第1話 爆殺処刑
文字数 4,425文字
「罪名を決めよう。身勝手な理由で異世界に召喚しやがった罪というのはどうかな?」
目の前で芋虫のように転がる国王に、俺は笑顔で提案する。
手足を縛られて猿轡を噛まされた国王は、忌々しげな視線で睨むことしかできない。
なんて哀れな姿だろうか。
とても国のトップに君臨する者とは思えないね。
これじゃあ、せっかくの威厳も台無しだ。
無力な男を尻目に、俺は室内を歩き回りながら提案を続ける。
「はて、お気に召さないか。それなら、不法召喚罪とか? 短くまとまって分かりやすいよね。そう思わないかい?」
俺は足元の面々に同意を求めるも、生憎と返答はない。
彼らは無意味な呻き声を漏らすばかりだった。
まったく、少しは意思疎通の努力をしてほしいものである。
この部屋には、国王以外にも十数人の人間が転がっていた。
どいつも国の重鎮に属する上級貴族だ。
もっとも、今は威厳もクソもない、ただの無力な存在だけどね。
彼らの顔には、怯えや怒りなど様々な感情が浮かんでいた。
何を言いたいかなんてだいたい分かる。
ここで猿轡を外せば、きっと罵倒の嵐が飛んでくることだろう。
或いは命乞いだろうか。
どちらにしても俺を楽しませてくれるスパイスだが、あまり騒がれると鬱陶しいのでこのままにしておく。
室内を闊歩しながら、俺は閃いた罪名を挙げていった。
「欲張りだなぁ。じゃあ、何様のつもりで拉致したんだ罪は……あぁ、そういえば王様と貴族様だったか。これは失礼」
途中、棚に陳列された魔法薬を手に取っては、次々と適当に放り投げる。
ガラス瓶が割れてあちこちに中身がぶちまけられた。
それに伴って微かな異臭も漂ってくる。
これらが魔法薬であることは事前に教えてもらったが、その詳しい効果については一切知らない。
少なくともこのような扱いをしたらマズいのは確かだろう。
それは拘束した貴族たちのリアクションからしても明らかであった。
彼らはじたばたと足を動かして、必死に逃げようとしている。
一部の者は魔法薬をまともに浴びて失神していた。
ちょっと手元が狂ってしまったんだよね。
わざとじゃないよ、いや本当に。
室内はパニックに染まり切っていた。
だからこそ良い。
演出は大事だ。
これを損なうのはナンセンス極まりない。
結果だけでなく、過程を大事にしてこそだろう。
俺の直感も諸手を挙げて賛成している。
その後もポイポイと魔法薬を投げ捨てて、最後の方は棚を倒して一気に割り砕いた。
ごちゃごちゃに混ざり合ったカラフルな液体が床にぶちまけられるのを眺めつつ、俺は百円ライターを弄ぶ。
国王と貴族の面々は顔面蒼白で硬直していた。
なかなかにシュールな絵面である。
「我ながらネーミングセンスがないんだ。せめてもうちょっと語彙が豊富なら罪名なんてパパッと閃くんだろうけど。今からディスカッションで決めるのも――おっと、来客だ」
壁にもたれかかって嘆いていると、出入り口の扉を叩く音と怒声が聞こえてきた。
無粋な連中がやって来たらしい。
空気を読んでほしいものだ。
もっとも、出入り口は机と椅子とよく分からない機材で塞いでいるから、そう簡単には開かないが。
鼻歌を奏でつつ罪名を考えているうちに、室内の異臭が強まってきた。
魔法薬の一部が気化しているようだ。
もうちょっと焦らしたかったけど、そろそろ頃合いだろう。
楽しい時間ほど早く過ぎてしまうものだね。
俺は窓際に近付いて、予め結んで垂らしておいたロープを掴む。
そして、縛られた面々に笑顔で別れを告げた。
「――身勝手な理由で異世界に召喚しやがった罪。やっぱり最初のがしっくり来たよ。というわけで死刑ね」
言い終えると同時に、俺は窓の外へ飛び出した。
掴んだロープを伝ってするすると落下する。
勢いを殺して上手く地面に着地した。
高さはだいたい三十メートル。
これくらいは朝飯前だ。
すぐさま使ったばかりのロープにライターで火を点けて導火線代わりにしてやる。
火は瞬く間にロープを伝って上がり、部屋に到達した。
直後、爆発が起きる。
窓ガラスを粉砕しながら室外へと爆炎が噴き出した。
少し遅れて濛々と黒煙が漏れだす。
成果を眺めていると、頭上から何かが降ってきた。
地面にぶつかったそれらは人体の一部だった。
腕、脚、指、胴体、頭部など種類は様々である。
爆発によるものなのか、表面が焦げて衣服らしき布がへばり付いていた。
見れば国王の生首も混ざっている。
爆発した部屋から人々の悲鳴や怒声が聞こえてきた。
扉の外にいた人間が突入して騒いでいるらしい。
火の手が上がっており、消火を命令する叫びも含まれていた。
結構な惨状になっているようだ。
満足した俺は清々しい気分で歩き出す。
「ははっ、最高だね」
今のは迷惑料と報酬の前金代わりだ。
身勝手な行動の報いを受けてもらっただけである。
いくら国王や貴族といっても、善悪のボーダーくらいは見極めてほしいものだね。
無論、報酬を貰ったからには任務もこなすつもりだ。
依頼された仕事はきっちり遂行する。
俺は昔からずっとそういうスタンスでやってきたのだから。
「まさかこんな状況になるなんて……人生って分からないなぁ」
ここまでの経緯を振り返り、俺は苦笑する。
きっかけは数時間前。
俺が元の世界 でいつも通りの朝を迎えた日から始まる。
◆
差し込む朝日に眩しさを覚えて、俺はベッドで目覚めた。
上体を起こしてぐっと伸びをしてみる。
凝り固まった身体からパキパキと小気味よい音が鳴った。
俺はカーテンを開けて目を細める。
雲の一つもない晴天。
こういう日は散歩でもしたくなるね。
朝食後に出かけようかな。
鼻歌混じりにベッドを下りる際、何かを踏ん付けてしまう。
「ん、何だ?」
不思議に思って確かめるとそれは、仰向けになった男の死体だった。
拳銃を握って万歳をしている。
ちょっとシュールな恰好だった。
俺は苦笑しながら死体を踏み越える。
歩きながら脱ぎ捨てたパジャマは、日本刀を持つ別の死体の顔にかかった。
「着替えはどこだろうなぁ」
クローゼットにもたれる腹の裂けた死体を足でどかして開く。
そこには何種類もの衣服がハンガーで吊るされていた。
カジュアルなものもあるが、全体的にスーツ系統が多い。
吟味の末、ブラックスーツに決めた。
白シャツを着てスラックスを穿いて、ジャケットを羽織る。
「うん、いいね」
なかなかの着心地だ。
良い素材を使っているのだろう。
サイズもぴったりである。
ネクタイだけは結び方がよく分からなかったので断念した。
いつもネットで検索して実践するのだが、次の日まで覚えていた試しがない。
まあ、別に会社に行くわけでもないから構わないけどね。
未使用らしき靴下とスニーカーも仕舞ってあったので履く。
明らかに土足だけど、別に汚くないしすぐに出て行くのでいいだろう。
ここの家主も既に文句を言えない状態になっている。
扉の前で大の字になる死体を跨いで、俺は部屋を出た。
その際、尻ポケットの百円ライターを拝借する。
一緒に入っていたタバコは捨てた。
健康に悪いから吸いたくない。
副流煙も嫌いだ。
ただ、ライターは使い勝手が良いから好きなんだよね。
仕事柄、役に立つ機会も多い。
持っておいて損はない。
カチカチと何度か動作確認をしてから胸ポケットに仕舞う。
「ふわぁ、眠い……」
俺は髪を掻いて大欠伸をする。
昨夜はちょっと張り切っちゃったからなぁ。
寝るのも遅かったし、微妙に頭が働いていない気がする。
散乱する人体の一部を跳び越えながら、俺は階段を下りていった。
途中、転がっていた拳銃とナイフをそれぞれジャケットの裏側に忍ばせる。
予備弾倉は尻側のベルトに挟んでおいた。
俺は顔を洗うために洗面所へ向かう。
ところが、洗面台は赤一色の血みどろになり果てていた。
おまけに洗濯機からは誰かの脚が逆立ち状態ではみ出している。
隣接する風呂場も似たような惨状だった。
「あーあ、困ったなぁ」
猟奇的な光景に俺は苦笑する。
これでは落ち着いて洗顔もできない。
仕事とは言え、今回はちょっとやりすぎたかな。
やっぱり演出過多は良くないね。
反省しなければ。
仕方なく俺は台所へ移動してシンクで顔を洗った。
ついでに戸棚から出した食パンにチーズを載せて焼く。
その間にオレンジジュースも調達した。
本当は料理もしたかったのだが、コンロ周りが凄まじいことになっているので諦める。
あと包丁も近くの死体を壁に縫い止めるのに使われていた。
ちょっと寂しいけど、このメニューで我慢するしかなさそうだ。
自業自得ではあるので文句も言えない。
焼き上がったトーストとジュースを持って、俺はダイニングテーブルへと移動する。
リビングのソファには、死体という先客がいるのでこちらにしたのだ。
椅子に腰かけながらリモコンでテレビの電源を入れる。
液晶画面に朝の天気予報が映し出された。
担当のキャスターがにこやかに全国の最高気温を伝えている。
昼過ぎからちょっと暑くなるらしい。
熱中症対策をしておくようにとキャスターが述べて、番組はニュース報道へと切り替わる。
「ふーん、最近は猛暑が続くなぁ……」
気温が高くならないうちに、さっさと出かけて用事を済ませた方がよさそうだ。
汗だくになって動き回るのはご免だからね。
もう少し過ごしやすい気候になってほしいものである。
そんなことを考えながらトーストを齧っていると、唐突に足元が発光し始めた。
見ればフローリングの上に円形の奇妙な紋様が描かれており、それが妖しげな紫色の光を放っている。
これは魔法陣と呼ばれるものだろうか。
ゲームやマンガなんかで散見される代物だ。
(どうしてこんなものが……)
なんとなく嫌な予感がして魔法陣から退こうとするも、まるで金縛りにでも遭ったかのように身動きが取れない。
全力で抵抗してもぶるぶると四肢が震えるばかりであった。
その間に、魔法陣は段々と光を強めていく。
やがて部屋全体が照らされるほどになっていた。
(おいおい、どういうことだ。全く以て意味が分からな――)
そうして魔法陣の光が最高潮まで強まった瞬間、俺の視界は暗転した。
目の前で芋虫のように転がる国王に、俺は笑顔で提案する。
手足を縛られて猿轡を噛まされた国王は、忌々しげな視線で睨むことしかできない。
なんて哀れな姿だろうか。
とても国のトップに君臨する者とは思えないね。
これじゃあ、せっかくの威厳も台無しだ。
無力な男を尻目に、俺は室内を歩き回りながら提案を続ける。
「はて、お気に召さないか。それなら、不法召喚罪とか? 短くまとまって分かりやすいよね。そう思わないかい?」
俺は足元の面々に同意を求めるも、生憎と返答はない。
彼らは無意味な呻き声を漏らすばかりだった。
まったく、少しは意思疎通の努力をしてほしいものである。
この部屋には、国王以外にも十数人の人間が転がっていた。
どいつも国の重鎮に属する上級貴族だ。
もっとも、今は威厳もクソもない、ただの無力な存在だけどね。
彼らの顔には、怯えや怒りなど様々な感情が浮かんでいた。
何を言いたいかなんてだいたい分かる。
ここで猿轡を外せば、きっと罵倒の嵐が飛んでくることだろう。
或いは命乞いだろうか。
どちらにしても俺を楽しませてくれるスパイスだが、あまり騒がれると鬱陶しいのでこのままにしておく。
室内を闊歩しながら、俺は閃いた罪名を挙げていった。
「欲張りだなぁ。じゃあ、何様のつもりで拉致したんだ罪は……あぁ、そういえば王様と貴族様だったか。これは失礼」
途中、棚に陳列された魔法薬を手に取っては、次々と適当に放り投げる。
ガラス瓶が割れてあちこちに中身がぶちまけられた。
それに伴って微かな異臭も漂ってくる。
これらが魔法薬であることは事前に教えてもらったが、その詳しい効果については一切知らない。
少なくともこのような扱いをしたらマズいのは確かだろう。
それは拘束した貴族たちのリアクションからしても明らかであった。
彼らはじたばたと足を動かして、必死に逃げようとしている。
一部の者は魔法薬をまともに浴びて失神していた。
ちょっと手元が狂ってしまったんだよね。
わざとじゃないよ、いや本当に。
室内はパニックに染まり切っていた。
だからこそ良い。
演出は大事だ。
これを損なうのはナンセンス極まりない。
結果だけでなく、過程を大事にしてこそだろう。
俺の直感も諸手を挙げて賛成している。
その後もポイポイと魔法薬を投げ捨てて、最後の方は棚を倒して一気に割り砕いた。
ごちゃごちゃに混ざり合ったカラフルな液体が床にぶちまけられるのを眺めつつ、俺は百円ライターを弄ぶ。
国王と貴族の面々は顔面蒼白で硬直していた。
なかなかにシュールな絵面である。
「我ながらネーミングセンスがないんだ。せめてもうちょっと語彙が豊富なら罪名なんてパパッと閃くんだろうけど。今からディスカッションで決めるのも――おっと、来客だ」
壁にもたれかかって嘆いていると、出入り口の扉を叩く音と怒声が聞こえてきた。
無粋な連中がやって来たらしい。
空気を読んでほしいものだ。
もっとも、出入り口は机と椅子とよく分からない機材で塞いでいるから、そう簡単には開かないが。
鼻歌を奏でつつ罪名を考えているうちに、室内の異臭が強まってきた。
魔法薬の一部が気化しているようだ。
もうちょっと焦らしたかったけど、そろそろ頃合いだろう。
楽しい時間ほど早く過ぎてしまうものだね。
俺は窓際に近付いて、予め結んで垂らしておいたロープを掴む。
そして、縛られた面々に笑顔で別れを告げた。
「――身勝手な理由で異世界に召喚しやがった罪。やっぱり最初のがしっくり来たよ。というわけで死刑ね」
言い終えると同時に、俺は窓の外へ飛び出した。
掴んだロープを伝ってするすると落下する。
勢いを殺して上手く地面に着地した。
高さはだいたい三十メートル。
これくらいは朝飯前だ。
すぐさま使ったばかりのロープにライターで火を点けて導火線代わりにしてやる。
火は瞬く間にロープを伝って上がり、部屋に到達した。
直後、爆発が起きる。
窓ガラスを粉砕しながら室外へと爆炎が噴き出した。
少し遅れて濛々と黒煙が漏れだす。
成果を眺めていると、頭上から何かが降ってきた。
地面にぶつかったそれらは人体の一部だった。
腕、脚、指、胴体、頭部など種類は様々である。
爆発によるものなのか、表面が焦げて衣服らしき布がへばり付いていた。
見れば国王の生首も混ざっている。
爆発した部屋から人々の悲鳴や怒声が聞こえてきた。
扉の外にいた人間が突入して騒いでいるらしい。
火の手が上がっており、消火を命令する叫びも含まれていた。
結構な惨状になっているようだ。
満足した俺は清々しい気分で歩き出す。
「ははっ、最高だね」
今のは迷惑料と報酬の前金代わりだ。
身勝手な行動の報いを受けてもらっただけである。
いくら国王や貴族といっても、善悪のボーダーくらいは見極めてほしいものだね。
無論、報酬を貰ったからには任務もこなすつもりだ。
依頼された仕事はきっちり遂行する。
俺は昔からずっとそういうスタンスでやってきたのだから。
「まさかこんな状況になるなんて……人生って分からないなぁ」
ここまでの経緯を振り返り、俺は苦笑する。
きっかけは数時間前。
俺が
◆
差し込む朝日に眩しさを覚えて、俺はベッドで目覚めた。
上体を起こしてぐっと伸びをしてみる。
凝り固まった身体からパキパキと小気味よい音が鳴った。
俺はカーテンを開けて目を細める。
雲の一つもない晴天。
こういう日は散歩でもしたくなるね。
朝食後に出かけようかな。
鼻歌混じりにベッドを下りる際、何かを踏ん付けてしまう。
「ん、何だ?」
不思議に思って確かめるとそれは、仰向けになった男の死体だった。
拳銃を握って万歳をしている。
ちょっとシュールな恰好だった。
俺は苦笑しながら死体を踏み越える。
歩きながら脱ぎ捨てたパジャマは、日本刀を持つ別の死体の顔にかかった。
「着替えはどこだろうなぁ」
クローゼットにもたれる腹の裂けた死体を足でどかして開く。
そこには何種類もの衣服がハンガーで吊るされていた。
カジュアルなものもあるが、全体的にスーツ系統が多い。
吟味の末、ブラックスーツに決めた。
白シャツを着てスラックスを穿いて、ジャケットを羽織る。
「うん、いいね」
なかなかの着心地だ。
良い素材を使っているのだろう。
サイズもぴったりである。
ネクタイだけは結び方がよく分からなかったので断念した。
いつもネットで検索して実践するのだが、次の日まで覚えていた試しがない。
まあ、別に会社に行くわけでもないから構わないけどね。
未使用らしき靴下とスニーカーも仕舞ってあったので履く。
明らかに土足だけど、別に汚くないしすぐに出て行くのでいいだろう。
ここの家主も既に文句を言えない状態になっている。
扉の前で大の字になる死体を跨いで、俺は部屋を出た。
その際、尻ポケットの百円ライターを拝借する。
一緒に入っていたタバコは捨てた。
健康に悪いから吸いたくない。
副流煙も嫌いだ。
ただ、ライターは使い勝手が良いから好きなんだよね。
仕事柄、役に立つ機会も多い。
持っておいて損はない。
カチカチと何度か動作確認をしてから胸ポケットに仕舞う。
「ふわぁ、眠い……」
俺は髪を掻いて大欠伸をする。
昨夜はちょっと張り切っちゃったからなぁ。
寝るのも遅かったし、微妙に頭が働いていない気がする。
散乱する人体の一部を跳び越えながら、俺は階段を下りていった。
途中、転がっていた拳銃とナイフをそれぞれジャケットの裏側に忍ばせる。
予備弾倉は尻側のベルトに挟んでおいた。
俺は顔を洗うために洗面所へ向かう。
ところが、洗面台は赤一色の血みどろになり果てていた。
おまけに洗濯機からは誰かの脚が逆立ち状態ではみ出している。
隣接する風呂場も似たような惨状だった。
「あーあ、困ったなぁ」
猟奇的な光景に俺は苦笑する。
これでは落ち着いて洗顔もできない。
仕事とは言え、今回はちょっとやりすぎたかな。
やっぱり演出過多は良くないね。
反省しなければ。
仕方なく俺は台所へ移動してシンクで顔を洗った。
ついでに戸棚から出した食パンにチーズを載せて焼く。
その間にオレンジジュースも調達した。
本当は料理もしたかったのだが、コンロ周りが凄まじいことになっているので諦める。
あと包丁も近くの死体を壁に縫い止めるのに使われていた。
ちょっと寂しいけど、このメニューで我慢するしかなさそうだ。
自業自得ではあるので文句も言えない。
焼き上がったトーストとジュースを持って、俺はダイニングテーブルへと移動する。
リビングのソファには、死体という先客がいるのでこちらにしたのだ。
椅子に腰かけながらリモコンでテレビの電源を入れる。
液晶画面に朝の天気予報が映し出された。
担当のキャスターがにこやかに全国の最高気温を伝えている。
昼過ぎからちょっと暑くなるらしい。
熱中症対策をしておくようにとキャスターが述べて、番組はニュース報道へと切り替わる。
「ふーん、最近は猛暑が続くなぁ……」
気温が高くならないうちに、さっさと出かけて用事を済ませた方がよさそうだ。
汗だくになって動き回るのはご免だからね。
もう少し過ごしやすい気候になってほしいものである。
そんなことを考えながらトーストを齧っていると、唐突に足元が発光し始めた。
見ればフローリングの上に円形の奇妙な紋様が描かれており、それが妖しげな紫色の光を放っている。
これは魔法陣と呼ばれるものだろうか。
ゲームやマンガなんかで散見される代物だ。
(どうしてこんなものが……)
なんとなく嫌な予感がして魔法陣から退こうとするも、まるで金縛りにでも遭ったかのように身動きが取れない。
全力で抵抗してもぶるぶると四肢が震えるばかりであった。
その間に、魔法陣は段々と光を強めていく。
やがて部屋全体が照らされるほどになっていた。
(おいおい、どういうことだ。全く以て意味が分からな――)
そうして魔法陣の光が最高潮まで強まった瞬間、俺の視界は暗転した。