第35話 反撃の兆し

文字数 3,526文字

 俺は足元の瓦礫から手頃な武器を発見する。
 長さ三メートル弱の角材と、先端の尖った金属棒。
 どちらも元は建物を構成していた一部だったのだろう。

 それらを握り締めた俺は、前方の魔族を見据える。
 魔族の周りを黒いオーラが漂っていた。
 あれには飛び道具を食い止めて、反射する機能がある。
 しかも常に放出されているようだ。

 黒いオーラが存在する限り、遠距離攻撃は完封されると考えた方がいい。
 引き剥がせれば楽だが、生憎とその方法が不明である。
 そもそも可能なのかも怪しい。

 ニナがいればアイデアをくれたかもしれないが、奴隷商の館に置いてきてしまった。
 正直、生きているかも微妙なところだね。
 魔族なら瞬殺できるだろうし。

(仕方ない、強引に叩き潰すしかないか……)

 幸いにも近接攻撃は黒いオーラを素通りした。
 そういう性質なのだと思う。

 ならばやることは一つ。
 あの魔族の肉体を徹底的に破壊するまでだ。
 寄生しているという本体を引きずり出して殺してやらないとね。

 俺は角材と金属棒を持って魔族に跳びかかった。
 少しも躊躇しない。
 怪我も死の可能性も恐ろしくなかった。

「馬鹿め。それしか能がないのか」

 余裕ぶる魔族は、両手を交差させて防御の姿勢を取る。
 回避の予兆はない。
 完璧に受け止めてから、カウンターを放つ気らしい。

(舐められたものだ)

 俺は全力で角材を振り下ろす。

 鈍く生々しい衝突音。
 抵抗感もそこそこに、角材は魔族の左前腕にめり込み陥没させた。
 皮膚を破って骨が突き出して血を噴く。

「なっ……」

 驚愕した魔族は、慌てて腕を振り払う。
 俺は素早く飛び退き、角材に染み込んだ血を見て微笑んだ。

「やっぱり効いたか。いいね」

 筋肉のリミッターを外したのだ。
 膂力は人間の限界を凌駕している。
 先ほどまでの俺と同じと思わないでほしいね。

 もっとも、この状態は肉体的な負担が半端ない。
 三十分と持たずに全身がぶっ壊れる運命だ。
 早く決着させなければ。

「貴様、本当に人間か……?」

「もちろん。ただし殺人鬼だけどね」

 動揺する魔族に、俺は遠慮なく襲いかかる。

 パワーだけではなく速度も大幅に向上していた。
 殴られたダメージや痛みも、意志の力で無視できる。
 このまま一気に捻じ伏せてやろう。

「小癪な……!」

 悪態を吐いた魔族は、後ずさって回避しようとする。
 防御が悪手だと悟ったようだ。

 俺は地面を蹴ってさらに加速する。
 低い姿勢から金属棒による刺突を放った。

 すくい上げるような軌道から、鋭く尖った先端が魔族の脇腹を貫通する。
 金属棒を捻りつつ、さらに角材で殴りかかった。

「ぐぬッ……」

 小さく呻いた魔族は手刀を繰り出す。
 振り下ろした角材が半ばほどで切断された。
 凄まじい切れ味だな。
 まるで刃物のようである。

(さすがにこんな武器じゃ駄目か)

 俺は刺さったままの金属棒を離して、後方へと飛び退く。
 いくらパワーアップしていると言っても、魔族の破壊力は馬鹿にできない。
 無理に仕掛けるより、一撃離脱の方が良さそうだった。

「逃がすかッ!」

 金属棒を引き抜いた魔族は、いち早く接近してくる。
 こちらが行動を取る前に肩を掴まれ、豪快に投げ飛ばされた。

 俺はまたもや複数の建物に穴を開けながら、強制的な大移動を行う。
 何度もこれを食らうと平衡感覚を失いそうだな。
 そこらのジェットコースターなんて比較にならないほどのスリルと疾走感と痛みが味わえる。

 俺は慣性が弱まると同時に手を突いてブレーキをかけた。
 それでも数軒の家屋を貫通する羽目になったが、まだマシな方だろう。
 周囲を舞う土煙に咳き込みながら、俺は現在地を確かめる。

 俺が止まった場所は室内だった。
 整列された棚には様々な武器が陳列されている。
 どうやらここは武器屋らしい。

 魔族の姿はない。
 隠れている感じでもないな。

 どうして追いかけてこないのだろう。
 何かあったのだろうか。

 まあ、いい。
 時間が取れるのは好都合だ。
 せっかくだし、ここで武器を補充しよう。
 どうせならガラクタ同然の建材より、正規の物の方がいい。

 そう思って物色しようとしたところ、室内に人が立っていることに気付く。

 薄汚れたエプロンを着けた、身長二メートルほどの大男だ。
 筋骨隆々で刈り上げた短髪と顎を覆う無精髭が勇ましい。
 鎧と大剣が似合いそうな風貌をしている。

(見た感じ、この武器屋の店主かな?)

 街の人々がパニックになっているというのに、随分と落ち着いている。
 店を離れたくないのだろうか。
 何にしろ肝が据わっている。

 そんな大男は、淡々と問いかけてきた。

「お前、魔族と戦っているのか」

「まあね。おかげでズタボロだよ」

 俺は血塗れの自分の姿を自嘲気味にアピールする。

 大男の頬が少し緩んだ。
 苦笑しているらしい。

「あなたは店主さんかな。悪いけど、武器を借りてもいいかい?」

「おう、好きな武器を持ってけ! どれも自慢の品々だ! 魔族だろうが魔王だろうが、何だってぶっ倒せるぞ!」

 大男こそ店主は、自信満々に胸を張って答えた。

 話の分かる親父だ。
 気前がいい。
 こういう性格の人は嫌いじゃない。

 許可を貰った俺は、嬉々として店内を見て行く。
 そうして一分ほどの吟味を経て選び取ったのは、黒い鉈と赤い手斧だった。

 店主曰く、前者には退魔の力が宿り、後者は刃が血を吸うほどに威力を上げるらしい。
 どちらも魔術を組み込んだ渾身の力作だそうだ。

 二つの武器を持った俺は、壊れた壁から外に向かった。
 その際、主人に声をかける。

「すまないね。代金と壁の弁償代は後で払いに来るよ」

「構わない。俺の武器で魔族を倒してくれればそれで満足だ」

 腕組みをする店主は豪快に笑う。

 俺はそんな彼に礼を言ってから武器屋を後にした。
 手足の具合を確かめつつ、魔族と戦っていた通りまで戻る。

 通りには完全な無人だった。
 街の人々は避難を完了したらしい。

 武器屋の主人の逞しさを尊敬するね。
 あの状況でよく営業を続けられるものだ。

「ん?」

 通りの向こうから戦闘音がした。
 距離としては五十メートルくらいか。
 すぐに辿り着ける地点だ。
 俺は直線距離で慎重に移動する。

 そこでは魔族と兵士の集団が戦っていた。
 魔族の襲来を知った連中が討伐に踏み切ったようだ。

 兵士たちはかなり苦戦している様子だ。
 魔術を反射されて被害を受けている。
 近接攻撃を挑もうにも、魔族の身体スペックに圧倒されていた。
 次々と屍が築き上げられていく。

(だけど、いい囮になるね……)

 彼らのおかげで、俺は自由に立ち回れる。
 良質な武器も確保できた。
 このままもう少しだけ時間を稼いでもらうか。

 俺は激戦をよそに近くの建物に侵入する。
 そのまま屋上まで移動した。

 ちょうど魔族の背後にあたる位置だ。
 両者の戦いを見下ろせる。

 俺はここから奇襲を仕掛けるつもりであった。
 魔族にも攻撃が通じると判明した以上、わざわざ正面からぶつかってやる必要はない。
 不意を突いて確実に致命傷を与える。
 俺は息を潜めて絶好のタイミングを待つ。

「ふはははは、どうした人間共よ! その程度か!」

 魔族は兵士を相手に無双していた。

 ただし、俺と戦っていた時ほど洗練された動きではない。
 消耗などではなく、単純に慢心しているようだ。
 仕方なく対処している感じが窺える。

 本当は姿を見せない俺の捜索をしたいのかもしれない。
 ただ、兵士と遭遇してしまったのでやむを得ず交戦している、と。
 状況から推測するに、だいたいそんな流れだろうか。

 やがて魔族が大きな隙を見せる。
 瀕死の兵士たちを足蹴にして高笑いし始めたのだ。

 その姿から感じるのは純粋なる邪悪。
 魔族の名に相応しいものであった。

(今だな)

 俺は屋上から音もなく跳んで落下する。

 魔族の背中が急速に迫る。
 寸前、その顔がこちらを振り向いた。

 愉悦から驚きの表情へと変わる。

「――貴様ッ」

 ここで止めるわけにはいかない。
 俺は振り上げた鉈と斧を一閃させる。

 着地と同時に、魔族の背中と片腕を断ち割った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み