第17話 夜の街の蹂躙者

文字数 3,290文字

「やっぱり、こうなると、思ってました……っ!」

 背中のニナが半泣きで絶叫する。
 耳元であまり騒がないでほしい。
 あと爪を立ててしがみ付いているので微妙に痛い。

 落ちるのを用心しているのだろうが、そこは俺も配慮しているので大丈夫だ。
 仮に落としたとしても、地面に激突する前に拾い上げる自信はある。

(まったく、これくらいのことでね……)

 現在、俺はニナを背負って逃走中だった。
 建物の屋根から屋根へと飛び移って走り続ける。

 銃火器と弾薬の詰まったダッフルバッグはニナが抱えていた。
 斧は邪魔なので置いてきた。
 さすがにこの状態で携帯するのは面倒すぎる。

「おっ」

 斜め下方向から風切り音がした。
 視線を少しずらした確認する。
 兵士の放った矢だ。
 走る俺の動きにしっかり合わせており、ちょうど側頭部を貫くルートだった。
 なかなかの腕だな。

 俺は迫る矢を指でつまんで投げ返す。
 矢は射手の兵士に刺さった。
 悲鳴を上げる兵士をよそに、俺はスピードを緩めずに跳躍する。
 そして次の建物に着地した。
 すぐに全力疾走で駆け抜ける。

 どうしてこんな状況になったかと言うと、兵士に連行されそうになったので抵抗したからだ。
 具体的な行動を挙げると、門兵の剣を奪って斬り殺し、慌てて駆け付けた他の兵士もまとめて銃殺した。
 そうして街中に逃げ込んで現在に至る。

(まったく、理不尽な話だよ……)

 俺は何事もなく街へ入れてくれればそれでよかったのに。
 人生、思い通りには進まないものだね。

 こうなることを予測していたニナは、門でのやり取りの時点で何とかしようとしていたが、見事に失敗していた。
 兵士側に犠牲者が出た時点で、もう取り返しは付かないからね。
 話し合いで解決できる段階ではないだろう。
 せめて、一人目を殺す前に口出しすればよかった。

 数分前の出来事を振り返っていると、進路上の屋根の上に数人の兵士が立ちはだかる。
 魔術師と思しき者もいた。
 どいつも軽装だ。
 俺を止めるために、わざわざ登ってきたのだろう。
 こんな時間からご苦労なことだ。

「止まれ! 止まらねば攻撃するッ!」

 兵士から制止を命じる声が発せられた。

 もちろん従うわけにはいかない。
 というか、本当に従うと思ったのだろうか。
 だとしたら傑作だ。
 有無を言わさずに攻撃するくらいの気概を見せてほしかった。

「悪いけど、捕まると仕事に差し支えるんだ」

 俺は短機関銃を抜き放ち、兵士たちに向けて発砲する。
 数人の兵士が、悶絶しながら屋根を転がり落ちていった。
 まだ何人か残っているが、無事な者はいない。

「ち、畜生!」

 腹から血を流す魔術師が、罵倒混じりに杖を振る。
 氷のナイフをいくつも飛ばしてきた。
 微妙に軌道をずらして回避を難しくしている。
 意外にやるね。
 便利そうな魔術だ。

「まあ、当たらないけどね、っと」

 俺は短機関銃の射撃で直線状にある氷のナイフを破壊する。
 間に合わなかった分は自力で躱す。
 ニナを背負っていようが身のこなしには影響ない。
 これくらい軽いものだ。

 俺は兵士たちの待つ屋根へ跳ぶ。
 その際、弾切れの短機関銃をニナに渡して散弾銃と交換してもらった。
 状況が状況なのでニナも協力的だ。
 彼女も、俺の巻き添えで死ぬのはご免なのだろう。

「回避不能な攻撃ってのは、こうやるんだよ」

 着地と同時に俺は散弾銃を乱射する。
 残る兵士や魔術師は為す術もなく蜂の巣になって絶命した。
 魔術で防御を図ろうとする者もいたが、銃弾で貫かれてあっけなく死んでいた。
 彼らの死体を踏み越えて進む。

 再び屋根の上を移動しながら、俺は眼下の街並みを望む。

 活気のある風景だ。
 王都と比べても大差ないほどである。
 こちらを指差して騒ぐ者もいるが、それを加味しても平和な街並みだった。

(本当にここの領主は魔族と癒着しているのか?)

 思わず疑ってしまうような状況である。
 もっと禍々しい感じになって、人々も洗脳されているくらいのものを想像していた。
 事前情報がなければ、そういった可能性を考えもしなかったろう。

 まあ、事の真相などあまり関係ない。
 俺としてはどちらでもよかった。
 ただ仕事をこなすだけだ。

 我ながらなんて勤勉なことか。
 拉致同然の扱いで異世界に召喚されたにも関わらず、主犯の国のために働いている。
 もっと褒めてほしいものだね。
 屋根に登ってきた兵士を撃ち殺しつつ、俺は笑う。

 さて、このまま領主の住まいへ向かおうと思う。
 どこかに潜伏してほとぼりが冷めるまで待つのも面倒臭い。

 ニナに訊いたところ、街の中心部にある豪邸が領主の館らしい。
 大きな敷地なので一目で分かるそうだ。
 それならばさっさと訪問して用事を済ませるのがいいだろう。

 飛び移る屋根がなくなったので、俺は地面に下りる。
 周りの人間が怯えて距離を取った。
 別に今は危害を加えるつもりはないのにね。

 彼らのリアクションに苦笑しつつ、俺は移動を再開した。



 ◆



 兵士の妨害を強行突破しながら進んでいくうちに、領主の館らしき建物を発見した。
 黒い鉄柵に囲われた敷地。
 その奥に豪邸がある。

「あっ、あれが、領主の館、です! で、でも! 本当にこのまま、行くのですかっ!?」

「もちろん。ここまで来ちゃったし」

 後方からは兵士たちが殺到しつつあった。
 俺の行き先を察したらしい。
 怒涛の勢いで追いかけてくる。

 無論、そこで捕まるほど俺は間抜けじゃない。

「舌を噛まないように注意してね」

「はっ、はひっ」

 俺は約二メートルの鉄柵を前にさらに加速する。
 力強く地面を蹴って跳び上がった。
 空中で鉄柵を掴み、ぐいっと身体を持ち上げてやる。

 一瞬の浮遊感。
 そのまま綺麗に一回転しながら、俺たちは敷地内への侵入を果たす。
 膝を曲げて衝撃を殺しつつ、芝生の庭に着地した。

「こ、この高さを一瞬で……」

 背中のニナが呆けている。
 彼女の身体能力なら到底不可能だからな。
 そういった反応を無理はない。

 ただ、この世界なら魔術を駆使すれば簡単に真似できそうなものだけどね。
 身体能力の高い亜人だっているだろうし。
 改めて人外の跋扈する世界だと痛感するね。
 俺のような無力な人間はすぐに淘汰されてしまう。

 一方、背後では兵士たちが鉄柵を前に歯噛みしていた。

「こ、この……」

「領主様の敷地に入りやがった!」

「迂回するぞ! まずは許可を得てから……」

 鎧を着た彼らでは、鉄柵を登れやしない。
 面白かったので散弾銃の連射で攻撃してやる。
 鉄柵に当たって火花を発しながらも、無数の散弾は兵士たちを蹂躙した。

 血に沈む彼らの姿に満足した俺は、悠々と芝生の庭を歩いて進む。
 そこまで急ぐこともないのでニナも下ろした。

 彼女はその場にへたり込みそうになるも、俺の視線に気付いてキビキビと歩き出す。
 この辺りの態度には素直に好感が持てるね。
 死なないための立ち回りが実に上手い。
 良い従者を演じてくれていた。

 少し歩くと豪邸の玄関扉を見つけた。
 不思議と周りには誰もいない。
 この騒ぎだ。
 警備の人間くらい来るかと思ったのだが。

 まあ、細かいことはいい。
 とにかく領主との面会だ。
 もし不在なら、帰ってくるまで豪邸に居座るとしよう。

「いきなり攻撃したりしないでくださいね……? せめて、証拠が出るまで辛抱です。領主が潔白という可能性も十分に考えられますので……」

「分かってるよ。そんなに俺が信用できないかな」

「はい、あっ、いえ……その……」

 口ごもって答えに窮するニナ。
 そんな彼女を放置して、俺は玄関扉をノックして開いた。
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