第7話 殺人鬼の独壇場

文字数 2,800文字

 迫り来る団長。
 彼は大盾を前に突き出した姿勢を取っていた。
 さらに戦鎚を高々と掲げている。

(突進の勢いと大盾によって前面からの攻撃をガード、そこから怪力に任せた戦鎚の一撃……か)

 非常にシンプルだが理に適っていた。
 故に対策を取り辛い。

 俺は真横へ跳んで回避した。
 団長がすれ違いざまに戦鎚を振るってくる。
 唸りを上げるそれを、俺は剣の腹に沿わせるようにして受け流した。

「…………ッ」

 しかし、衝撃を殺し切れずに弾き飛ばされる。
 地面を滑りながらも、俺はなんとか体勢を立て直した。

 握ったままの剣には、小さな亀裂が走っている。
 さっきの受け流しだけでこれか。
 まともに防ごうとすれば木端微塵だな。
 凄まじい剛力である。

 俺は衝撃で痺れる両腕を軽く振った。

(さすがは勇者。戦闘能力は伊達じゃない)

 勇者の特殊能力【不破】も面倒だ。
 盾や鎧が壊せないというのは本当だろう。
 実際に攻撃したので分かる。

 あれのせいで正面突破での殺害は不可能であった。
 鎧を剥げればその限りでもないが、団長が大人しくしているはずがない。
 突進を繰り出せる間はまず無理だと考えた方が良さそうだ。

(――まあ、倒せないこともないな)

 様々な可能性を考えた末、俺はそう結論付ける。
 脳筋の勇者には、自らの愚かさを知ってもらおう。
 圧倒的な暴力はそれ以上の暴力で捻じ伏せる。

「どうした! その程度の実力かッ!」

 調子に乗った団長が三度目の突進をかます。
 飽きもせずに同じ戦法だ。
 このまま押し切れると判断したらしい。

「……もう見切ったよ」

 俺は団長に向けて跳躍した。
 拳銃を抜いて素早く三連射を披露する。
 見事、全弾が団長の兜に命中した。

「ぐぉっ!?」

 団長が僅かに怯む。
 被弾の音と衝撃に驚いたのだろう。
 その隙を逃さず、俺は掲げられた戦鎚に掴みかかろうとした。

「させるか!」

 やや荒い動きながらも、団長が大盾で殴り付けてくる。
 怪力によって繰り出されたそれは、並々ならぬ威力を持っているだろう。
 戦鎚と比較しても大差はあるまい。

「まっ、当たらなければいいんだけどねっ」

 俺は剣で大盾の表面を突くと同時に、そこを起点に跳躍した。
 棒高跳びの要領だ。
 無理な使い方で剣が折れるも、大盾を躱すことに成功する。

 そこから戦鎚が振り下ろされる前に、その長い柄の部分を掴んだ。
 動く前なら脅威ではない。
 俺は空中で両脚を揃えて、団長の顔面に蹴りを叩き込む。

「ごあああぁっ!?」

 団長が大きく仰け反ってたたらを踏む。
 そして派手に倒れた。
 濛々と舞う土煙。

 それを横目に俺は軽やかに着地する。
 手には戦鎚があった。
 蹴りを入れた際に奪い取ったのだ。

「よしよし、これが欲しかったんだよね」

 俺は愛おしそうに戦鎚を撫でる。

 壊れない鎧があろうとも、内部に衝撃は通る。
 射撃や飛び蹴りがそれを証明していた。
 【不破】とて無敵の能力ではないのである。

 団長が緩慢な動きで立ち上がった。
 足取りが少し怪しい。
 俺のキックが効いているようだ。

「無敵の防具が壊せないのなら、中身をシェイクしてやるよ」

 俺は戦鎚を肩に担いで床を蹴る。
 武器を失った団長は大盾で殴りかかってきた。

「うがああああぁぁッ!」

「おっと、危ない」

 俺はフェイントを織り交ぜたステップで回避する。
 大盾の脇を走り抜けて、やや前かがみの団長の顎を戦鎚で打ち抜いた。

 小気味よい金属音。
 苦しげに呻いた団長がよろけ、大盾を取り落しそうになる。
 しかし寸前で踏ん張って、空いた手を横薙ぎに振るってきた。

「おいおい、空振りばかりじゃつまらないよ?」

 俺は宙返りで躱して、抜き放った拳銃で団長の側頭部を撃つ。
 これもやはり弾かれたが、反響する音や衝撃は防げていないはずだ。

 事実、団長は無防備に立ち止まって下を向く。
 超過した苦痛に、動きが露骨に鈍っていた。

「はい、もういっちょ」

 俺はその場でぐるんと回転して、フルスイングの戦鎚で団長の顎をかち上げた。

 重苦しい全身鎧が僅かに浮く。
 尻餅を突いた団長は怒りも露わに叫んだ。

「ぐぬぅ、卑怯なッ!」

「相手が律儀に戦い方を合わせてくれるとでも? お前は決闘と言ったが、俺は殺し合いをしに来ているんだ。なんだってやるさ」

 涼やかに答えながら、俺は団長をひたすら戦鎚で殴り倒す。
 一切の遠慮などしない。
 徹底的に嗜虐心と殺意を込めて全力で凶器を振り下ろし続けた。

 今までこの勇者は、壊れない盾と鎧を活かした戦法を取ってきたのだろう。
 守護の勇者という名に見劣りしない実力者ではある。

 しかし、所詮はその程度だ。
 相手が同じ土俵で戦ってくれるという保証の上に成り立つ強さに過ぎない。

「この、下郎が……ッ」

 辛うじて立ち上がった団長の大盾が仄かに発光する。
 危険を察知した俺は後方へ飛び退いた。

 直後、大盾から大量の光の針が発射される。

(まだ奥の手を隠していたか……)

 俺は回避行動を取るも、右脚と脇腹と左肩に一本ずつ食らった。
 鋭い痛みが走る。
 冷やしたナイフで刺されたような感じだ。
 俺はそれらを引き抜いて捨てる。

 傷口から僅かに出血して衣服を濡らす。
 貫通もしていないし、大した傷ではない。
 後で縫えば済む程度だった。

 俺は負傷を気にせず団長に接近して、戦鎚での攻撃を続行する。
 ただし、今度は光の針を警戒しながらだ。
 さすがに急所に受ければ死んでしまうからね。
 至近距離なので尚更注意しなくては。

 殴り続けること数分。
 俺の前には、無様に倒れた団長が倒れていた。
 度重なるダメージで脳が揺れ、立っていることが困難になったみたいだ。
 既に気を失っている。

「ふむ、あとは鎧を剥がして仕留めるだけだね。それで俺の勝ちだ」

 戦鎚を下ろして団長に触れようとしたその時、周囲から叫び声が上がった。

「そこまでだ! 団長に触るなッ」

「クソ野郎がッ! 今すぐに殺してやる!」

「もう我慢ならねぇ……! 王殺しの畜生めッ!」

 観戦していた騎士たちが激昂していた。
 彼らは威勢よく啖呵を切ると、仕切りを越えて雪崩れ込むようにこちらへ殺到してくる。

「――素晴らしい。団長想いの部下じゃないか。歓迎するよ」

 ギリギリまで痛め付ければ来るかと思ったけど、案の定のリアクションだな。
 実に単純でいい。
 途中から物足りないと思っていたんだ。
 質も大事だが、やはり量も欲しい。

 俺は戦鎚を手に笑みを深めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み