第5話 彼は勇者

文字数 2,564文字

 階段を抜けた先には、広い空間が広がっていた。
 一辺三十メートルくらいの、石畳で構成された部屋である。
 天井も高く、バレーボールくらいならできそうだ。
 壁に等間隔で設けられた水晶から光が発せられており、ぼんやりと室内の様子は分かるようになっている。

 空気には湿気が感じられた。
 石畳にもうっすらと苔が生えている。
 気温が低いので不快さは少ないものの、あまり長居したいとも思えない環境だった。

 室内にはいくつもの台座がある。
 およそ五十個ほどで、ほとんどに剣が刺さっていた。

(引き抜いてくれと言わんばかりの外見だな……)

 俺は顎を撫でつつ台座を観察する。
 勇者の武器とのことだが、確かにビジュアル的には百点満点の出来栄えであった。

 ニナは無数の台座を示しながら説明する。

「これらは聖剣です。魔王にとって致命的な力を内包しています。そして聖剣に選ばれた者――すなわち勇者しか引き抜けません」

「へぇ、そりゃ大層なものだね」

 まさしく物語なんかで見かける武器である。
 主人公だけが使えるってやつだ。

 それにしてはやたらと数が多い。
 何十個もあると特別感やありがたみが薄れてしまうよね。

「勇者はこの中から適性のある聖剣だけを引き抜くことができます。そして、引き抜かれた聖剣はその勇者に適した形状へと変化します。聖槍や聖杖など、形状に合わせて名称も変わりますね」

「なるほど、面白い性質だ。でもこれって勝手に貰っていいのかい?」

「はい。聖剣は使い手の勇者が亡くなった際に消滅して、空の台座に新たな武器が生まれます。ですので実質的に減るものではありませんから。それに、勇者以外には引き抜けないので、数に困るということもまずないですね」

 俺の疑問にニナはすらすらと台本があるように答える。

 つまり、空いた台座の数だけ聖剣持ちの勇者が存命ということか。
 特殊能力を持った連中とのことだが、どんな奴らなのか拝見したいものだ。
 今のところは会っていないと思う。
 さすがに殺してきた騎士や魔術師の中に混ざっていた、なんてオチはないだろう。
 認識できないほど弱いのだとしたら拍子抜けである。

 俺は台座群に近付く。
 よく見るとそれぞれの聖剣は微妙に形状が異なっていた。
 良し悪しは分からないが売ったら高そうだ。

(どうせなら銃に変化する聖剣が欲しいなぁ……)

 手持ちの分は弾数が怪しくなってきた。
 別に近接戦闘でもやっていけるが、銃火器があって困ることはないだろう。
 弓や魔術で遠距離から一方的に攻撃されるのも面倒だしね。

 しかし、生憎と俺は勇者ではなかった。
 すなわち聖剣を抜く資格がない。
 残念だ。
 勇者には興味なかったけど、ここで何もできずに戻るのは惜しい。

(いや、待てよ? どうせなら試してみてもいいんじゃないか?)

 ニナがこれだけ推してくるのだから、ひょっとすると本当は勇者なのかもしれない。
 魔力はないそうだし特殊能力の自覚もないが、何事にも例外はある。
 考えてみれば、勇者でないことはまだ確定していないのだ。
 いっそこの機会にハッキリとさせよう。

「…………」

 俺は居並ぶ聖剣のうち、フィーリングで選んだ一振りの前に立つ。

 それは片刃の聖剣だった。
 全体的にスマートで装飾に乏しい。
 実用性だけを追求したような形状である。

 非常に好みの刃物だ。
 是非とも実戦で使ってみたい。
 幸いにも城内には試し切りできる人間がたくさんいるのだから。

 俺は金属製の柄に手をかける。
 手によく馴染む感触。
 そのままぐっと上に向かって力を込める。

 俺の選んだ勇者の聖剣は引き――抜けなかった。

「おっ……あれ?」

 びくともしない。
 完全に固定されている。
 全力で蹴りつけても駄目だ。
 掴んだまま体重をかけて圧し折ろうとしても、聖剣は一ミリも動かない。

 本当に引き抜けるのか疑問になるレベルである。
 では他の聖剣はどうだろうと端から確かめていったが、結果は同じだった。

 異世界に来たのだから何か覚醒したかと思ったけど、別にそんなことはなかったようだ。
 身体の調子もいつも通りだしね。
 雰囲気に流されてみたものの、当然の結果だった。

「あー、やっぱり抜けないや」

「聖剣の担い手ではなかった……ということは勇者ではない? でも、だとしたらあの戦闘能力はおかしい。ただの一般人ではないの……?」

 俺のそばでニナがぶつぶつと呟き始める。
 彼女は彼女でこの結果に思うところがあるようだ。
 難しい表情をしながら、手帳に何かを記録している。

 考察は一人の時に勝手にやってほしいね。
 俺の付き合える分野ではなかった。

 聖剣が使えないと判明したので、俺たちは足早に地上へと戻る。
 寄り道も済んだから、このまま王城を出ようかな。

 工作員としての仕事を果たさなければ。
 我ながらやることはきっちりとこなす性質なのだ。
 たとえ依頼主の国王が死のうが関係ない。
 いつまでも城で遊んでいる場合ではなかった。

 俺はニナの案内で城内を抜けて正門へ向かう。
 もちろん彼女も連れて行くつもりだ。
 一人では色々と支障が出そうだからね。
 円滑な仕事のために貢献してもらう。

(何から着手するかも考えていかないとな……今更だけど結構な大仕事だぞ)

 今後について考えながら歩くこと数分。
 俺とニナは開け放たれた正門に到着する。

 そこには数十人の騎士が整列して待ち構えていた。
 先頭に立つ偉丈夫が大声で話しかけてくる。

「王殺しの異常者よ! 私と戦え! 速やかに我が鎚の錆びとしてくれよう!」

 おっと、いきなり喧嘩を売られた。
 異常者だなんて、なかなかの悪口である。
 俺のガラスハートが傷付いてしまうよ。

 騎士の発言を無視して、俺はニナに問いかける。

「で、あれは誰?」

 ニナは驚きと困惑を隠せない表情で答えた。

「……あの方は、アイザック・グリシルド様です。王国第二騎士団の団長――そして誇り高き"守護の勇者"でもあります」
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