第11話 彼女の召喚魔術

文字数 2,466文字

 部屋に入った俺は、剥き出しの戦鎚を床に放った。
 落下の衝撃で床が割れたが、別に構いやしないだろう。
 怒るべき店主も既に事切れている。

 部屋中が血と死体で汚れきっていた。
 短時間でここまで変貌してしまうとは。
 まったく、暗殺者たちには困ったものである。
 彼らが仕事をこなすだけでいいのだろうが、俺たちはここに寝泊まりしているのだ。

「仕方ないなぁ……」

 俺は頭を掻きつつ、部屋の外に意識を向ける。

 宿屋の一階が妙に騒がしかった。
 悲鳴も混ざっている。
 店主の死体に集まっているのだろう。
 夜中なのだから、あまりうるさくしないでほしい。
 近所迷惑になるよ。

 それにしても部屋に直接訪問する人間がいないのは意外だ。
 目の前で店主を殺したのにね。
 お馬鹿な野次馬が来たら、見せしめに殺してやろうと思ったのだが。
 勘のいい誰かが制止でもしているのだろうか。
 少し残念である。

「ちょっと失礼」

 俺はベッドの上からスキンヘッドの男の死体をどかして、空いたスペースに腰かけた。
 端々が血で汚れたベッドは、もう快適に眠れそうにない。
 新しいベッドに代えてほしいけど、今は宿屋もそれどころではないだろう。

 一方、ニナは目を瞑って眉間を押さえていた。
 頭痛でも耐えているのか。
 もしかして、眠気に負けそうなのかもしれない。
 深夜だもんな、それは仕方ない。

「こんな時間に起こしちゃってごめんね」

「い、いえ……大丈夫です、はい」

 ニナは微妙な表情で答える。
 そういうことではない、と言いたげであった。
 まあいいか。
 それより気になることがある。

 俺は室内に散乱する暗殺者の死体を指差した。

「こいつらは何者かな。すごい非常識な時間帯に襲撃してきたけれど」

「……おそらく、王国所属の暗殺組織の仕業だと思います。下部組織で表沙汰にはできない組織です。独断で厄介者であるササヌエさんを攻撃したのでしょう」

「ふーん、暗殺組織ね……」

 俺は顎を撫でる。

 別に驚くような話でもない。
 可能性としては十分にありえる。
 俺を工作員に起用しようとするくらいなのだから、そういった組織が城外にいても不思議じゃない。

 国の中枢部を壊滅させた俺を狙うのも当然だ。
 ここまで派手にやってきた。
 別に隠蔽していたわけでもないし、情報収集に優れた組織ならとっくに勘付いていると思っていたよ。

 俺は死体を漁る。
 所属を示すような持ち物はない。

「ふむ、困ったね」

 挨拶にでも赴きたいが、これでは居場所が分からない。
 皆殺しにしたのがまずかった。
 今度は生かして拷問して、居場所を聞き出すことを決意する。

 仕方ない、暗殺組織は今のところは放っておこう。
 別に急ぐことでもない。
 基本的に暗殺者がやってくるのは大歓迎なわけだし。

 日々の楽しみが一つ増えたくらいの感覚だった。
 いずれ組織の場所が判明したら襲撃したい。

 俺は部屋に転がる暗殺者の死体を順番に窓の外へ落とす。
 スキンヘッドの男も一緒に落とした。
 スペース的にすごく邪魔だからね。

 通行人がびっくりしている。
 夜明けまでには誰かが処理してくれるだろう。

 ベッドに戻った俺は、拳銃を抜いて弄ぶ。
 弾切れなので攻撃能力はない。

(もっと銃火器があればなぁ……)

 近接武器でも十分に殺せるが、暗殺者のように毒を使う相手だと面倒だ。
 少しの怪我が致命傷に繋がりかねない。

 さっきの襲撃だって、銃が使えれば楽勝だった。
 やはり弓を扱えるようになるしかないのか。

 そこまで考えたところで、ふと閃く。
 俺はニナに尋ねた。

「そういえば、君は俺を召喚したって言ってたけれど、同じように異世界から武器を持つ出すことってできないかな?」

 ニナは少し思案しながら回答する。

「私の召喚魔術は、別次元に存在するモノをイメージすることで、思念に適合するモノを呼び出すものです。質量が大きくなるほど召喚にかかる魔力が増えますし、生物を召喚するには、莫大な魔力と生贄や特殊な素材が必要です。ただ、物質に限れば魔力消費だけで済むかと……」

 そのメカニズムなら可能かもしれない。
 俺はニナに拳銃を見せた。

「これと同じようなものを出してほしい。どんなものかは分かるでしょ?」

「分かりました、やってみます」

 首肯したニナは床に手を置く。
 何かパワーを溜めるような動作だ。
 集中力を高めているのが分かる。

 床が仄かに発光し始めた。
 そのまま待つこと数秒。
 ニナが床から手を離すと、そこには拳銃があった。

 西部劇にでも出てきそうな旧式のリボルバータイプだ。
 ご丁寧に予備弾薬も一緒である。
 俺の持つセミオート式ではないが些細なことだった。
 さっそく拳銃を握った俺は、頷きながら本物であることを確認する。

「うん、いいね。ちゃんと使えそうだ」

 これは大きな収穫だ。
 魔術で銃火器を呼び出せるとなると、殺しの幅はグッと広がる。
 多少の無理だって可能だろう。

 ニナは僅かに疲労していた。
 召喚魔術の行使は、相応の消耗を強いるようだ。
 それでもこの成果なら十分だろう。
 お釣りが貰えるくらいである。

 その後、ニナには朝まで休憩を挟みながら召喚魔術を使ってもらった。
 ゆっくり眠れる状況でもなかったからちょうどよかった。

 おかげで装備の質と種類が劇的に向上する。
 ベッドの上には散弾銃や短機関銃など、俺好みの武器が並んでいた。
 持ち運び用のダッフルバッグもある。
 今後はさらに快適な殺戮ができるね。
 魔術とは素晴らしいものだ。

 俺は疲れ果ててベッドで眠るニナを見る。

(召喚魔術の使い手は稀少らしいし、できるだけ大事にするか。死なれると損失が大きい)

 手に入った銃の調子を確かめつつ、俺はそう思った。
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