第40話 教団に迫る災難

文字数 2,956文字

 資料に従って進むうちにアジトを発見した。
 そこはスラム街の一角で、寂れた廃屋群に紛れたエリアであった。
 事前情報がなければ、まさか魔王信奉の教団がアジトにしているとは思うまい。

 目的の家屋の入口には、五人の男たちが座り込んでいる。
 揃ってくたびれた身なりをしていた。
 一見すると浮浪者の集まりだが、彼らの視線は鋭い。
 意識は俺たちの動向を気にしているようだった。

 既に察知されているらしい。
 まあ、いいさ。
 何ら問題ない。
 このまま殺し尽くすのみだ。

「どうも、こんにちはー」

 俺は気楽に声をかけながら突進を開始した。
 同時に短機関銃の乱射を浴びせる。

 男たちは悲鳴を上げて被弾した。
 そのうち二人が銃撃を避けて踏み込んでくる。
 どちらも獣人だ。
 さすがとも言うべき身のこなしである。

 俺は鉈の柄に手を添えた。
 そこから獣人の一方に跳びかかり、すれ違いざまに抜刀する。
 横殴りの刃が獣人に首筋に叩き込まれ、小気味よい音と共に振り抜かれた。

 獣人の首が回転しながら宙を舞う。
 断面から噴き出す断続的な血飛沫が地面を濡らした。
 頭部を失った身体は、くたりと崩れ落ちる。

(身体が随分と軽いな。しかも力が漲っている)

 返り血を受けながらも、俺は肉体の調子に感心する。

 明らかに何らかのブーストがかかっていた。
 体内の魔力が身体機能に作用しているのだろう。

 これは思っていたよりも便利だ。
 劇的な変化というほどでもないが、無視できない程度の差異がある。
 馴染めば、さらに効力が高まりそうだ。

 新たな力に満足しつつ振り返ると、マリィがもう一方の獣人の首を切り裂いていた。
 鮮血を撒きながら、獣人はあえなく絶命する。

 マリィは無表情で細身のナイフを回転させた。
 鮮やかな手口だ。
 実戦で磨き抜いた技量を窺わせる。

 以前、俺から受けた傷はもう癒えたのだろうか。
 動きにぎこちなさはない。
 俺のように魔法薬等で治癒したのだろう。
 彼女は身体強化を使えるので、回復力も高められるのかもしれない。

 俺は拍手でマリィを称賛する。

「いいね。さすが世界最高の暗殺者だ」

「…………どうも」

 マリィはそっけなく答える。
 ニナは死体と血だまりを避けながら歩いてきた。

「お二人がいれば、この上なく心強いですね……」

「さすがにこれくらいは楽勝だよ」

 俺は数えきれないほどの人間を殺してきた。
 マリィもそうだろう。
 そこらの生半可な連中に負けるはずがない。

 俺は鉈の血を振り払いながら視線をずらす。

 家屋の中が騒がしい。
 衝撃を知って戦闘準備でもしているのだろうか。

(開けた場所より、狭い空間の方が好都合だな)

 俺は家屋へそっと近づき、扉の隙間からピンを抜いた手榴弾をいくつか放り込んだ。
 手榴弾が上手く転がっていったのを確認して、すぐさま退避する。

 数秒後、家屋内で連続して大爆発が起きた。
 壁の一部が吹き飛び、土煙が巻き上がる。
 いくつもの悲鳴も聞こえた。
 かなりパニックになっているようだ。

 俺は扉を蹴破ってそこへ飛び込む。
 もちろん、短機関銃による掃射をお見舞いしてやった。
 近くにいた者は鉈で斬り殺す。

 充満する土煙で視界不良となっている。
 だが、室内の人間の位置くらいは察知できた。
 これまでに培ってきた経験や直感の賜物である。

「うおおおおおおっ」

 男が棍棒で殴りかかってきた。
 大雑把な狙いの殴打を鉈で逸らし、がら空きの胴体に銃撃を食らわせる。
 腹部が蜂の巣状になった男は、ひっくり返って動かなくなった。

「ん?」

 部屋の奥から魔法陣の光が差す。
 数人が魔術を撃とうとしているようだ。

 視界が悪い中、一方的に攻撃されるのを嫌がったか。
 射線的に味方を巻き込むが、それを躊躇う気配はない。
 犠牲を無視して俺を殺すつもりらしい。

 良い判断じゃないか。
 下手に逡巡するよりずっと賢い。
 乱戦になった以上、最善の策と言えよう。

「ちょいとごめんよ」

「な、はっ!?」

 俺は近くにいた槍持ちを掴み上げて盾にした。

 間を置かず、閃光が室内を塗り潰す。
 無数の火球と雷撃が発射されたのが見えた。
 それらが室内を滅茶苦茶に破壊していく。

 俺の掴んでいた肉の盾も、魔術の直撃で損壊してしまった。
 肉片が飛び散りながら異臭をさせる。
 しかし、盾としての役割は全うし、後ろにいた俺はほぼ無傷だった。
 死体を捨てた俺は、奥にいた魔術師共を射殺する。

「よし。これで全滅か」

 俺は室内を見回す。
 原型を失いかけた死体がいくつも転がっていた。
 魔術の破壊力は高かったのだ。

 同士討ちで死んだ者が多かったのが残念だ。
 俺自身の手で仕留めてやりたかった。

 弾切れの弾倉を捨てて、俺は予備の弾倉を短機関銃に装填する。
 武器はまだまだある。
 携帯可能な量を限界まで装備しているからね。
 最悪、鉈と斧さえあればいくらでも殺せるだろう。

 室内が静まったのを見計らって、ニナとマリィも入ってきた。
 前を歩くマリィは、ニナを庇うような立ち回りをしている。
 油断なく構えられたナイフは、どこから敵が来ても対処できるように動いていた。

 マリィなら俺と同じタイミングで家屋内へ浸入すると思ったのだが、予想が外れてしまったな。
 両者の交わした契約の詳細は知らないが、護衛的なものも含まれているのかもしれない。
 そういった取り決めを窺わせる行動だもんな。

(確かに護衛は苦手分野だからなぁ……)

 俺はしみじみと考える。

 護衛をマリィに任せられるなら、それに越したことはない。
 俺は憂いなく殺人に没頭できるようになるからね。

 ニナは貧弱な魔術師である。
 あっさりと死んでしまう可能性は、十二分に考えられた。
 かと言って、常にニナの安否を気にするのは面倒だ。

 俺はマリィに確認を取る。

「ボディーガードは任せていいかな?」

「…………問題ない。それが契約だから」

 マリィは無機質な声音で答えた。
 どこまでも真面目だな。
 まあ、この調子なら問題ないだろう。
 なぜかニナが安堵しているが、ここは黙殺しようと思う。

 俺は部屋の奥へ歩いていった。
 不自然に積み上げられた廃材の山を足で蹴り崩す。
 現れた床には、鋼鉄製の蓋があった。
 開けると地下へと続く階段が覗く。

「やっぱりね。下から気配がすると思ったんだ」

 どうやら地上の家屋はカモフラージュで、本命はこの先にあるらしい。
 意識を研ぎ澄ますと、階段の先にたくさんの人の気配が感じられた。
 俺は思わず笑みを深める。

「さて、行こうか。楽しい殺戮パーティーの始まりだ」

 "前菜"を平らげたことで刺激された衝動が、キリキリと俺に訴えかける。
 急かさずとも、これから好き放題に解消できるのだ。
 少しは落ち着いてほしいものである。

 鉈と銃を手に、俺は意気揚々と階段を下り始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み