 魔王も俺の異変を察知したらしく、剣の構えを解いた。

「そなた……呪詛を喰らったのか。耐性の獲得に留まらず、その効力を反転させて自らの糧としている。呪詛を拒絶するのではなく取り込むなど……見たところ、魔術師ではないな。生粋の狂戦士だ。術式解析による改変ではなく、体内魔力が呪詛を偶発的に変異させたのか……信じられぬ」

 魔王が饒舌に語ってくれるが、俺にはさっぱりだった。
 内容の半分も分からない。
 ただ、呪詛が問題ではなくなったことは理解した。

 魔力がどうのと言っていたので、おそらくは魔族を食って得た魔力が上手く作用してくれたのだろう。
 細かい理屈は興味ない。
 それだけ分かれば十分だ。

 一方、独り語りを終えた魔王は、くつくつと喉を鳴らして笑う。

「素晴らしいぞ、勇者。我の呪詛すら取り込んで利用するとは。その強靭な精神と魔力には敬服の念すら覚える。こちらも相応の力で迎え討とう」

 魔王を中心に、地面に幾重もの深い亀裂が走った。
 纏う覇気が空間を歪ませるほどまで膨らむ。
 ただ相対するだけで、常人なら気を失うであろう圧力だ。

 魔王が軽く動かそうとする。
 次の瞬間、姿が霞んで消えた。
 立っていた地点にて、燐光が仄かに煌めく。

 首筋が妙にひりつく。
 とんでもなく嫌な予感がした。
 これは死の予兆だ。

 俺は生存本能に従って上体を傾けながら数歩下がる。

 それに合わさって襲いかかる激痛。
 気付くと目の前に魔王がおり、漆黒の剣が俺の胸に沈んでいた。
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