第12話 棚に上げる男

文字数 3,533文字

 翌日、俺は王都を出発することになった。
 ニナによると他の街へ向かう乗合馬車があるそうなので、それを利用して移動するそうだ。
 異世界では初の旅だ。
 なんだかワクワクするね。
 色々と面白い世界なのは既に知っているので、否が応でも期待してしまう。

 ちなみに宿屋をチェックアウトする際、何も言われなかった。
 従業員は顔面蒼白で頭を下げるのみだった。
 宿屋の主人を殺した件に触れさえしない。
 宿泊費も要らないと告げられたので、お言葉に甘えることにした。

 結局、あの後どうなったのだろう。
 言及されなかったということは、解決できたのかな。
 まあ俺には関係ないことだ。
 諸々のサービスを踏まえて良心的だったし、王都に戻った際はまた利用させてもらおう。

「なぁ、あれが噂の……」

「……みたいだな。黒髪だ」

「あまり見るな。気付かれるだろうが」

 移動中、無数の視線を感じる。
 すれ違う人々が、ちらちらと俺を見ていた。

 何かを囁き合う者もいる。
 昨晩の出来事が早くも噂として流れているらしい。

 俺たちの進路上だけ人混みが割れて道ができた。
 なんだか有名人になってしまったな。
 その割に誰も話しかけようとはしてこないが。

 衛兵らしき人間が遠巻きに監視しているのに気付き、俺は笑顔で手を振ってみる。
 あっ、すごい勢いで逃げられた。

 どうしてだろう。
 別にどうするつもりもないのに。
 むしろなぜ逃げたのか捕まえて訊いてみたいところだ。
 きっとやましいことがあるに違いない。
 そうでなければ、逃げる道理など存在し得ないのだから。

 俺が衛兵を追いかけようとすると、後ろから服を引っ張られる。
 ニナだ。
 彼女は遠慮がちに言う。

「乗合馬車を乗り過ごすと、待ち時間が長いので……寄り道はやめておきましょう」

「あー、確かにね。そりゃそうだ」

 俺は素直に納得する。

 元の世界でも、地域によっては電車やバスで似たような経験があった。
 タクシーなんて気の利いたものはないだろうし、旅の始まりからグダグダしたくない。

 俺が進路を戻すと、ニアはあからさまに安堵する。
 視線は逃げた衛兵の方向にあった。

 衛兵が殺されなかったことがそんなに嬉しいのか。
 異議を唱えれば彼女自身に危険が及ぶことも理解していただろうに、よくもそこまでやるものだ。

 それからは特に何もなく乗合馬車のある広場に到着する。
 ニナの先導でその中の一台へ赴いた。

 座席には俺たち以外に客はいない。
 いや、正確には俺たちを見た途端にそそくさと逃げられた。

「そんなに避けなくてもいいのにね」

「皆さん、命が惜しいのですよ」

「さらっと言うねぇ」

 俺はケラケラと笑う。

 ニナも上手い冗談を言うようになったものだ。
 俺だって無差別に殺しているわけじゃない。
 正当な理由と信念に従って実行している。
 いきなり襲いかかるような真似はしない……たぶん。

 この世界に来てからは衝動のままに暴れているからな。
 フラストレーションも溜まっていないので、精神的には安定していた。

 やがて俺たちだけを載せて馬車は動き出す。
 重厚な門を抜けて王都の外へと出る。

 徐々に離れゆく都市を眺めつつ、俺は考える。

(城の連中は俺がいなくなって喜んでいるのかな)

 今頃、お祝いパーティーでもしてるんじゃないだろうか。
 或いは俺への報復を計画しているかもしれない。

 そもそも誰が舵取りをしているのかも不明だ。
 国王亡き今、トップは誰なのだろう。

 ニナに訊けば答えは返ってくるのだろうが、そこまでして知りたいことでもなかった。
 いずれ然るべきタイミングで分かるはずだ。
 そして何者だろうが殺せばいい。

 ここで舞い戻ったらどういった反応をするのか気になる。
 実践しないけどね。
 さすがにそこまで時間を無駄にするほど暇じゃない。

 俺は馬車の行き先について考える。
 馬車は半日ほどの道程を経てグラッタという街に着く。
 破壊活動のリストによると、そこの領主が魔族と癒着している疑惑があるそうだ。
 それを確かめて、場合によっては捕縛して情報を吐かせるのが目的である。

 もちろんその領主を殺すつもりだった。
 拘束や尋問なんて面倒だ。
 魔族との関係が判明した時点で、容赦なく仕留めてやろう。
 証拠ならそいつの住居を捜索すれば見つかるはずだ。

 ニナの召喚魔術のおかげで、武装は充実していた。
 これだけあれば、領主の家だろうが正面突破で制圧できる。
 遠慮なくぶっ放すのは楽しそうだ。
 今からウキウキしてしまう。
 領主が魔族と仲良しであることを祈っておこう。

 この先の出来事について思いを馳せること暫し。
 のどかな移動時間は、後方からの騒音によって破られた。

 馬がこちらに駆けてくる。
 その上に乗るのは、金髪の美少女。
 気品のある顔立と洒落たドレス風の衣服が相まって、どこかの令嬢のように見えた。
 いや、首元に豪華なネックレスがあるので本当に身分の高い人間なのだろう。

 彼女の操る馬には矢が幾本も刺さっていた。
 今にも倒れそうだ。

「ササヌエさん、あれは……」

「いいよ。様子見だ」

 不安そうなニナに言い聞かせて、俺は令嬢を観察する。

 令嬢はこちらの馬車の後部まで近付くと、鞍から跳び移ってきた。
 彼女は派手な音を立てながらも着地を決める。
 直後、彼女の乗っていた馬は力尽きて地面を転がっていった。

「もっと速く走りなさい! これでは追いつかれるわ」

 いきなり乗り込んできた令嬢は、御者に命令口調で告げる。
 かなり苛立っている様子だ。
 しきりに後方を気にしている。

 見ればこの場者から数十メートルほど後ろに騎馬兵の集団がいた。
 数はだいたい二十ほどか。
 革鎧を着ており、顔は暗い色合いの布を巻いて隠している。

 どうやら令嬢は騎馬兵に追われているらしい。
 只事でない雰囲気である。

「あの、そう言われましても……」

 壮年の御者は困惑していた。
 突然の事態にどうしたものかと迷っている。
 彼の心情も当然のものだ。
 相手の身分が高そうなので、強く反論もできないらしい。

 すると令嬢は、あろうことか剣を抜いて御者に向ける。

「これは命令よ。急ぎなさい。貴方の事情なんて知ったことではないの」

 明らかな脅迫であった。
 短く悲鳴を漏らした御者は、馬を操って馬車のスピードを上げる。

(おいおい、随分と自分勝手な奴だな……)

 横から眺める俺は呆れ返っていた。

 暴力で相手を脅すなんて酷いことをするものだ。
 倫理という概念を知らないのだろうか。
 同乗している俺たちの気持ちも考えてほしい。

 見かねた俺は、座席に腰かけたまま口を挟む。

「わがままが過ぎるんじゃないか? あまり他人様に迷惑をかけるもんじゃないよ」

 令嬢がこちらに向く。
 俺の喉元に剣を突き付けてきた。

 彼女は吐き捨てるように述べる。

「黙れ、下民が。貴様の事情なぞ聞いておらん。文句があるなら降りろ」

「…………」

 俺は沈黙する。

 令嬢は勝ち誇った笑みで剣を引き、意識を御者に戻した。
 その瞬間、俺は令嬢の腹をナイフで突き刺す。

「え」

 令嬢はぽかんとした表情で自分の腹を見下ろす。
 じわじわと衣服に血が滲み広がりだした。
 ナイフを引き抜くと、その勢いが強まる。
 ぼたぼたと血が垂れ落ちていた。

「あ……なっ……」

 令嬢はふらふらと後ずさる。
 半歩後ろは馬車の外だ。

「それじゃ、さよなら」

 にこやかに別れを告げながら、俺は令嬢を馬車から蹴り落とす。
 錐もみ回転しながらバウンドする令嬢。
 その姿は瞬く間に小さくなっていく。

 騎馬兵たちが令嬢のいる地点へと殺到していた。
 あれなら楽々と捕まえることができるだろう。
 何が目的かは知らないが、俺の貢献に感謝してほしいね。

「よし、これで静かになった」

「あ……あの……これは、さすがに……」

 ニナは唖然としていた。
 何か言いかけて、彼女は口を噤む。
 無駄だと悟ったのだろう。
 きちんと俺のことを分かってくれて何よりである。

 御者の混乱はなかなか治まらない。
 時には令嬢のもとへ戻りそうなそぶりを見せていた。
 しかし俺が視線をやると、それっきり二度と振り向かなくなる。

 実に順調な旅路であった。
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