第49話 彼女の決意

文字数 4,814文字

 俺は血の海に佇んでいた。
 鉈を斧を死体に突き刺して、ぐっと伸びをする。
 清々しい気持ちだ。

 周囲には解体した勇者パーティの死体が転がっている。
 血みどろの肉塊ばかりだ。
 もはや個人の識別は困難である。

 鉈と斧を刺したのは、勇者の死体だった。
 首が無い。
 断ち切った首は少し離れたところに落ちていた。

 その顔には恐怖の色が貼り付いている。
 素敵な表情だね。
 最初よりもずっと好感が持てる。
 俺は別の死体に腰かけて、頬の返り血を拭い取る。

 勇者パーティとの戦いが始まってから、十分も経っていなかった。
 新たな力のテストも兼ねた戦闘だったが、結果は上々である。

 全身を覆った呪詛は俺の肉体性能を引き上げ、傷を負ってもすぐに縫い付けて塞いでくれた。
 たとえ肉体を欠損しても、茨模様が集まって埋めてしまうのだ。

 武器にも呪詛が施されたのも大きな成果だろう。
 掠り傷からでも致命傷に至る凶悪な力である。

 呪詛を受けた相手は、悶え苦しみながら衰弱して、やがて絶命していった。
 そして彼らが失ったエネルギーは、残らず俺が吸収する。
 呪詛は俺にとって力の源だが、他の者にとっては猛毒に等しい。
 ほとんど反則じゃないかなぁと思った。

 一方でカゲハも大活躍だった。
 影の中から繰り出される変幻自在の斬撃は、俺への攻撃を的確に打ち落とした。
 同時に死角から勇者たちを斬り付ける。
 さらには稲妻や火球などの魔術攻撃も織り交ぜてくれた。
 俺の動きを阻害しない最高のサポートであった。

 直前まで殺し合った仲というのもあるのか、息がぴったりだったね。
 阿吽の呼吸でコンビネーションを披露したよ。

 そんな感じだったので、戦いは終始こちらが優勢だった。
 勇者は最後まで特殊能力と聖剣で対抗してきたが、結局はまともな反撃すらできずに死んだ。
 少し物足りなさを感じるほどだったね。
 便利過ぎる能力というのも考えものかもしれない。
 今度からは少しハンデを付けてみよう。

 俺は観戦していたニナとマリィのもとへ歩み寄る。

「やあ、終わったよ。意外と楽勝だったね」

「…………」

 マリィは俺を無視すると、そのまま横を通り過ぎる。
 彼女の足は階段に向かっていた。
 ここから立ち去ろうとしているようだ。

 その背中に声をかける。

「どこへ行くつもりかな」

「…………契約は完了した。報酬も受け取った。それだけ」

 重たそうな革袋を掲げると、マリィはそのまま階段を上り始める。
 教団が壊滅したことで、ニナとの間で交わした契約は解消されたらしい。
 さっきまであれだけボディーガードに執心していたのにね。
 随分とドライな対応である。

「殺し合わないのかい? 俺は全然やる気だけども。休憩なしでもいいよ」

 マリィは足を止めた。
 彼女の冷ややかな目線が俺を捉える。

「殺したいのは山々。だけど、今のままでは命がいくつあっても足りない」

 そこでマリィは、勇者パーティの死体を一瞥した。

「…………殺されるのが分かり切っているのに挑むほど馬鹿ではない。いつか必ず殺す。その日を楽しみに待っていて」

 なるほど。
 さすがに勝ち目がないと見て、撤退を選んだのか。
 賢明な判断だけど、ちょっと残念だな。
 まだ殺し足りない気持ちもあるし、こちらとしては立ち向かってくれる方がいいのだけれど。

 俺は歩き進みながら微笑する。
 勇者の死体に刺した鉈を引き抜いた。

「いつか必ず殺す、というのもいいけどさ……ちょっと待ちきれないか、なっ」

 俺はアンダースローで鉈を投擲した。
 鉈は狙い違わずマリィへと飛ぶ。

 マリィは足元に広がった暗闇の穴に潜り込んだ。
 そのまま鉈を回避する。
 暗闇は縮小して消え、マリィの気配は感じられなくなった。

 彼女の得意とする暗闇の魔術だ。
 また同じ手で逃げられてしまった。
 あれは追跡しようがない。
 俺が得た各種能力でも、それは不可能みたいだ。

(マリィの殺害は保留だな……)

 彼女の言い分によれば、いつか強くなって戻ってくるそうだし、気長に待っていようかな。
 その時に返り討りにすればいい。
 今後の楽しみとしておこう。

 俺は気を取り直してニナに話しかける。

「これで二つ目の仕事も完了だね」

「そ、そうですね……おめでとうございます」

 ニナは挙動不審になりながら答える。
 かなり緊張しているようだ。

 俺がさらなる力を得たことを憂いているのかもしれない。
 またもや勇者を殺してしまったし。
 とは言え、出現した魔王を討伐するどころか手懐けたのだ。
 結果としてこの街の被害を未然に防いだわけだし、総合的な功績は十分にプラスだと思う。

「……次は何をされるつもりですか?」

 ニナの問いに、俺は和訳版のリストを見ながら迷う。
 楽しめそうな仕事はいくつもあった。
 ただ、刺激が足りない気もする。

 腕組みをして考えること暫し。
 俺は最高のアイデアを閃いた。
 破壊活動のリストをびりびりに破いて捨てながら、俺は飄々と宣言する。

「よし、魔族皆殺しツアーをしよう。各地の魔族を探し出して殺し回るんだ。これなら大義名分を以て活動できるね」

 そもそも俺が工作員となったのは、勇者をサポートするためだ。
 魔王側の戦力を削ぐことが主な目的である。
 それをリストに記載された破壊活動という形でこなしてきた。

 だが、これだけの力を得たのなら、ストレートに魔族を狩りまくることができる。
 律儀にリストに従うより、その方が効果的だろう。
 人類への貢献にもなる。

 ただし、魔王には手を出さない。
 それは勇者の役目だからだ。
 工作員の管轄外である。

 もっとも、気が向いたら殺しに行くかもしれないが。
 もう一体の魔王とも主従契約を結べたら最高だからね。
 できることが色々と増えそうだ。

 我ながら完全無欠の計画じゃないだろうか。
 誰も損をしないやり方だ。
 損どころか、あちこちから感謝されてもおかしくない。

 そんなことを考えていると、ニナが腕を上げてこちらに向けてきた。
 その手には散弾銃がある。
 銃口は、俺の額を真っ直ぐに狙っていた。

 人体なら軽々と引き裂く威力だ。
 加えてこの距離なら目を瞑っても外しようがない。

 散弾銃を構えるニナは、震えていた。
 唇を強く噛んでいる。
 涙に揺れる双眸には、ある種の覚悟が垣間見えた。

 小刻みに揺れる銃口に、俺は苦笑いする。

「そんな怖いものを持ってどうしたのさ。下ろした方がいいんじゃない?」

「ササヌエさん……あなたは危険すぎます。まるで、魔王のようです。この世界に召喚したのは私です。責任はすべて私にあります。ササヌエさんは悪くありません。ですが、これ以上あなたに世界を乱されるわけにはいきません」

「ははっ、俺を殺して止めるつもりなんだ。正義のヒーローみたいだね」

 そう言いながら俺は、身を沈めて瞬時に踏み込む。

 ニナは急な動きについてこれない。
 驚いた拍子に発砲された散弾は、俺の頭上を突き抜けていった。

 俺は銃身を掴んで力を込める。
 部品が歪んで割れ、さらに半ばからひん曲がって折れた。
 内部の発射機構も完全に潰れている。
 これではもう撃てない。

 俺は壊れた部品を捨てながら笑う。

「あーあ。これじゃあ撃てないね」

「くっ……」

 ニナは短く呻いたかと思うと、すぐさま壊れた散弾銃を捨てた。
 同時に左右の掌を合わせる。
 彼女の手が発光し、間から拳銃が出現した。

 召喚魔術だ。
 何度も使ってきたことで、発動速度がかなり上がっている。
 生み出した拳銃を掴んだニナは、それを俺に向けようとする。

 その前に俺は、ニナの腕を掴んで引き倒した。
 ニナはすぐに立ち上がってしがみ付いてくる。

 ……しつこいな。
 勝ち目がないと分かっていないのか。
 そこまで愚かな印象は無かったのだが。

 俺はニナを振り払おうとして、僅かに目を見開く。

「おっ」

 必死にしがみ付く彼女の手には手榴弾が握られていた。
 既にピンが抜かれている。

「カゲハ」

「御意」

 影から伸びた黒い剣が一閃される。
 刃は手榴弾を持つニナの手を切断した。
 落下するその手をキャッチした俺は、手榴弾ごと遠くへ放り投げる。

 数秒後、宙で爆発が起きた。
 細かくなった肉片が飛び散る。
 ただし、距離もあってこちらに直接的な被害は無かった。
 仮に爆発が直撃しても死ななかったろうが、率先して食らいたいものでもない。

 ニナは切断された手を押さえてうずくまっていた。
 夥しい量の出血だ。

 晒された断面に、カゲハが小さな火を打つ。
 肉の焼ける音に伴って、ニナが悲鳴を上げた。
 多大な苦痛を代償に、出血は治まる。
 かなり乱暴な応急処置だが、やらないよりかはマシだろう。

「ぐっ……う……」

 うずくまるニナは荒い呼吸を繰り返す。
 しゃくり上げる声も混ざっていた。

 俺はニナを見下ろしながら優しく語りかける。

「これが暴力だよ。どうだろう、世界は救えそうかな」

「…………」

 ニナは答えない。
 彼女は負傷した手を抱きながら、無言で震えていた。

 もう立ち上がれないか。
 無理もない。
 ずっと間近で傍観を貫いてきたのだ。
 半端な覚悟から痛みを受けて、心が折れてしまったのかもしれない。

 そう思った時、ニナが苦しげに顔を上げた。
 顔色は悪い。
 死人のように青白く、滝のような汗を流している。
 しかし、表情だけは凛々しかった。

「――私は、最善を尽くしたかった。魔王によって滅びに瀕するこの世界に、希望をもたらしたかった……たとえここで死ぬことになっても、世界の平穏を祈ります」

 ニナはゆっくりと噛み締めるように言うと、そっと目を閉じた。
 彼女は恐怖を押し殺して、じっと動かなくなる。
 自らの死を受け入れたらしい。
 平常心とは言い難いものの、決意の固さは窺える。

 俺はニナに向けて手を伸ばし――その肩をぽんと叩いた。

「いいね。素晴らしい心意気だ。尊敬するよ、本当に」

「え……?」

 目を開けたニナは、ぽかんとした顔で呆ける。
 なぜ殺さないのかとでも言いたげだった。

 まったく、俺を殺人狂か何かだと思っているのだろうか。
 多少は考えながら生きているというのに。

 ニナは間違いなく無力だ。
 そこらの兵士や冒険者にも劣るほどである。

 だが、無力なりに捨て身で俺を殺そうとしてきた。
 それも利己的な動機ではない。

 我が身を案ずるならば、今まで通りに反論せずについて来ればよかった。
 だというのに、ニナはなけなしの勇気を振り絞って真っ向から対立してきた。

 俺には決して理解できない精神だ。
 非常に面白い。
 俺に同行する中で迷い、悩み、葛藤したことで成長したようだ。

 死体から斧を引き抜いた俺は、それを持って階段へ向かう。
 それでも動かないニナに途中で声をかけた。

「ほら、置いていっちゃうよ?」

「…………あ、その……はい。すみません……すぐ、行きます」

 ニナは気まずそうに立ち上がると、早足で俺のもとへ駆けてくる。
 その顔は、困惑と決意がない交ぜになっていた。

 何らかの心境の変化があったみたいだ。
 彼女の目は、しっかりと先を見据えている。

(優秀なパートナーに恵まれて嬉しいね)

 しみじみと考えながら、俺は地上への帰路についた。
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