第36話 魔族の末路

文字数 2,934文字

「惜しいね。首を落とせるかと思ったんだけど」

 俺は鉈と斧を回しながら笑う。
 奇襲の直前に察知されたことで、狙いが外れてしまった。

 実を言うと、こういった隠密行動は不得手なんだよね。
 殺気が抑え切れなくなり、存在を感知されることが多々ある。
 だから元の世界でも隠密性を重視する仕事は苦手だった。
 開き直って正面から叩き潰す方が性に合ってるのだ。

 とは言え、こういう時に仕留めきれないのは考え物だな。
 これが致命的なミスに繋がる場合だってある。
 なんとか改善していかなくては。

 飛び退いた魔族は、片腕を垂らした姿勢を取っていた。
 腕はぱっくりと縦に裂けて千切れそうだ。
 骨が露出している。
 傷口は酸に触れたかのように白煙を上げていた。

(あの感じだと腕はもう使えないな)

 俺は手元の鉈を見やる。
 武器屋の主人によれば、確か退魔の力が宿っていると言っていた。
 魔族にとっては厄介な効果みたいだね。

 おまけに斬撃が骨まで達したせいで、体勢も猫背気味だった。
 こちらは斧による損傷だが、同様にダメージは大きかったらしい。

 魔族はワンピースを自らの血で染めながら呻く。

「貴様からは、魔力を一切感じぬ……面倒な」

 相手は魔力を頼りにこちらを察知しているらしい。
 魔力を持っていたら、奇襲もバレていたのか。
 地味に危なかったな。
 存在が露呈した奇襲など、相手にとってはいい的になる。
 魔力を持たない無能力でよかったよ。

 俺は疾走して魔族に攻撃を仕掛ける。
 鉈と斧を連続して振り回して致命傷を狙っていく。
 どちらも実に使いやすい。
 使い手のことをよく考えている。
 それほど武器に頓着しない俺でもこう感じるのだから、よほどのことだろう。
 あの武器屋の主人は、なかなか腕がいい職人だったようだ。

 対する魔族は、先ほどよりも明らかに動きが悪い。
 片腕と背中の傷のせいだ。
 常人ならばまず動けないので、こうして戦いが続行できるだけでもすごいが、それでもダメージが甚大なのは確かであった。

 一方で俺は万全に近い。
 重傷を負っているものの、分泌されたアドレナリンと底なしの殺意が痛みを打ち消している。
 おかげで動きには何ら支障がなかった。

 あと少しで肉体が自壊するので、悠長にやっている暇はないけどね。
 一刻も早く、魔族を殺さなければならない。

「よいしょっと」

 鉈が魔族の肩に食い込む。
 魔族は苦しげに身を反らして、なんとか切断を避けようとする。

 そこへ一息に斧を叩き込んだ。
 血に染まった斧が魔族の片脚を爆散させる。

(……こいつは凄まじいな)

 俺は声を発さず感心する。

 斧の破壊力が明らかに異常だった。
 血を吸収するほど威力が上がると言っていたが、まさかこれほどとは。
 魔術を仕込んだ武器とは素晴らしい。
 積極的に集めたくなってしまうね。
 これほど有用ならその甲斐はありそうだ。

「チッ、下郎が……ッ!」

 片足を失った魔族は、地面に手を突いて残る脚で回転蹴りを放つ。
 しかし、それも予測できる動きであった。

 俺は半身になりながら鉈で受け止める。
 蹴りの勢いが乗った脚が、刃に触れて斬り飛ばされた。

「ぐあぁっ!?」

 支えを無くした魔族は、慣性にしたがって地面を転がる。
 立ち上がろうにも、そのための足は切り離されていた。

「無様だねぇ。さっきまでの威勢はどうしたんだい?」

 俺は薄笑いを湛えながら斧を振るう。

 這って動く魔族の片腕が、あっさりと宙を舞った。
 さらに胴体を斜めに薙ぐ。
 断面からぞろぞろと臓腑がこぼれ出た。

 ついに魔族は脱力して吐血する。
 地面を濡らす大量の血液。
 まるでバケツをひっくり返したのかと思うほどの量である。
 憎しみを込めた目が、血に沈んだ中で俺を睨んでいた。

(哀れなものだね)

 適切な武器を得て、身体能力が上回った時点で俺の勝利は決まったも同然だった。
 魔族は己の力を過信していたのだ。
 確かに遠距離攻撃を反射できる黒いオーラは強い。
 だが、結局はそれだけだ。
 こちらが肉弾戦で挑むだけで無意味になる。

 おまけに戦闘技術は人並みで、高い身体能力によるゴリ押しばかりであった。
 そのアドバンテージを少し崩してやれば、このようにあっという間に形勢が逆転してしまう。
 俺のように肉体スペックが高い人間などはまさに天敵だろう。

「さて、これで終わりだね。楽しかったよ」

 俺は朗らかに告げながら、鉈を振り上げる。

 その時、瀕死の魔族が残る片手を伸ばしてきた。
 魔族は悲痛な表情で叫ぶ。

「助けて! 私の身体が、操られているんです! お願いです、殺さないでください……!」

 その口から発せられたのは命乞い。
 可憐な少女の声だった。
 先ほどまでの邪悪な顔付きではなく、同情を誘うような弱々しいものであった。

「痛い、苦しい……どうして、私が、こんな目に……嫌だ、死にたくな――」

 俺は鉈を振るった。

 魔族の生首が地面を転がり、瓦礫にぶつかって停止する。
 その顔は苦しみを訴える表情で固まっていた。

 俺は肩をすくめて笑う。

「ははっ、そんな作戦が通じると思ったのかな?」

 別に今の言葉が嘘だろうと本当だろうと関係ない。
 ただ獲物を殺すだけだ。
 命乞いに騙されてザクッとやられるほど、俺は優しい間抜けじゃないんだ。
 そもそも、あんな風に泣き付かれたら、余計に殺したくなってしまうよ。

「……なんて奴だ。残酷な心を持つ異常者め」

 しゃがれた低い声がした。
 見れば、斬り飛ばした生首が喋っている。

 首の断面から漆黒の蛇が這い出てきた。
 蛇はこちらを一瞥すると、ちろちろと舌を覗かせる。

「へぇ、随分と可愛い本体じゃないか」

 こんな小さな動物が魔族とは。
 詳しい方法は定かではないが、あの蛇が人間の脳に寄生して操縦していたようだ。
 宿主が首を斬られて死亡したことで、登場せざるを得なくなったらしい。

 蛇は地面を這い進むかと思いきや、いきなり跳躍して迫ってきた。
 ほとんど弾丸に近い速度で噛みつこうとしてくる。

「その強き肉体、奪わせてもらうぞッ」

「お断りするよ」

 斧を手放した俺は蛇の胴を掴み、投げ縄のように振り回してから地面に叩き付けた。
 そして頭部を鉈で突き刺して縫い止める。

 すると黒いオーラが霧散した。
 蛇は血を吐き出して動かなくなる。
 その後、しばらく待つが何も起こることはなかった。

 安全を確信してから、俺はその場に座り込む。
 全身が軋み、悲鳴を上げていた。
 時間ギリギリだった。
 もうしばらくすれば、あちこちの筋肉が千切れて骨が折れる。

「化け物退治は専門じゃないんだけどねぇ……」

 俺は誰にも聞こえない愚痴を口にする。
 しかし、胸中には言いようもない愉悦と爽快感が満ち溢れていた。
 知らず知らずのうちに頬が緩む。

 こうして俺は魔族を殺した。
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