第9話 異世界の街並み

文字数 2,626文字

 日も沈みかけた夕暮れ時。
 怪我の治療と休息を済ませた俺は王城を出発した。

 縫合箇所に軽く触れる。
 少し痛む程度で、動きに支障はない。
 過去にはもっと酷い傷で暴れ回ったこともあった。
 放っておけば勝手に治るだろう。

 血で汚れすぎたので服装も変えた。
 肌触りのいいワインレッドのシャツにベージュのズボンだ。
 靴は相変わらずスニーカーである。

 背中には布で包んだ戦鎚を吊っていた。
 ちょっと重たいけど、まだ使えそうなので持っていくことにしたのだ。
 広い場所では大いに活躍してくれるだろう。

 後ろにはニナがいる。
 一時は茫然自失といった感じだったが、今は凛々しい表情をしていた。
 動きもしっかりとしたものだ。

 何か心境の変化でもあったのかもしれない。
 面白そうなのでしばらくは様子見だな。
 俺の邪魔さえしなければそれでいい。

 そんなこんなで堂々と正門を抜けて城下町へ下る。
 通りはとてもにぎやかだった。
 あちこちに店がある。
 店主が道行く人間に威勢よく声をかけていた。

 そして、目を引くのが人々の容姿だ。
 頭部が動物のそれだったり、全身が鱗で覆われていたりと、非常にバリエーションに富んでいる。
 一見すると人間っぽいが、耳が長かったり尻尾や羽があったりする者も多かった。
 恰好も相まってコスプレイベントと錯覚しそうだ。

(ファンタジーな世界観かと思ったら、種族も様々なのか)

 しかし、城では見かけなかった気がする。
 覚えている限りでは、ただの人間ばかりであった。
 どうしてだろう。

 俺の疑問を察したニナが解説を挟む。

「王城では原則的にヒューマンのみを採用しています。国王陛下がヒューマン以外の種族――亜人を嫌っていたためですね。王城の外は、このようにたくさんの種族の人々が暮らしています」

「なるほどねー」

 あの国王は種族差別なんてことをしていたのか。
 まったく、どこまでも困った奴だ。
 やはり爆殺して良かった。

 ただし、通りの様子を見るに亜人は特に迫害されたりはしていない。
 あくまでも国王個人が、城内で働かせるのを拒んでいただけのようだ。
 差別意識としてはまだマシな部類か。
 権力をかざして国ぐるみで蔑んでもおかしくない。

 俺とニナは通りに沿って歩く。
 売られている品々は、見たことのない野菜や果物が多かった。
 元の世界のものに酷似した食べ物もあるが、たぶん厳密には違うのだろう。
 魔術関連の道具も販売されていた。

 やはり活気のある街並みはいい。
 ちょっとした観光気分だ。
 見て回るだけでも十分に楽しめる。

(それにしても不思議なほどに平穏な雰囲気だなぁ)

 通りを歩きながら、俺はふと考える。

 国王や勇者が死んだとは思えない光景だ。
 結構な一大事だと思うのだが。

 いや、一大事だからこそ彼らは知らないのか。
 混乱を防ぐために、誰かが情報を止めているのかもしれない。
 いずれ露呈するだろうが、何か対策を打つまでの時間稼ぎにはなる。

 精々、頑張ってほしい。
 陰ながら応援しているよ。
 ここからどう立ち直すのか、純粋に興味はある。

 その後、ニナの提案により宿屋で一泊することにした。
 夜間に王都を発つのは危険らしい。

 通りに面した一軒の宿屋に入る。
 三階建てのそこは、宿屋のグレードとしては中間の部類だそうだ。

 俺はニナに宿泊の処理を任せ、その間に室内を見回す。
 一階の食堂では、屈強な男たちがジョッキを片手に大騒ぎしていた。
 もうかなり出来上がっている。

 男たちは揃って武装していた。
 戦い慣れた雰囲気で、城の騎士たちよりも強そう。
 装備も統一性がないから、傭兵か何かだろうか。
 国営ではない戦闘集団があったとしてもおかしくない。

 男たちの酒宴を眺めていると、その中の一人を目が合った。
 筋骨隆々でスキンヘッドのそいつは、赤らめた顔で叫ぶ。

「おう、何見てんだ!? 見世物じゃねぇぞ、どっか行きやがれ!」

 他の男たちは下品な笑い声を上げる。
 明らかに馬鹿にされていた。
 ふらふらとしている俺が、格好の獲物に見えたのだろう。

「ごめんよ。楽しそうだと思っただけさ。気にしないでくれ」

 俺は軽く笑いながら謝る。

 男たちはそれで満足したのか、再び盛り上がり始めた。
 既にこちらのことなど気にも留めていなかった。

 俺は肩をすくめて踵を返す。

 手続きを終えたニナは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
 一部始終を見ていたらしい。

「どうかした? 俺が殺さずに謝ったのがそんなに意外だった?」

「いえ……」

 ニナは大きく目を逸らす。
 図星のようだ。

 俺は苦笑しつつも、彼女を先へ促す。

「そんなことより、部屋は取れたんでしょ。早く行こう。さすがにくたびれたよ」

「は、はい! 分かりました」

 駆け足で階段を上るニナに続いて、俺も進んでいった。



 ◆



 外の通りも静まり返った深夜。

 部屋の扉が開いて、五つの人影が室内に侵入してきた。
 彼らは軽い身のこなしで、音もなく進む。
 そして二つのベッドのそばで止まった。

 人影はそのうち入口に近かった方を確認する。
 ひょっこりと毛布から出たニナの寝顔。
 それを目にした彼らは、すぐに興味を失って離れた。

 人影たちはもう一つのベッドへ近付く。
 そちらのベッドは、毛布が膨らんでいた。
 もぞもぞと中身が動く。
 顔や手足は見えない。

 彼らは短剣を構えると、一斉にその膨らみへと突き刺した。
 くぐもった悲鳴。
 白い毛布に真っ赤な血が滲む。
 短剣を引き抜いた彼らは、毛布を素早く剥いだ。

 そこにはスキンヘッドの屈強な男がいた。
 全身を刺された男は、折れた手足を縄で結ばれている。
 口には布が詰め込まれていた。
 スキンヘッドの男は、泣きながら呻きだす。

「なっ」

 人影が声を発した。
 微かなざわめきが広がる。
 明らかに動揺しているのが見て取れた。

 そこまでが、限界だった。

「やぁ、こんな夜中にご苦労様。さっそくだけど死んでもらうよ」

 彼らに贈るのは歓迎の言葉。
 天井の梁に掴まっていた俺は、ナイフを片手に人影たちへ襲いかかった。
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