第25話 出国する工作員

文字数 2,610文字

 翌日、俺たちは日の出と共にグラッタを出発した。
 街中で借りた馬車で街道を進む。

 御者はニナに丸投げだ。
 俺は荷台に座り込んでいた。

 もたれかかる木箱には水と食糧が詰まっている。
 どちらも元から馬車に載せられていたものだ。
 それがいくつもある。
 二人分として考えると、しばらく持つだろう。
 ゆっくりと旅ができそうだ。

 その間に片腕も完治してくれると思う。
 既に物を掴める程度には回復しているし、明日か明後日くらいには支障もなくなるかな。
 魔法薬の治療速度には頭が上がらないね。
 今後も役に立ちそうなので、領主の館にあった回復系の魔法薬は残らず拝借していた。

 俺はぐっと伸びをしながら後方に視線をやる。

 遠くで黒煙が濛々と上がっていた。
 目を凝らせばそれらが丸焦げになった馬と兵士であることが分かる。
 俺たちを追跡した奴らの末路だ。

 街を退散した後もしつこく追いかけてくるので、火炎放射器で薙ぎ払ったのである。
 火だるまになって暴れ狂う彼らの姿は滑稽だったよ。
 そんな風になるのが嫌なら、最初から放っておいてくれればいいのに。
 俺だって行動を妨害されなければ、わざわざ彼らを殺しに行ったりしない。

 ちなみにこちらの馬車はほとんど無傷だった。
 兵士たちから放たれた矢や魔術攻撃は、俺が打ち落としたからだ。
 騎馬兵の時のように、馬車を大破させられては困るからね。
 ちょっと頑張らせてもらった。
 移動手段は大事にしないといけない。

 幸か不幸か腕の立つ人間がいなかったので、迎撃は非常に楽なものだった。
 正直、物足りなかったくらいである。

 あれ以降、暗殺者マリィも姿を見せることはなかった。
 結構な重傷を負っていたし、今頃はどこかで治療に専念しているのだろう。
 これだけ派手に暴れていれば俺たちの足取りを掴むのは簡単だろうし、また殺しに来てくれると思う。
 その時に取り逃がした鬱憤を晴らさせてもらおう。
 もう片腕切断なんて失態も犯さない。

 この世界でもそれなりの数の人間を殺してきた。
 魔術攻撃にも慣れてきた。
 慢心はできないけれど、少なくとも狼狽えるようなことはない。

(マリィと再会した暁には、どうやって殺してやろうか……)

 やはり片腕切断は外せない。
 暗闇の魔術でまた逃走されると厄介なので、どうにかしてあれを封じる手段も探しておかなければ。
 ニナなら何か知っているだろうか。
 結界やら防護の魔術があるそうなので、そういったもので一帯を閉じ込めたりできそうだ。

 可能なら魔術の勉強もした方がいいかもしれない。
 せめてどういった攻撃が来るか予測できるだけでも十分に役立つ。

 その前に読み書きも覚えないといけない。
 仕事の合間に少しずつ消化していこう。

(やることが山積みだな)

 俺は嘆息しつつ、手元の羊皮紙に視線を下ろす。

 そこには破壊活動のリストが記載されていた。
 こちらの言語で書かれた原文をニナに読んでもらい、俺が日本語に書き直したものである。
 なかなか手間だったが、後々のことを考えると便利だからね。

 次の目的は、魔王を信奉する教団の壊滅だ。
 このまま国境を越えると聖教国とやらに入ることができ、そこから最寄りの街に本拠地があるらしい。
 詳細情報によれば、色々と危険な活動をしているそうだ。

 人間なのに魔王勢力の味方をするとは業が深い。
 領主の件もそうだが、なぜそんな馬鹿な真似をするのだろう。
 全く以て理解できない。
 魔王という脅威が君臨する以上、人間同士で協力していけばいいと思うんだ。
 工作員として魔王勢力の妨害をする俺を見習ってほしいね。

 他国の勢力に手を出していいのか気になるところだが、そういう厄介な案件だからこそ俺に回ってきたものと思われる。
 国際問題に発展したら、王国は俺との関与を否定するつもりだろう。
 俺があちこちで殺戮していることは知れ渡っているだろうし、正当な主張と見られてもおかしくない。

 まあ、現在の王都はそんなことを考える暇さえないだろうが。
 近くの街の領主が死んだことだし、問題はさらに紛糾するんじゃないかな。
 癒着の証拠資料も街中にばら撒いてしまったし、結構な騒ぎが予想される。
 現在は誰が主導しているのか知らないが、頑張ってほしいものである。

 見知らぬ誰かの心配をしていると、御者のニナから声がかかった。

「あの、そろそろ手持ちの資金が乏しくなってきたのですが……」

「そういえば、今まではどうしてたのさ?」

 ニナに任せてあまり気にしていなかったが、どうなっていたのだろう。
 彼女は困ったような横顔で答える。

「実は今までの出費は、私の自腹でしたね……王国から資金が出なかったもので」

「あ、そうなんだ」

 それは申し訳ないことをしていたな。
 もっと早く気付けばよかった。

 ちなみに勇者は多額の資金援助を受けていたらしい。
 些細な嫌がらせだな。
 ちょっとくらいお小遣いをくれたらいいのに。
 国庫から貰えばよかったよ。

 そうでなくても、領主の館から奪うことができた。
 色々な出来事が重なってすっかり失念していたね。
 とは言え、今から戻って回収するのも面倒だ。

 思案した末、俺は軽い口調で告げる。

「よし、次の街で犯罪組織を襲って稼ごうか」

「さ、さすがに違法行為は控えていただけると……。たとえば冒険者などはいかがでしょう。魔物を討伐して、その素材を売却するのが主な仕事です。ササヌエさんの力なら簡単に稼げますし、名声も手に入ります」

「そんなのは興味ないよ。殺して奪うのが手っ取り早い」

「ですが、あまりやりすぎると様々な問題が……」

 資金調達の議論を行っているうちに、石造りの壁と砦が見えてきた。
 国境に設けられた関所である。
 兵士も配備されていた。
 意外としっかり管理しているんだな。

 馬車の速度を落としつつ、ニナは俺に問いかける。

「えっと……どうしますか? 停止を要求されていますが……」

 その言葉には色々な意味が込められていた。
 だからこそ、俺は気持ちの赴くままに提案する。

「せっかくだし、強行突破しようか。その方が楽しそうだ」
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