第13話 追撃する騎馬兵

文字数 3,141文字

 ぼんやりと馬車に揺られていると、後方にまたもや気配を感じた。
 複数の騎馬兵がこちらへやってくる。

 さっき令嬢を捕まえていた連中だ。
 武器を掲げて迫りつつある。
 令嬢の姿は見えなかった。
 騎馬兵の数も少ない。
 令嬢をどこかに連れ去って、残りがこちらへ来たようだ。

 騎馬兵はかなりのスピードを出している。
 こちらの馬車では、どれだけ頑張っても振り切ることは不可能だろう。

 そして、令嬢捕縛のお礼を言いに来たとかそういう感じでもない。
 肌に刺さるのは慣れ親しんだ昏い感情。
 つまりは殺気だった。

 俺はニナに尋ねる。

「何の用だと思う?」

「おそらく証拠隠滅のための襲撃でしょう。先ほどの女性を目撃されたことは、彼らにとって都合の悪いことだったようです。傷付けたことに対する報復もあるかもしれません……」

「あ、やっぱり?」

 なんとなく予想していた。
 元の世界にもそういったことを企てる連中はいたからね。

 自分たちが世界の中心とでも思っているような人種だ。
 少しでも思い通りに事が進まなければ、暴力を以て捻じ曲げようとする。

 まったく、このままいなくなってくれれば、こちらも穏便に済まそうと思ったのに。
 恩を仇で返そうとするとは薄情な奴らだ。

 そんなことを考えていると、騎馬兵から何かが飛んでくる。
 緩やかな放物線を描いて飛来するのは、巨大な氷の杭だった。

(魔術か。面白いね)

 氷の杭が馬車後部の座席を粉砕した。
 木片が飛び散る。
 車輪がやられたのか、急にガタガタと馬車全体が揺れ出した。
 スピードも著しく落ちる。

「ひっ、ひいいぃっ」

 御者が悲鳴を上げた。
 それでも馬を操るのを止めないのは生存本能によるものか。
 馬車は街道を荒い運転で走る。

「サ、ササヌエさんっ、どっ、どうしま、しょうっ!?」

 ニナが大慌てで訊いてくる。
 あまりの揺れに、彼女は浮きそうになっていた。

 俺は苦笑しながらニナを宥める。

「ほらほら、落ち着いて。君の魔術が活躍する時が来たんだから」

 俺はダッフルバックのジッパーを全開にして中身を取り出した。
 姿を見せたのは、短機関銃と大量の予備弾倉。

 元の世界でも使ったことのある種類だ。
 勝手知ったるものである。

「ほら、プレゼントだ」

 俺は短機関銃を騎馬兵に向けて発砲する。
 小気味よい連射音。
 銃口から吐き出された弾丸のシャワーが騎馬兵に襲いかかった。

「ぎゃっ!?」

「ぐおぁっ」

「いづづぅああぁ!」

 騎馬兵たちが血飛沫を上げて次々と落馬していく。
 まだ距離があるので精度はイマイチだが、それを補って余りある弾丸の数と威力だ。
 そのまま弾倉が空になるまで撃ち尽くす。

「ははっ、楽しいねぇ」

 俺は笑いながら弾倉を交換する。
 銃火器と弾は夜間にたっぷりと用意した。
 弾切れは気にしなくていい。

 身体の奥底から湧き上がる高揚感。
 俺は現状に感謝していた。
 まさしく理想とするものだ。
 異世界に来てよかった。

 果たしてこの素晴らしさを独り占めしていいのか。
 共有した方がいいのでは。
 そう思ってニナに拳銃を渡そうとしたら、ぶんぶんと首を振って拒否された。

(おっと、拳銃がお気に召さないのか)

 銃器の中では扱いやすいと思うのだけれど。
 まあ、好みがあるのなら仕方ない。

 俺は短機関銃を掴んでニナに尋ねる。

「こっちだった?」

「いや! あの! 種類の問題じゃないの、でっ!?」

 ニナが喋っている途中に爆発が起きた。
 馬車の側面に火球が炸裂したのだ。

 言わずもがな、騎馬兵が撃ち込んできたのである。
 多彩な連中だね。
 色々な魔術が使えると楽しそうだ。

 銃撃で仲間を失いながらも、彼らは果敢に攻め立ててくる。
 怯えて逃げ出す可能性も考えていたのだが。
 なかなかにタフな心を持っている。

(俺たちの抹殺をそれだけ重要視しているのかな?)

 本当にさっきの令嬢は何者なんだろう。
 もし再会することがあれば、こんな愉快な展開を招いてくれたことを感謝しないといけない。

 火球の命中した箇所は、黒焦げになっていた。
 走行の振動で崩れるほどに脆い。

「うぅ……ど、どうして、こんなことに……」

 御者は泣いていた。
 商売道具がこれだけ壊されたのだ。
 さぞショックに違いない。

 彼に同情する暇もなく、さらなる魔術が飛んできた。
 再び岩の杭だ。
 このままだと俺とニナにぶち当たる角度であった。

 さすがに直撃はマズい。
 俺は杭に短機関銃の連射を浴びせる。

 弾丸で軌道がずれた杭は、馬車の後部車輪に直撃した。
 凄まじい破壊音と振動。
 座席が大きく傾く。

「おっと」

 踏ん張っていないと外に転げ落ちそうだ。
 劣悪すぎる乗り心地である。

 そして、杭を受けた車輪が完全にぶっ壊れていた。
 バランスが崩れるのも当然だろう。
 むしろまだ走れることを称賛したいくらいだ。
 さらに馬車の速度が落ちる。

 俺は気にせず短機関銃の引き金を引いた。

 連中自身や彼らの乗る馬の頭部が破裂する。
 銃弾を受けた者から、速やかに地面へと落下した。
 銃撃が騎馬兵の数を削っていく。

 ただ、中には数発食らおうが平然としている者がいた。
 武器で弾いている者も散見する。

 個人の技量か。
 それとも魔術による補助でもあるのか。

 面白い。
 王城で殺した勇者とは異なるベクトルの強者のようだ。

 残った騎馬兵の一人が、弓矢の射撃を行う。
 こちらに飛んでくるかと思いきや、矢は途中で跳ね上がって視界から消えた。

 そして背後から鈍い音がする。
 見れば御者の頭部に矢が刺さっていた。

 相当な勢いがあったのか、後頭部がほとんど消失している。
 頭蓋が割れて欠けた脳が露出していた。

(今ので射殺したのか。とんでもない技量だな)

 変幻自在の矢の軌道だった。
 さすがに俺でも真似できない。

「うっ……」

 横でニナが口を押さえだす。
 グロテスクな光景を直視して、吐き気を催したらしい。

 直後、馬車の揺れが限界を超えた。
 突き上げるような衝撃。
 座席の上下がひっくり返る予感がする。

 俺はニナとダッフルバッグを脇に抱えて、いち早く外に飛び出した。
 間一髪で脱出に成功する。

 馬車は横転しながら宙を舞った。
 地面に激突すると同時に派手に転がって大破する。
 馬車を曳いていた二頭の馬も巻き込まれて潰れていた。

「よっ、と」

 俺は地面を滑りながら着地する。
 ニナもダッフルバッグも無事であった。

 あのまま座席にいたら大怪我をしていたね。
 俺はともかく、ニナは即死だろう。
 そうなると銃火器の補充が見込めなくなる。
 非常に困るから助けた。

 俺は目を回すニナを下ろして、ダッフルバッグからポンプアクション式の散弾銃を取り出す。
 銃身を切り詰めたソードオフタイプだ。
 有効射程を犠牲に殺傷能力が上がっている。
 至近距離からこいつをお見舞いしてやろう。

 逸る気持ちを抑えつつ、弾を込める。

「まったく、危ないことをしてくれるね」

 せっかくの旅を邪魔されてしまった。
 これはどう責任を取ってもらおう。
 相応のものがなければ、割に合わない被害であった。

 俺は散弾銃のグリップを前後に往復させる。
 これでいつでも発砲可能だ。

 猛然と迫る騎馬兵を一瞥して、俺は笑みを深めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み