第33話 選ばれた奴隷

文字数 3,435文字

 館内の広い一室。
 俺とニナは並んでソファに腰かけていた。

 客の姿は無い。
 ここへ入った当初はそれらしき気配があったのだが、銃声を耳にして退散したのかもしれない。
 営業妨害をして悪い気になるも、既にほとんどの従業員を殺した。
 どのみち営業を続けるのは困難だったろう。

 奴隷商のボスは、ソファの近くに転がっていた。
 首輪によってテーブルの脚に鎖で繋いである。
 手足には鋼鉄製の枷がはめられていた。
 首輪と枷は奴隷用のもので、ちょうどよかったのでボスを拘束するのに使わせてもらったのだ。

 俺は頬杖を突きながらボスに声をかける。

「気分はどうだい?」

「たっ、大変、良い具合で、ござい、ます……」

 ボスは噛み締めるように答える。
 死にたくない一心で、非常に従順な態度だった。
 今も泣きながらも屈辱に耐えている。

 俺の蹴りを受けた片目は潰れていた。
 移動中に脱出を試みたので、四肢の骨は粉砕している。
 両足のアキレス健も切断してあった。

 果たして彼は、ここから生還できると思っているのだろうか。
 なかなか絶望的なシチュエーションだけれども。

 ニナは憐みを湛えてボスを見ていた。
 もっとも、助けたいとは言い出さない。
 殺意の矛先が自分に向くのが嫌なのだろう。

 無力なボスの姿を嘲笑っていると、数少ない生き残りの従業員が姿を現した。
 彼は接客中だったために、俺の殺戮から免れた者だ。
 不運にも逃げ遅れたせいで、こうして俺の"要求"を手伝わされている。

 彼は顔面蒼白のまま告げた。

「ど、奴隷の……ご用意が、できました……それでは……順に、ご、ご覧ください……」

 俺は拍手で応える。

 ニナは気まずそうに固まっていたが、俺がじっと見つめてみると慌てて拍手を始める。
 ボスも拘束された状態で必死に拍手をしていた。
 あちこちの骨が折れているのもお構いなしである。
 その懸命な姿に感動しそうだ。

 俺は笑みを浮かべながら、視線を前方に戻す。

 隣の部屋からぞろぞろと奴隷が出てきた。
 全員が女で年齢は様々だ。

 十代前半くらいから二十代後半だろうか。
 種族も様々だが、共通点として美人ばかりである。
 彼女たちは揃いの白いワンピースと首輪を身に付けていた。

 奴隷たちは室内の状況に困惑の表情を見せる。
 そりゃ当然だろうな。
 なぜか従業員が怯え切って、オーナーと思しきボスが首輪で机を繋がれているのだから。
 そして俺とニナがソファで優雅に鑑賞の体勢を取っている。
 事情を知らない彼女でも、これが異常な光景であることは分かったはずだ。

 そんな中、従業員はぎこちなく説明を始めた。
 彼が述べるのは、奴隷たちがそれぞれどういった技能を持っているかなどである。
 そういった要素から好みの奴隷を選ぶのが、通常の流れなのだろう。

 俺は欠伸を漏らしつつ説明に耳を傾ける。

 少し興味が湧いてボスの話に乗ってみたわけだが、あまり良い人材はいなさそうだった。
 確かに一般的には需要のありそうな奴隷が揃っているものの、正直イマイチなラインナップである。
 ニナのように特殊な魔術を使える人間がいれば欲しかったけれど、さすがにいないようだ。

(下手な奴隷を貰うと荷物になるだけだしなぁ……)

 そして荷物は邪魔なので殺してしまう。
 あまり良くないことだ。
 命を粗末にしてはいけない。
 無駄な買い物は好まない主義なので、必要と思う奴隷だけを譲り受けたい。

 そういった考えも虚しく、結局お目当ての奴隷は見つからなかった。
 どうしよう。
 さっさと断って、従業員とボスを殺してしまうか。

 既にここに来た目的は達成している。
 別に良い奴隷がいなくとも何ら問題はない。
 むしろここで時間を浪費する方がもったいないほどだった。

 そんな時、奴隷の一人が一歩前へ進み出る。

「旦那様! 私などはいかがでしょうか! 誠心誠意、お仕えさせていただきますっ」

 高らかと主張するのは、長い茶髪の少女だ。
 年齢は十代後半頃で、可憐と評しても差し支えのない容姿をしている。

 後半から説明を聞き流していたので、彼女の素性を忘れてしまったな。
 俺は視線で従業員に問いかける。

「か、彼女は、ただの人族の女ですね……特別な技能は持っておらず、読み書きと家事ができるくらいでしょうか。どっ、奴隷としての価値は、大したものではない、かと……」

「ふーん」

 俺は改めて件の少女を注視する。

 少女は精一杯の笑顔でアピールしていた。
 他の奴隷がこちらを気味悪そうに見る中、彼女だけが元気である。

 ……元気すぎるな。
 何かおかしい。
 俺の直感も妙に疼いている。

 こういうサインを見逃してはいけない。
 俺は意識を研ぎ澄ませて、少女の感情に注目した。
 そして、笑みを深めながら発言する。

「――面白い人材がいるじゃないか。よし、その娘にするよ」

「いいのですか? 特に秀でたものを持たない者ですが……」

「うん。問題ないよ。他はいらないや」

 困惑する従業員だったが、俺の言葉を聞いて他の奴隷を元の部屋へ戻す。

 ボスは視界の端で安堵の息を吐いていた。
 これで事態が終息すると思っているらしい。

 随分と楽観的だな。
 恐怖心で思考が鈍っているのかもしれない。
 仮に奴隷譲渡が済んだところで、俺がボスを生かすとは限らないのに。

 従業員が少女を従えてこちらへ近付いてくる。

 少女はきらきらとした目で俺を見上げていた。
 純朴な眼差しだ。
 庇護欲を掻き立てるものであった。

 大半の男ならコロッと落とされそうだな。
 そういった魔性の魅力を秘めている。

 俺は少女に微笑み返しながら――彼女に拳銃を向けて発砲した。
 弾倉が空になるまで連射する。

 全弾が少女に命中し、額や胸や腹に穴を開けた。
 白いワンピースに血が滲む。
 少女はたたらを踏んで倒れた。
 華奢な手足を痙攣を始める。

「ひっ!?」

 従業員が戦慄して床に尻餅を突いた。
 隣にいたニナが俺の衣服を掴んで揺する。

「な、なぜ殺したのですか!? あの子は何も悪いことをしていないのに……!」

 問い詰めるような口調。
 珍しく怒りが窺えた。
 保身を考慮しない正義感である。

 俺は倒れた少女を指差した。
 少女の片手には、小さなガラス片が握られていた。
 人間の頸動脈なら容易に切り裂けるだろう。

「巧妙に隠していたけれど、強い殺気を抱いていたんだ」

 一連の少女の言動は、すべて演技だった。
 俺の油断を誘うための罠である。

 他の者は殺気に気が付いていなかったが、俺からすればバレバレだ。
 暗殺者マリィは、攻撃の直前まで殺気を見せなかった。
 それに比べれば実に稚拙な隠蔽術だったね。

 見覚えのない少女がやけに殺気満々だから、面白くて選んだそぶりを見せてみたのだ。
 とは言え、拳銃を使ったのは失敗だったか。
 なぜ俺を殺したがっているかを聞けなかった。
 面識はまずないはずなのだが。

「そうだとしても、あまりにも残酷すぎます……」

 ニナはまだ納得できない様子だ。
 どう説得しようか考えたところで、俺は口を閉ざす。

 撃ち殺したはずの少女が、むくりと起き上がったからだ。
 その顔は憎悪に染まっていた。
 先ほどまでの面影は微塵も無い。
 少女の体躯から黒い瘴気が漏れ始める。

「躊躇いなく殺そうとするのは……人の心を持たぬのか」

 声は掠れたおぞましいものになっていた。

 同時に少女の茶髪が蠢きながら濃紺色に変わる。
 肌が血の気を失い、毒々しい紫の斑点が浮かびだした。
 澄み切った碧眼が琥珀色になる。
 瞳孔が爬虫類を彷彿とさせるように細長くなった。

 たった数秒の間に、少女は見る影もなく変貌していく。

「これは一体どういうことかな?」

 俺はボスに問いかける。

 床に転がったままのボスは、口をだらしなく開けて呆然としていた。
 従業員も腰を抜かしている。
 彼らが仕掛けたものではないのか。

(愉快なことになってきたな……)

 黒いオーラを纏う少女を前に、俺は思わず笑みを浮かべた。
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