第32話 工作員の蹂躙劇

文字数 2,802文字

「ここを……右に、曲がる」

「右ね。了解」

 案内役の男のナビゲートに従って、俺は館内を進む。
 薄暗くて狭い通路だった。
 たぶん従業員専用なのだろう。
 客から見えない部分のためか、清潔感に乏しく雑多な印象を受ける。

 俺は男の首に腕を回して拘束していた。
 もう一方の手は斧を握る。
 先導させてもいいけど、逃げられるのも癪だからね。

 男は苦しげにしながら歩いていた。
 少しでも不審な動きを見せれば殺すと伝えてある。
 ただの脅しでないと言い聞かせたので大丈夫だろう。

 ニナは数歩後ろをついてきていた。
 彼女の手には小型の拳銃がある。
 護身用に扱いやすいものを選んでおいた。

 万が一の備えである。
 基本的には俺が対処するので問題ないけどね。
 仮に俺を裏切って撃ち殺そうとしても、発砲前に察知できる。
 さすがにそういった可能性も考えてはいた。

 もっとも、ニナの性格からして、敵対することはまずないだろう。
 彼女はそれなりに賢い。
 俺の行動を間近で見てきた以上、そう易々と殺せるとは思うまい。
 少なくとも今このタイミングで仕掛けることはないはずだ。

 遅々とした歩みで進んでいると、通路の向こうから虎の獣人の男が現れた。
 おそらく従業員だ。
 受付の男を盾にした俺を見て、彼は驚愕すると同時に叫ぶ。

「てめぇ、何してんだッ!」

「えっ、何だろう?」

 俺はとぼけながら斧を投げ付ける。
 高速回転する斧は、獣人の顔面を派手に叩き割った。
 ひっくり返った獣人は痙攣しながら脳漿をこぼす。

「さて、人質作戦がいつまで効くか見物だね」

「そ、そんな……」

 人質の男は、仲間の死体を見て絶句する。
 仲間に助けてもらえるとでも思ったのだろうか。
 ちょっと見込みが甘すぎるね。

 俺はベルトに挟んでおいた拳銃を抜き取る。
 斧もいいけど、室内では使いにくい。
 別に無くして惜しいものでもないし、回収しなくていいだろう。

 その後も俺たちは、男の案内通りに通路を進んでいく。
 途中に出てきた従業員は残らず射殺した。
 発砲音を聞きつけてどんどん数が増えていくも、こちらが傷を負うことはない。
 人質を見た相手が怯んだところへ発砲したり武器を投擲するだけだ。
 通路も狭いので包囲される心配もない。
 楽勝なものだ。

 テンポよく従業員を殺しまくっているうちに、館の最上階に到達した。
 階段の上には立派な鋼鉄製の扉があった。
 人質の男は、吹っ切れた口調で言う。

「ここは……ボスの部屋だ。金なり情報なりは、ボスと直接交渉してくれ。俺はもう関係ない。人質だったとはいえ、組織を裏切ったんだ。ボスと合わせる顔が無い。離してくれ」

「うん、ご苦労様」

 役目を終えた男の首を圧し折って捨てる。
 男は人形のように階段を転がり落ちていった。
 ニナが小さく悲鳴を上げながら避ける。

「さぁ、危ないから端に寄っててね」

「は、はい……」

 ニナに注意しつつ、俺は扉を開けた。

 すぐさま飛んできた矢を回避する。
 室内に視線を巡らせて、詠唱する魔術師を射殺した。
 さらに走りだしながらナイフを投擲する。
 斬りかかってきた男の頸動脈が裂けて鮮血が噴き出した。

「ほらほら、どんどん殺しちゃうよ、っと」

 俺は死体を踏み越えて、天井すれすれまで跳び上がって銃を構える。
 居並ぶ従業員を射殺しながら机に着地した。

 そばに落ちている剣を掴み取り、弾切れになった銃を捨てながら旋回する。
 襲いかかってきた従業員の首が二つほど刎ね飛んだ。
 俺は返り血を浴びながら突き進み、追加で五人の首を斬り払う。

 そこまでしたところで、俺は息を吐いて停止した。
 清々しい気持ちで部屋の奥へと目を向ける。

 そこには無傷の男が立っていた。
 屈強な体格に赤いスーツ。
 頬と顎には刀傷が残っている。

 他の連中とは風格が違うな。
 俺は友好的な態度を装って話しかける。

「あんたがボスかい?」

「――ならばどうだというのだッ!」

 対するボスは、いきなり曲刀で攻撃してきた。
 随分とせっかちな奴だ。

 俺は剣で受け流しながら、ボスの両膝を浅く切り付ける。
 ボスは無様に転んでしまった。

「まったく、駄目ですよ」

 俺は曲刀を持つ手をじっくりと踏み躙りながら、へらへらと笑う。
 骨の折れる感触。
 ボスは絶叫しながらも、無事な手でナイフを取り出した。
 そいつで俺の脚を刺そうとしてくる。

 俺は軽く跳んで回避して、空中で蹴りを放った。
 爪先がボスの片目に命中した。

「ぐゃっ」

 ボスは奇妙な声を出しながら転げ回った。
 その腹を踏み付けて押さえ、無事な手を掴んで無茶な方向へと捻る。
 鈍い音がしてボスの肩が外れた。
 外れた箇所を踏み付けて念入りに破壊しておく。

(これだけすれば抵抗の意思も消えるかな)

 案の定、ボスは唾液で床を濡らして震えていた。
 目には俺への恐怖心がありありと見える。

 素晴らしい。
 きちんと理解してくれたようだ。

 俺はロープでボスの手を背中側で縛った。
 膝を切り付けたし、これで勝手には動けないだろう。

 ボスはまだ生かしておく。
 領主の時のように、部屋に秘密の仕掛けがあるかもしれないからね。
 その際に鍵に死なれていると困る。

 様子を見守っていたニナが、ようやく部屋に入ってきた。
 彼女には室内の資料を漁るように指示をする。
 俺は文字が読めないから、やはり丸投げだ。

 その間、俺は金庫を破壊して大量の現金を確保する。
 あまり欲張ると邪魔になるので、適当な量を大きな革袋に詰めていく。
 ぱんぱんになった革袋を背中に担いでみた。
 ずっしりと重たい。
 気分はさながらサンタクロースだ。

「ササヌエさん! こんなものがありました!」

 ニナが資料を掲げて声を上げる。
 そこには、魔王信奉の教団の居場所に関する記載があった。
 犯罪組織も教団のことが気になって調査していたらしい。

 思ったよりあっさりと見つかってしまったね。
 残念ながらボスも用済みだな。

 そう思って拳銃を手に取ったところ、ボスがいきなり跪いて懇願を始めた。

「お、お願いです……もし助けてくれるのなら、奴隷を差し上げます……! 高価な奴隷でも構いません。お好きにどうぞ。だからどうか、命だけは……!」

 涙で目を潤ませて、ボスは足元で祈り続ける。
 悪意など欠片もなく、純粋に命が惜しいようだった。
 こうして潔く命乞いができるのはいいね。
 下手に強がるよりも好感が持てる。

 だから俺は、ボスの肩に優しく手を置いた。

「いいよ。奴隷、見に行こうか」
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