第22話 殺し合いの行方

文字数 2,387文字

 俺は頭上から一気に斧を打ち下ろす。
 最高潮の気分が影響しているのか、驚くほど速い斬撃だった。

 マリィは半身になってギリギリで躱す。

 その動きを予測していた俺は、スイングの途中で力任せに軌道を変更した。
 腕のしなりを利用して斜めに斬り上げる。

 マリィはすぐに上体を逸らすも、斧は彼女の胸元を掠めていった。
 メイド服に滲む鮮血。
 少し浅いが地肌を切り裂いたのだ。

 俺が斧を振り抜いたのを見計らって、マリィはハルバードで突き出す。
 至近距離としては十分なほどに勢いが乗っていた。

「甘いよ」

 俺は短くなった腕で穂先を受け止める。
 穂先が腕を貫通するも、刺突の妨害には成功した。

 稼いだ僅かな時間を使って、俺はマリィの腹に回し蹴りを食らわせる。
 スニーカーから伝わる確かな感触。

 踏ん張るマリィは床を数メートル滑っていった。

「…………っ」

 マリィが微かに顰め面をする。
 ようやく表情を変えたかと思ったら、彼女は小さく咳き込んで吐血した。

 その姿に俺は笑みを深める。

「動きが悪くなってきたかな? 魔力切れってやつなのかね」

「…………」

 マリィは返答代わりに暗闇を発生させた。
 手元に浮かぶそれにハルバードを突っ込む。

 俺は左方へ疾走した。
 直後、俺のいた場所にハルバードが飛び出る。
 ちょうど背面に暗闇が生まれていた。

 俺は足を止めずに高笑いをする。

「はははっ、何度も同じ手は食らわないよ。さすがに分かるさ」

 あれだけ予備動作があるのだ。
 警戒さえしていれば、そうそう当たるものではない。
 俺の周りに発生する暗闇の位置と、マリィの攻撃方法にさえ気を付ければいい。

 そのまま再び接近した俺は、斧の連撃を繰り出す。
 アドレナリンが分泌されているのか、妙にハイテンションで身体が軽い。
 痛みもほとんど感じなかった。
 本能のままに動けることが心地よい。

 一方、マリィはハルバードとナイフで必死に防御している。
 時折、隙を見つけて反撃してくるも、もはや些事に過ぎない。
 多少の傷を負おうが、それ以上のダメージを与えればいいだけだ。
 即死クラスの負傷でない限りは無視できる。

「ほらほら、もっと楽しませてくれよ、っと」

 渾身の力で斧を真っ直ぐ振り下ろす。
 マリィがハルバードで防ごうとするのもお構いなしだ。
 力任せに叩き付けて防御を崩し、短い方の腕で彼女の顔面を殴り付ける。

「――っ」

 マリィが鼻血を噴き出してよろめいた。
 眉を寄せてこちらを睨んでいる。

 俺は嬉々として追撃の斧を叩き込んだが、マリィは全力で後方へ跳躍した。
 そして彼女は着地と同時に膝を突く。

 マリィは脛辺りから出血していた。
 斧が当たったのだ。
 おそらく骨を損傷している。
 あれでは身体強化を用いても素早い動きはできまい。

 俺は斧で肩を叩きながら微笑する。

「ボロボロだね。結構タフだけど、さすがにもう――っと」

 喋っている途中に、死角からナイフが襲いかかってきた。
 俺は紙一重で躱しつつ、暗闇に引っ込もうとする手を斧で切り付けた。

 迸る鮮血。
 惜しいな、もう少しで手を斬り落とせるかと思ったのだが。
 俺は前に向き直る。

 そこにはナイフを取り落としたマリィがいた。
 手首付近から無視できない量の血が流れ出しており、床に大きな血だまりを作っている。

 終わりだな。
 あれではもう武器を握れない。
 片手でハルバードやナイフを操るにしても、負傷した脚では素早い動きも不可能だ。
 たとえ暗闇の魔術を主軸にされようが、俺は十分に対処できる。

「暗殺者なんだろ? やっぱり初撃で仕留めないと駄目だよ」

 俺は斧をくるくると回しながら一歩ずつ近づいていく。
 言葉が通じていないと分かりながらも、口は止まらなかった。

 お互いの距離が数メートルになったところで、マリィが唐突に口を開く。

「……◆▲▼。▼●■■」

 彼女は抑揚の感じられない声音で呟くと、足元に暗闇を展開した。
 そのまま重力に従って落下し、暗闇に呑まれていなくなる。

 直後、隣室から窓ガラスの割れる音がした。
 俺は窓際に寄って外を確認する。

 マリィが敷地外へと走り去る姿が見えた。
 どうやら不利を悟って殺し合いを放棄したらしい。
 満身創痍とは思えない速度だ。
 たぶん残る魔力を惜しみなく身体強化に回しているのだろう。

 俺は斧を下ろしてため息を吐く。

「はぁ、逃げられたか……」

 今からでも追いつけるが、もれなく外の兵士とも遭遇する羽目になる。
 全員まとめて殺すにしても、多少は時間がかかるだろう。
 それはあまり望ましくない展開だ。
 俺が不在の間に、領主が逃げ出す恐れがあった。

 それはいけない。
 俺には工作員の仕事がある。
 請け負った仕事はきっちりとこなす性質なのだ。
 いくら極上の獲物と言えども、そこを曲げるつもりはない。

 夜の闇へ消えるマリィを見届けた俺は、肩の力を抜いて窓際から離れた。
 そして部屋の中を見回し、放置された自分の手を拾って脇に挟んで保持する。
 無事な手は斧を持ったままだ。

「さて、仕上げと行こうか」

 手強い護衛もいなくなったことだし、あとは領主に悪事を白状させるだけだ。
 残念な気持ちはあるものの、仕事自体の進捗は順調と言える。

 マリィの殺害に関してはまたチャンスくらいはあるだろう。
 どうせあの怪我でも生き延びるだろうし。
 泳がせておけば、あちらから仕掛けてきそうな予感がする。
 今後の楽しみと思えば、それほど悪いことでもない。

 気分よく口笛を吹きながら、俺は部屋を後にした。
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