第21話 殺戮本能

文字数 2,017文字

 俺は無事な方の腕で斧を振るう。
 狙うは暗闇から生えた手。
 原理などさっぱり分からないが、叩き斬る以外の選択肢は存在しない。

 斧が暗闇に引っ込む手を傷付けた。
 切断には至らなかったが、それなりの重傷だろう。

 同時にマリィが暗闇から手を引き抜く。
 腕に一筋の裂傷ができていた。
 ぼたぼたと出血する。
 衣服越しでも深く抉れているのが分かった。
 それに合わせて、二地点の暗闇は空気に溶けるように消滅する。

 間違いない、今のは何らかの魔術だ。
 二つの暗闇は、空間をすっ飛ばして繋がっていたらしい。
 その性質を利用して、マリィは奇襲を仕掛けたわけだ。

 いやはや、迂闊だった。
 まさか身体強化以外の魔術も使えたとは。
 その可能性は考慮しておくべきだった。

 たぶん彼女の切り札だろう。
 一撃必殺を期待できる能力だもんな。
 現に俺も片腕を持っていかれたし。
 魔術の多様性には毎回驚かされるね。

 考えてみれば、ニナの召喚魔術だってとてつもなく便利だ。
 異世界の武器を取り寄せできるなど、圧倒的なアドバンテージとなり得る。
 本人があの調子なのでイマイチ有効活用できていないものの、潜在的な火力は計り知れない。
 ニナ自身の意識が変われば、たちまち化けるだろう。

(まあ、そんなことはいいとして……)

 俺は斬られた片腕の具合を確かめる。
 肘から先が垂れて、ぷらぷらと揺れていた。
 ほとんど皮一枚で繋がっている状態だ。
 夥しい量の血が溢れ出ている。

 まったく、かなり深く斬り込まれてしまった。
 虚を突かれて回避が疎かになったか。
 まあ、予想外の攻撃だったのは否めない。
 びっくりしたよ本当に。

 ここまでの重傷は久々だった。
 元の世界でも、四肢欠損レベルは滅多にない。

 俺は斬られた片腕を、袖ごと引き千切って捨てる。
 どうせ動かせない。
 置いておいてもぷらぷらと鬱陶しいだけだ。
 それならいっそ無くした方がいい。

(応急処置だけしとくか)

 俺は近くの暖炉に短くなった腕を突っ込み、内部の金属部分に押し当てた。
 肉の焼ける音を伴って、熱さと痛みを知覚する。
 頃合いを見計らって腕を引き抜くと、断面は焼き固められていた。

 白煙が上がるも、出血は止まっている。
 これで失血死は免れた。
 後で然るべき処置をすれば問題ない。

 前を向けば、マリィも負傷した腕の処置を終えたところだった。
 メイド服をきつく縛って出血を抑えている。
 ただ、あれでは不十分だろう。
 早めに縫合しなければいけない。

 マリィは先ほどまでより疲労が増している印象だった。
 負傷のせいというよりは、暗闇の魔術を使ったことによる魔力消費が原因だろう。
 身体強化の持続時間はさらに早まったと考えてよさそうだ。

 見かけ上は俺が不利だが、実情はそうでもないかもしれない。
 少なくとも、俺はまだまだ体力が有り余っていた。
 むしろ殺し合いによって気分が高揚して絶好調である。

 無論、また同じ手を食らうわけにもいかない。
 油断は禁物だ。
 さっきの暗闇の魔術くらいなら、注意すれば見切れる自信はあった。
 何度も食らうほど俺も馬鹿じゃない。

 俺は朗らかに笑いながらマリィに話しかける。

「うん、いいね。最高だよ。楽しいことをやってくれるじゃないか」

 俺の言葉にマリィが首を傾げる。

 表情に変化はないものの、何か言いたげだ。
 なんとなく、こちらの話が伝わっていない感じがする。
 そこで俺は気付いた。

 失った手に翻訳用の指輪がついていたのだ。
 あれを無くなったことで、言葉が通じなくなったらしい。

 さすがにあの指輪を紛失すると面倒だな。
 他者との意思疎通ができなくなると、今後の活動に差し支える。

 後で無事な方の手の指につけておこう。
 まあ、急ぐことでもない。
 ここから先は言葉なんて不要の殺し合いだ。
 ウォーミングアップも済んだことだし、本腰を入れていこうか。

 俺は片手で斧を弄ぶ。
 うん、普通にやれそうだ。
 片腕が短くなった分、多少は不便を強いられるが、誰かを殺す分には問題ない。

 むしろ、早く殺したくて堪らなかった。
 衝動が限界寸前まで膨れ上がっている。

 高鳴る鼓動。
 興奮のあまり視界がぐらつく。
 緩んだ口元が無意識のうちに笑みを作った。

 意識が前方の獲物――すなわち暗殺者マリィに殺到する。

「――異世界に来てよかった。ははっ、心臓を抉り出してやる」

 俺は斧を片手に一歩踏み出した。
 マリィはなぜか後ずさる。

 おいおい、寂しい反応だな。
 せっかくの機会なんだ。
 どうせならお互いに楽しもうじゃないか。
 準備はもう、できている。

 張り詰めた殺意に従って、俺はマリィに跳びかかった。
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