第27話 門前の守護者

文字数 2,024文字

 街道に沿って進むうちに、大きな門と外壁が見えてきた。
 王都などに比べると小規模だが、それでも十分な防衛設備である。
 野生動物の侵入くらいなら難なく防げそうだ。

 門を目にしたニナが怪訝な顔をする。

「なぜか開いていますね……」

 彼女の言う通り、街へ繋がる門が全開だった。
 今までの街にあったような行列などもない。
 がらんと寂しげな状態だ。
 ただしもぬけの殻といった感じではなく、街の中には大勢の人の気配があった。
 何とも不可思議である。

 ちょっと意外だな。
 てっきり厳重に警備されているものかと思ったが。
 兵士がいれば爆弾で吹き飛ばしたかったのに残念だ。

 関所での騒ぎを知らないのだろうか。
 いや、仮に知らないとしても、門が全開なのはおかしい。
 あまりにも不用心だろう。
 この世界の治安が決して良くないのは知っている。
 あんな風に門を開けておくことにメリットなどないはずだ。

 どうしてだろう。
 もしかして、俺たちを歓迎してくれているのかな。
 下手に抵抗せずに招き入れることを選んだのか。
 罠の気配もしない。

 ようやく分かってくれたか。
 俺だって争いなく街へ入れるのならば、それで構わないのだ。
 変に拒否されるから、反抗したくなっちゃうんだよね。
 ここの街の人々は賢い選択をしてくれたものだ。

 そんなことを考えていると、門から一人の男が進み出てきた。
 近付くごとに詳細な容姿が分かる。

 蒼色の鎧を着た金髪の青年だ。
 片刃の剣を携えている。

 そこらの騎士や兵士とは明らかに雰囲気が違う。
 冒険者とやらだろうか。

 隣のニナが緊張気味にその答えを口にする。

「あれは、ルスア・ヴァン・グロード……剣聖の二つ名を持つ聖騎士です。聖教国でも随一の実力者であり、過去には単騎で魔族を討伐した実績もあります。勇者召喚の技術を持たない聖教国にとって、最強の個人戦力です」

「おお、いいじゃないか」

 俺はその情報に笑みをこぼす。

 こいつはまた大物が出てきたものだ。
 俺たちを待ち構えていたのかな。
 結構な待遇である。

 前言撤回。
 相手は穏便に済ます気などないらしい。
 まあ、俺としては願ったり叶ったりだね。
 それはそれで楽しい。

 俺はニナに馬車を止めるように指示をした。
 不用意に接近して馬車をぶった斬られても困るからね。
 さすがにいきなり斬りかかられたら、そこまで守る自信もない。

 馬車は剣聖ルスアから二十メートルほど離れた地点で停止した。
 ルスアがよく通る声でこちらに問いかける。

「君が王国の工作員だね? 初めまして。私の名はルスア・ヴァン・グロード。剣聖だ」

 彼は自己紹介と共に一礼する。
 律儀な男だ。
 爽やかな雰囲気と相まって、どこかの王子様のようである。
 それで鼻に付かないのだからすごい。

 俺は馬車の上から返答する。

「ああ。そうだよ。剣聖様が何か用かい」

「関所から連絡があった。好き放題やってくれたみたいだね。密偵の話によれば、自国内でも派手に殺し回ったそうじゃないか。故にここを通すわけにはいかない。街を守るのが私の役目だからね」

 ルスアは真剣な表情だった。
 至って真面目に言っているらしい。

 俺は肩をすくめてみせる。

「説得できると思っているのかな? 生憎とこっちには議論する気なんか無いんだよ」

「ただの説得では無理だと分かっている。だけど、君は戦いが好きらしいね。街に入りたければ、私を倒してからにしてみないか。ただし、もし私に負けたら、この街へ入ることを諦めてほしい。どうだろう。悪い話ではないと思うが」

 提示された条件に、俺は少し関心をする。

 なるほど、剣聖の強さを餌にしたのか。
 彼なりに俺のことを調べて提案したのだろう。
 戦い好きという情報は誤りだが、いちいち訂正するのも面倒だ。

「その話、乗ったよ」

 俺は武装を整えてから馬車を下りた。

 ルスアの提案は、こちらが損する話でもない。
 ただ彼を殺せばいいだけなのだから。
 何ら問題ないね。
 それでトラブルなく街へ入れてくれるならありがたい話である。

 対峙するルスアは自然体だった。
 一見すると隙だらけのようだが、視線がこちらの挙動をつぶさに観察している。
 剣聖の名は伊達ではないらしい。

(暗殺者マリィとはどちらが強いのかな)

 覇気や殺気が感じられないものの、佇まいは間違いなく強者のそれである。
 おそらく剣術を活かした接近戦を仕掛けてくるのだろうが、どんな手を隠しているか分からない。
 不意に魔術を使ってくるパターンも十二分に考えられるからな。
 油断は禁物である。

(実際の戦闘スタイルは、この目で確かめようか……)

 俺は無造作に構えた短機関銃を、ルスアに向けて発砲した。
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