第28話 割愛された剣聖

文字数 2,960文字

 陽気なメロディーの口笛を吹きながら、俺は開いた門へと闊歩していく。
 足取りは実に軽い。
 気分も良く、小躍りしたいほどである。

 片手は剣聖ルスアを引きずっていた。
 整っていた顔は、散弾で耕されて見るも無残なことになっている。
 四肢も半ばで切断されていた。
 こんな扱いをすれば文句の一つでも言ってきそうだが、既に死んでいるので大丈夫だ。

(うーん……楽しかったけど、少し物足りなかったかな)

 俺は顎を撫でつつ、直前の出来事を回想する。

 門前にて立ちはだかってきたルスアと戦ったわけだが、特に大きなトラブルもなく殺せてしまった。
 マリィとの一件で少し期待しすぎたのかもしれない。

 ルスアは間違いなく剣の達人だったし、実際に何度か刺されたり斬られた。
 だけど、所詮はそこ止まりなのだ。
 光る斬撃を飛ばしてきたり、空中を駆けるといったトリッキーさはあったものの、対処できないほどではない。

 何より致命的なのが、俺を殺すつもりが無かった点だ。
 たぶん捕縛する気だったのだろう。
 舐めてかかりすぎだ。
 おかげであっという間に押し切って殺害することができた。

 門の向こうから兵士や民衆が覗いている。
 そして、俺が引きずるモノを見て絶叫しだした。

「剣聖様が……ッ!」

「ああ、なんてことを……」

「衛兵! あいつを殺しちまえ!」

 様々な声が飛び交う。
 とりあえず調子に乗った発言をした奴は撃ち殺しておく。
 脳漿を散らして倒れたそいつを見て、民衆はさらにパニックに陥った。
 罵声を発しておきながら、反撃されないとでも思ったのだろうか。
 どれだけお花畑思考なんだと呆れてしまう。

 周囲に触発されたのか知らないが、兵士の集団が武器を構えてこちらへ接近してきた。
 おいおい、話が違うじゃないか。
 剣聖を殺したら中へ入れてくれる約束だったのだが。
 何ともいい加減な連中である。

「まったく、約束は守ろうよ」

 俺はルスアの死体を兵士に向かって投げ飛ばした。
 彼らが怯んだところへ、短機関銃の乱射を叩き込む。
 弾倉が空になるまで撃ちまくれば、兵士の死体の出来上がりだ。

 俺は後方を向いて手招きする。

 待機していたニナが馬車を発進させた。
 遠目にも分かるほど、ニナは顔色が悪い。
 体調が悪いというよりは、メンタル的な問題だろう。
 ただ、特に驚いたりはしていないので、俺がルスアを殺すことは予想していたものと思われる。

 俺が敗北するとは思っていなかったらしい。
 信頼されているみたいだね。
 今後も期待に応えていかなければ。

 俺は馬車に飛び乗った。
 手元の銃はいつでも撃てるようにしておく。
 どこから奇襲されるか分からないからね。

 そのまま馬車は街の中へと入る。
 通りには不気味な静寂が漂っていた。

 誰もいない。
 ただし、建物からは無数の視線を感じる。
 引きこもった民衆が覗き見ているのだ。

(鬱陶しいな……何か言いたいのなら、面と向かって言えばいいのに)

 一軒ずつ訪問して爆殺したい欲求に駆られるも、寸前で堪える。
 ここへは大量虐殺をしに来たわけではないのだ。
 仕事が最優先である。
 教団壊滅を遂行するまで辛抱しよう。

「これからどこへ行きますか?」

「まずは宿屋かな。馬車を置く場所が欲しいね」

 荷物は大事だが、常に馬車があるのも面倒だ。
 街中を移動するのには向いていない。
 あくまでも長距離移動として用いたい。
 どこか拠点になる場所が必要だろう。

 加えて破壊活動のリストには、教団の詳細な居場所が記載されていなかった。
 アジトがこの街にあるのは確かなのだが、特定には至っていない。
 つまり、アジトの場所を突き止めるところから始めなければならない。
 これも馬車を預けてから行う予定だった。

 通りを進む途中、俺は無人の露店から服を掴み取る。
 馬車のスペースに空きがあるので予備も含めて何着か拝借した。
 返り血ですぐに服が駄目になるんだよね。
 困ったものだ。

 俺の行動を目にしたニナが、遠慮がちに発言する。

「あの……盗みはいけませんよ?」

「今更でしょ。それより悪いことだっていっぱいしてるし」

 俺は思わず鼻で笑った。
 ニナは言葉に詰まるも、少し躊躇いながら呟く。

「……悪いことをしている自覚、あったんですね」

「当たり前だよ。失礼な」

 悪行だと理解した上で、俺は人間を殺している。
 生まれ持った衝動だからなぁ。
 こればかりはどうしようもない。
 呼吸みたいなものだ。
 意識どうこうで抑制できる類ではなかった。

 そんな話をしているうちに、良さそうな宿屋を発見する。
 宿泊に際する諸々はすべてニナに任せた。
 馬車と荷物を預かってもらい、すぐに部屋へ案内される。

 ちなみに宿泊費は無料になったらしい。
 素晴らしい宿屋だな。
 良心的すぎる。
 ルスアを始末したのが効いたのだろう。
 そういう意味では、彼の死にも多少の価値はあったかな。

 俺とニナは部屋で小休憩を取る。
 グラッタからここまで、ほぼノンストップで移動してきたからね。
 特に馬車を操っていたニナは疲れているだろう。
 大事な銃火器補給係なので、ある程度は労わらないといけない。

 俺は血塗れの服を捨ぎ捨てた。
 身体には過去の縫合痕や痣に加えて、ルスアから受けた新しい傷がある。
 抉れて血が滲んでいるが、内臓は傷付けられていない。
 そこは上手く避けていたからね。

 さっそく手持ちの道具で消毒しながら傷を縫って塞いでいく。
 慣れた作業なのでテンポよく進めていけた。
 背中などのやりにくい箇所はニナに任せる。

 治療が済んだところで、俺は新しい服に着替えた。
 黒シャツに黒ズボンだ。
 ズボンのベルトには、拳銃を挟み込む。
 足首にも別の拳銃を括り付けた。
 ズボンの裾で一見すると分からないように工夫する。
 他にも各所にナイフや手榴弾を忍ばせた。

「ん?」

 ふと視線を感じて顔を動かす。
 横で着替えを眺めていたニナが、何とも言えない表情をしていた。

「どうかした?」

「それだけ負傷しているのに、痛そうにされないのが不思議で……平気なんですか?」

「ああ、そんなことか」

 俺は縫合を終えたばかりの身体を軽く動かす。

 まだ痛みはあるが、それだけだ。
 別に耐えられないこともない。
 元の世界では、麻酔なしで手術を受けたことだって何度もあった。
 昔から痛みには強いのだ。

 その旨をニナに伝えると、彼女は難しい表情で考え込む。

「……ササヌエさんのことで一つ仮説があるのですが、聞いていただけますか? 勇者の特殊能力に関することです」

 ふむ、それは気になる。
 休憩ついでにご教授願おうか。
 俺はベッドに腰かけながら微笑む。

「いいね。続きが聞きたいな」

「ありがとうございます。これまでのササヌエさんを見てきた上での考察です。あくまでも推測の域は出ませんが……」

 そんな前置きを挟んで、ニナは話を始めた。
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