第3話 交渉決裂

文字数 4,972文字

 指輪の少女の説得を受けて、俺は別室へ移動することになった。

 別に従わずに皆殺しにすることも考えたけど、ここはあえて堪える。
 いい加減、どういった状況なのかを知りたかったのだ。
 少女がそれを教えてくれるそうなので、ちょっと我慢することにしたのである。

(皆殺しはいつでもできるからね……焦らすのも楽しそうだ)

 怯える他の連中を置いて、俺たちは移動する。

 案内されたのは、こじんまりとした部屋だった。
 黒と金を基調としており、シックな印象を受ける。
 壁には絵画が飾られていた。
 狭さの割には金がかかっていそうだ。

「ど、どうぞ。お座りください」

「はいどうも」

 俺は少女に促されてどっかりとソファに座る。
 座り心地がいい。
 程よい反発感があった。

 一方、国王がローテーブルを挟んだ向かい側に腰かける。
 厳しい眼差しには、俺への侮蔑と警戒が込められていた。
 ただし言葉にしないだけの理性はあるようだ。

 彼がここにいるのは、移動の間際に俺が希望したからである。
 どさくさに紛れて逃げられたら困るからね。
 最初は渋られたが、その場にいた数人を適当に殺したら承諾してもらえた。
 俺は昔から交渉事が得意なのだ。

 少女はローテーブルの横手にあたる位置――所謂お誕生日席の椅子に腰かける。
 なぜかすごく肩身が狭そうにしている。
 もうちょっと寛げばいいのに。

 室内には沈黙が満ちていた。
 見かけ上、部屋にいるのは俺を含めた三人のみ。

 ただし、至る所に護衛や暗殺者らしき気配が潜んでいた。
 出入り口にも少数ながらも待ち構えている。
 状況次第で一斉に飛び出すつもりなのだろう。

 国王が幾分か余裕を取り戻したのは、彼らの存在があるからに違いない。
 俺の生死与奪の権利を握ったと思い込んでいる。
 まったく、とことん愉快なことを考えてくれるね。
 その間違いを正す瞬間が楽しみである。

 俺が先の展開を想像していると、少女が遠慮がちに発言した。

「それでは此度の説明を始めさせていただきますが、その前に私、ニナ・ルジェストを申します」

 一旦言葉を切った指輪の少女――ニナが問いかけるような視線を向けてくる。
 意図を察した俺は微笑んだ。

「俺の名前は笹鵺(ささぬえ)。よろしくね」

「ササヌエ様ですね……こちらこそ、よろしくお願いします」

 頭を下げたニナは、さりげなく国王に目配せをする。
 国王は無言で首を振った。

 するとニナは話し始める。

「かいつまんで説明致します。この国は魔王に対抗するために勇者召喚の魔術を行った結果、あなたを呼び出しました。召喚された勇者は皆、膨大な量の魔力を身体に秘めているのですが、あなたからは一切の魔力を感じられませんでした。故に召喚魔術が失敗して、ただの人間を呼び出したのだと勘違いしてしまった次第です……」

「俺はただの人間だよ。勘違いじゃない。しがない一般人さ」

 説明を聞いた俺は肩をすくめて笑った。

 随分と面白い事態に巻き込まれてしまったらしい。
 魔王とか勇者とか魔術とか、まるでファンタジーの話だな。
 いや、騎士とか魔術師とか王様がいるから、あながち間違いでもないってわけか。

 どうやら俺は、どこか別の次元のファンタジーな世界に迷い込んでしまったようだ。
 こいつは傑作である。
 魔術で呼んだとのことだが、人選感覚が狂っているんじゃないだろうか。

「一般人だなんて、そんなことありません! あなたの力は凄まじい。きっと勇者のはずです!」

 ニナは信じられないとばかりに主張する。
 どうしてそんなに自信満々なのか。
 根拠でもあるのかな。

 俺は足を組み直しながら彼女に問いかける。

「すごく断言しているけれど、俺以外にも召喚された人間がいるのかい?」

「はい。数年前に古代の勇者召喚の再現に成功してから、王国は幾度も異界人の呼び出しを試みています。その過程で数人の勇者が確認され、今も王国に所属しております。ただし、召喚魔術の成功率は低く、魔術行使に必要な素材が稀少なので頻繁には実施できませんが……」

 そこで静観を保っていた国王が口を開いた。

「現在、複数の勇者が魔王討伐に向けて活動中である。いずれも強力な特殊能力を持つ者たちだ。彼らは様々なルートで魔王城を目指している」

「ふんふん、それで?」

 俺の相槌に、国王の眉がぴくりと動く。

「……いくら強いと言っても、貴様も所詮は無能力者。ニナは否定するが、魔力が感じられない以上は揺るぎない事実なのだ。儂は貴様を勇者と認めん。魔王討伐も頼まぬ」

 辛辣な口調で告げる国王。

 俺はニヤニヤとしながら話を聞くのみだ。
 別に勇者になりたいわけじゃないしね。
 魔力なんて代物も持ち合わせていないのだから、どこも否定する部分はない。

 わざとらしく咳払いをした国王は話を続ける。

「代わりに貴様には工作員として王国に貢献することを命じる。各地で魔王勢力を攻撃して攪乱するのだ。無論、暗躍を目論む他国への攻撃も含まれる。貴様ほどの力であれば容易かろう。どうだ、やってはくれぬだろうか」

「ふーん、工作員ね……」

 俺は腕組みをして天井を仰ぐ。

 特殊能力を持たない俺は勇者ではない。
 だけど強いから工作員として働いてほしい。
 要約するとそんな感じだろうか。

 数秒の思考を経て、俺は身を乗り出して答える。

「命令されるのは癪だけど、行動を制限されないのなら構わないよ。簡単に言ったら、暗殺者になれってことでしょ? 異世界観光ついでに殺しまくってあげるよ。もちろんタダじゃ動かないけどね。とりあえず、あんたの首がほしいな」

「こ、この――ッ!」

 激昂する国王がソファから立ち上がった。
 顔が真っ赤だ。
 このまま倒れるのではないかと心配になってしまう。

 そんな国王は、俺を見下ろしながら叫ぶ。

「下手に出れば調子の乗りおって! もういい。貴様はここで殺す! こやつを始末せよ!」

 国王の言葉を皮切りに、あちこちから暗殺者が飛び出す。
 天井、床、絵画の裏など多種多様だ。

 暗殺者は全身黒づくめで、顔は頭巾のような布で隠している。
 手には短剣が握られていた。

(まるで忍者だな……)

 さらに背後の出入り口が開く音がする。
 目をやれば、騎士たちが駆け込んできたところだった。

「やっぱりそう来るよねー」

 望み通りの展開である。
 ちょっと挑発したらすぐこれだ。
 行動が読みやすくてありがたいよ。

 俺は歓喜しながらナイフを取り出す。

「おっ」

 天井から一人の暗殺者が降ってきた。
 鋭い軌道で繰り出される短剣。

 俺は首を傾けて回避する。
 凶刃がソファの背もたれに刺さった。

「よいしょっと」

 俺はソファに腰かけたまま、初撃を外した暗殺者を後方に蹴り飛ばす。
 暗殺者は接近しようとしていた騎士たちに激突していた。
 誰かの槍が身体を貫いているが、あれは俺のせいじゃないね。

 騎士が混乱する間に俺はローテーブルを蹴り上げて、すぐそばまで来ていた別の暗殺者にぶつける。
 暗殺者が怯んだ隙に首をナイフで撫で切った。
 振り抜きの最中にナイフを逆手に持ち替え、その背後にいた暗殺者の胸に突き立てる。

「ぐぉっ!?」

 短剣を掲げていたその暗殺者は、大きく痙攣してから倒れた。
 起き出す気配もない。
 俊敏性を重視しているためか、騎士よりも軽装なので殺すのが楽だ。

 背後では、騎士たちが立て直していた。
 鬼気迫る様子で構えている。
 前方には残る暗殺者たちがいた。

 彼らは同じタイミングで襲いかかってくる。
 見事な挟み撃ちだ。
 最初からこのつもりだったのだろう。

「死ねぇッ」

 騎士が大上段からの斬撃を放ってくる。

 俺は半身になり、騎士の腕に手を添えて受け流す。
 その先には一人の暗殺者がいた。

「なぁっ!?」

 騎士による渾身の一撃は、見事に暗殺者を縦断した。
 破壊された人体から臓腑がぶちまけられる。
 室内の異臭が一気に強まった。

「こんな狭い部屋で大振りなんて駄目だよ」

 俺は騎士を諭しながら剣を強奪する。
 そこから縦横無尽に駆け回り、残る暗殺者を一息に斬り倒していく。

 宙を舞う手足や生首。
 上品な部屋が夥しい量の血飛沫で汚れていく。

 やっぱり意思疎通ができるのはいいね。
 じゃないと何と言って死んでいくのかが分からない。

「食らえ!」

 暗殺者が俺の喉を狙って短剣を一閃させた。
 それを躱した俺は、相手の肩を掴んで引き倒し、その頭部を踏み割る。
 殺害の余韻もそこそこに、今度は死角から殺気が放射された。

「ちょっとごめんね」

「えっ、あっ!?」

 そばにいた暗殺者を引き寄せて、俺との立ち位置を入れ替えてやる。
 不運な暗殺者は、仲間の斬り上げを受けて即死した。
 仲間を手にかけたそいつの首も刎ね飛ばす。

 そんなことをしているうちに暗殺者はあっという間に全滅した。
 やや物足りない気持ちを抱きつつ、俺は騎士の処理に取り掛かる。

「君たちはどれくらい持つのかな?」

 俺は足元に落ちていた短剣を爪先で引っかけて飛ばす。
 回転する短剣は、一人の騎士に手元に命中した。
 硬直したところへ迫り、頭部を鷲掴みにして壁の絵画に叩き付ける。

 完成された絵に大胆な赤のペイントが施された。
 貫通して壁に頭部をめり込ませたその騎士は、額縁をくっつけながらずるずると崩れ落ちる。

「はぁッ!」

 鋭い声と共に、騎士が刺突してくる。

 俺は身を沈めてやり過ごし、がら空きの胴体を抱えてバックドロップを繰り出した。
 もちろん、騎士の首が床に激突するように調整する。

「ぎゅぇっ」

 騎士が奇妙な悲鳴を漏らす。
 その首がおかしな方向に折れていた。
 鎧越しでもはっきりと分かる。

「隊長の仇だッ!」

 ここぞとばかりに振り下ろされる別の騎士の剣。

 バックドロップ後の隙を狙って仕掛けてきたらしい。
 まあ、そうだろうな。
 誰だって同じことをするだろうさ。
 それにしても、誰が隊長だったのか。

 俺は横から騎士の手首を蹴った。
 軌道の歪んだ剣が顔のすぐ横に刺さる。
 あと数センチずれていれば、耳くらいは切り落としていただろう。

「惜しかったね」

 俺は微笑しながら跳ね起きて、剣を引き抜こうとする騎士を床に転がして馬乗りになった。
 そして、兜を引き剥がして首を絞める。

「……あ、がっ!? ぐぅああ、ああ……」

 騎士は青い顔で必死に抵抗した。
 俺は気にせず力を込めていく。
 やがて騎士の腕がくたりと力尽きたところで、俺は立ち上がった。

 周りの暗殺者と騎士は、残らず死体と化している。
 全滅だ。
 もう隠れている奴もいない。

「な、な……こんな、ことが……」

 国王は唖然とした表情で凍り付いていた。
 ニナは椅子から落ちて嘔吐している。

 まったく、情けない姿だね。
 怒って啖呵を切ったのだから、気丈な態度をキープしてほしいものだ。

 返り血を払いながら、俺は怯える国王に一つの注文をする。

「今回の勇者召喚を支持した城内の有力者を呼び集めてください。今すぐにです」

「何を、する気だ……?」

 露骨に警戒する国王に、俺はとびきりの笑顔で告げる。

「――ちょっとしたサプライズですよ」





 三十分後、俺は招集された有力者の貴族と国王をまとめて拘束した。
 そして彼らを魔法薬の保管室に押し込んで"サプライズ"を実施させてもらった。

 きちんと楽しんでくれただろうか。 
 個人的には趣向を凝らした良い手法だったと思うのだけれど。
 是非とも参加者たちに感想を聞いてみたいが、残念ながらそれは叶わない。
 死者は口が利けないからね。

 異世界召喚一日目。
 俺は国王を爆殺した。
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