第24話 初仕事

文字数 2,766文字

「……ちょっとぬるいね。氷がほしいな」

 コップの水を飲み干して、投げやりな口調でぼやく。

 俺はアンティーク風の椅子で寛いでいた。
 切断された腕は、机の上に投げ出している。
 肘から先にはちゃんと手があった。
 ただし、動かすことはできない。
 焼き固めた箇所を抉って傷口を露出させて、断ち切られた部分を無理やり縫い付けただけだ。
 とても手術とは呼べないようなお粗末な処置である。

 ただし、接合面には、何重にも布が巻かれていた。
 高級魔法薬に浸したもので、領主の館から拝借したのだ。
 目玉の飛び出るような金額らしいが、遠慮なくドバドバと使わせてもらった。

 試しに飲んでみたけど、あまり美味くなかったね。
 漢方とかそんな感じに近い。
 日常生活ではあまり味わう機会のない苦みだろう。

 ニナによると、これで再生能力が発揮されるそうだ。
 もう安静にして少し待てば、動かせるようになるとのことだった。
 何とも疑わしいが、別に失敗したところで損するわけでもない。
 無事にくっ付いたら儲けものと考えている。

「あ、あの……そろそろ解放してもらいたいのですが……」

 足置きが声を発した。
 俺は踵で軽く蹴ってやりながら問いかける。

「足置き係が不満なら、挽き肉ごっこでもするかい? 厨房で指先からみじん切りにするんだ。電動の機械がないから手間はかかるけど、いい感じになると思うよ」

「い、いえ! このままで結構……むしろ足置き係がいいですっ!」

 足置きもとい領主が必死に答える。
 手足を縛られた彼は、床に丸まっていた。
 ちょうど俺が足を下ろす位置だ。
 気絶した彼を拘束して、今の形にしたのである。

 ニナは少し離れたソファに座っていた。
 なんとも居心地が悪そうだ。
 どうでもいいけど、いつもあんな表情をしているよね。

 無事な手でナイフを弄びながら、俺は領主に尋ねる。

「そういえばさ。結局、魔族と癒着してるの? 白々しく否定してくれたけど」

「えぇ……実は……それは、ですね……何と言いましょうか……」

 領主が口ごもる。
 黙って背中にナイフを刺してやると、耳障りな声で叫び出した。
 転げ回ろうとするので、足で押さえて動きを止める。
 血が絨毯にじわじわと染み広がっていく。

 きちんと臓器を避けてあるので大丈夫だ。
 そういった配慮はできるのだ。
 俺の優しさに感謝してほしいね。

「質問、聞こえなかった? 魔族と、つるんでいるのか、知りたいんだ。教えて、くれる、か、な」

 ナイフをぐりぐりと捻りながら訊くと、領主は慌てて喚く。

「いっ!? 言います言います! 癒着はあります! 証拠を隠した部屋にも案内します! だからやめてくださいぃっ」

「うんうん。素直になった方が楽だよ」

 俺はナイフを引き抜いて立ち上がる。
 その際、切断された腕を動かしてみた。

「お? すごいな」

 まだぎこちないものの、指が動いた。
 触覚もある。
 本当に繋がりかけているようだ。

 ただ、少しぐらつくな。
 あまり乱暴に動かすと千切れそうだった。
 適当な布を使って、首から吊るす形で固定しておく。
 ちょうど骨折した時の三角巾と同じ要領だ。

「それで、その証拠とやらはどこにあるんだい?」

 領主は既に自白したが、一応は確認しておきたかった。
 あれだけ捜索したのに出てこなかったのだ。
 如何なる方法で隠していたのか気になる。

 背中の刺し傷を気にしながら、領主はしどろもどろに回答する。

「……こ、この部屋にあります。専用の魔道具で隠蔽しておりました。今、開錠の呪文を唱えますので……」

 領主がぶつぶつと詠唱する。
 魔術攻撃を警戒するも、そういったこともなく、部屋の一角に異変が起きた。

 空間に裂け目が生じる。
 裂け目は大きくなって人間が通れる程度に広がっていった。

 俺は裂け目の奥を覗く。
 そこには小さな部屋があった。
 いくつかの本棚が設置されており、資料らしきものが大量に収納されている。

 確かにこれは見つからないわけだ。
 さすがに魔術的な仕掛けは専門外だからね。
 ニナも驚いているので、意図的に黙っていたわけではないようだ。
 彼女の技量では発見できなかったのだろう。
 召喚魔術が専門とのことだったし、高度な魔術の仕掛けには疎いのかもしれない。

 俺はさっそくニナに指示をして、裂け目の中へと調べに行かせた。
 自分で確認に行かないのは、領主の裏切る恐れがあるためだ。
 入った瞬間に裂け目を閉じられるのは面倒すぎる。

 慎重に裂け目へ入ったニナは、本棚の資料をいくつか取り出しては目を通す。
 数分後、彼女は神妙な表情で戻ってきた。
 彼女は資料に目を落としつつ、驚きを隠せない様子で報告する。

「魔族との繋がりを示す資料ばかりです。領主は、稀少な鉱石などを対価に、王国の機密情報を魔族側に売っていたようですね」

「なるほどね。そりゃ重罪だ」

 王国に対する立派な裏切りだろう。
 動かぬ証拠を得たところで、俺は領主を見下ろした。
 その額に拳銃を突き付ける。

「ということで、捜査の協力ありがとうございます。では約束通り、楽に殺してあげますね」

「なっ……! 話が違うじゃないかっ! 私はただ! この街のために」

 領主の言葉を無視して引き金を引く。

 弾丸が領主の額を貫いて後頭部を吹き飛ばした。
 床に皮膚や骨や脳漿の破片が散る。
 領主は弱々しく痙攣を繰り返すが、それもすぐに止まった。

 死体から視線を外した俺は、晴れやかな顔で宣言する。

「よし、仕事完了。案外、簡単なものだね」

「……はい」

「どうしたのさ。国内の膿が一つ潰れたんだ。素直に喜ばないと」

「そ、そうですね……あはは……」

 浮かない表情だったニナは、乾いた笑いを漏らす。
 何かを諦めたような目をしていた。

 深く考えるだけ無駄なのだ。
 もうちょっと開き直った方がいい。
 元より俺を王殺しの大罪人ではなく、勇者に準ずる戦力として扱うスタンスを表明していた。
 今更、この程度で驚かれても困る。

 初志貫徹とも言うし、ニナはもうちょっとしたたかに生きるべきだろう。
 つまらない常識というか、良心に囚われすぎだよね。
 俺を見習ってほしいものである。

「せっかくだし、この館で一晩過ごそうか。部屋も余ってそうだ。ゆっくり眠れそうだよ」

「えっ……いや、はい。了解です」

 従順なニナを連れて、俺は領主の私室から立ち去る。

 異世界に召喚されて早数日。
 俺は工作員としての初仕事を終えた。
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