第96話 新しい組織の設計図:2024年2月

文字数 3,511文字

(タスクフォースが作業を進める)
2024年2月。東京。T商事オフィス。タスクフォース室。
タスクフォースのトップのリンカーンが口を開いた。
「現行のジョブリストのデータは上がってきています。これから、ターゲットの新組織について、検討を始めます。今回は、留意点を提示します。これをもとに、現行のジョブリストのコアの部分だけを拾い上げる新組織を考えます。新組織の構成図への意見は、クラウド上の原案に、コメントを書きこんでください。コメントを参考に、2日ごとに、修正案を作成します。この作業を3回繰り返せば、1週間で、大きな見落としのない組織図を作ることができます。ただし、目指す方向が違うと意見集約はできません。この点を考えて、最初の原案は3種類を用意しています。
第1の原案は、システム指向です。
第2の原案は、カスタマー指向です。
第3の原案は、技術開発指向です。
この3つを優先して、3種類の組織案を作ります。そして、1週間後に、この3つを比較検討してまとめていきます。
もう、ひとつの視点は、プロジェクト・ベースの組織を考えることです。共通の支援部門を除く組織は、プロジェクト・ベースで、モジュール化する方向で考えます。現行のジョブリストから、プロジェクト・ベースの組織モジュールが作られますが、このモジュールは現在のビジネスのやり方に対応した一時的なものであると考えてください。
質問はありますか」
手が挙がった。リンカーンが指した。
「現行のジョブリストを削りすぎてもよいのでしょうか」
「実は、経験的に、ジョブリストにもパレート則が成立すると言われています。全体アウトカムズの8割は、2割のジョブリストが生み出している推定できます。ポイントは、コアの2割を外さないことです。このためには、T商事出身のタスクフォース・メンバーに精査をお願いします。2割のコアが外れなければ、削りすぎは大きな問題にはなりません。

削除するサイズを理想に完全に合わせることはできません。1年くらいたって、削りすぎの部分が半分、削り足りない部分が半分程度が理想です。削りすぎを恐れる必要はありません。状況がはっきりしてから、あとで、修正はできます。
また、こうしたジョリストの管理と入替を容易するために、ジョブリストに、収益性、新規性・将来性、成長速度などの複数の項目でスコア付けましょう」
「他に、質問は。無ければ、原案にコメントする作業を始めてください。なお、コメントの根拠となるエビデンスへのリンクを必ず付けて下さい」
ゼロリセット計画を実行する上で、大きな問題が2つある。
第1は、システムの再編の問題である。レガシー・システムをクラウド・システムに入れ替える必要がある。ここでは、鈴木が悩んでいた人の組織の問題は無くなったが、システムの開発の時間と切り替えの時間が必要になる。システムの開発は、最初は、レガシー・システム・レベルからスタートして、ダマスカス対策を考えたレベルまで機能アップを図る。レガシー・システム・レベルに対応する新システムの開発には、数か月は必要である。つまり、新システムが出来るまで、レガシー・システムを休止はできない。一方、社内には、レガシー・システムの担当は、作りたくない。そうなれば、レガシー・システムは、使用が完全に終わるまでは、別会社でメンテすることになろう。
第2は、解雇問題である。リセット時には、当面、全社員を再度暫定雇用することになるが、1年以内に、社員数を半分にして、平均給与を2倍にしたい。このためには、転職支援が必要になる。今までは、早期退職をしても、労働市場がなかった。しかし、ユニバーサル・ジェンダー計画で、ジョブ型雇用の企業が増えれば、労働市場が形成される。そうすれば、問題は解決される。しかし、日本人は、年功型雇用で働いている人が多く、労働市場が理解できない認知バイアスがあると思われるので、詳しく述べよう。
まず、企業はセーフティネットではない。ゼロリセット計画では、年功型雇用で、後払いになっている賃金は、退職金のような精算金を支払って整理する。この時点で、企業には、元いた労働者を雇用する義務はなくなる。もちろん、年齢が上がると、何もしなくても賃金が上がるという怠惰な仕組みで、自分自身を磨いてこなかった人の転職条件は厳しくなる。しかし、これは、見方を変えれば、生産性の高い他の人から搾取してきたことであるから、人権侵害である。したがって、許容出来る話ではない。搾取は、幹部にもある。年功型雇用で、年齢が高いだけで、能力が不十分な幹部は、十分に仕事ができないのだから、他の人から搾取をしている。つまり、年功型雇用は、人権侵害を許容している。組織が個人より優先するという思想は、全体主義で、人権侵害の原因である。日本国憲法は、「公共の福祉に反しない限り、すべて国民は、個人として尊重される」としている。
それから問題を一企業に止めて考えてはいけない。労働市場があるという前提でものを考える必要がある。一企業では、市場にならない。昔、米国で、HAL社は、毎年成績の悪い方から、1割の人間を解雇していたことがある。その事例を紹介していた日本の雑誌の記事は、1割もクビになるのは厳しいという見方であった。ここには、年功型雇用による認知バイアスがある。もしも、毎年、社員の1割が募集されるのであれば、転職する側から考えれば、労働市場に、社員の1割の数のチャンスが出ることになる。T商事では、平均給与を2倍にすることを目論んでいる。もしも、HAL社の給与が、働いている会社の2倍であれば、今働いている会社を辞めて、HAL社で働くことが経済的に合理的な行動である。また、これだけの数の求人が、労働市場に出て来れば、女性優先枠を使った大勢の女性の採用も可能である。HAL社は、1割を解雇するが、代わりに、より優秀な人材を1割得ることが出来る。しかし、これが可能なためには、社員の給与が高くなければならない。つまり、労働生産性の低い、給与の低い企業は、まともな社員を集めることができず、淘汰されてしまう。IT化は、労働生産性に結びつくので、IT化の遅れた企業は、人を集めることができず、淘汰される。社員の1割を解雇するのは厳しいように見えるが、これは、経営者にとっても厳しい条件なのである。日本には労働市場がないので、給与が安くても辞められないので、社員が、逃げ出さないのである。それをいいことに、生産性の向上を図らないCEOも多い。結果として、安い給与に甘んじることになる。社畜という言葉もあるが、これから見ても、年功型雇用は、人権侵害の奴隷制度と言えよう。
したがって、解雇問題の解決は、労働市場を早く創る点に尽きる。言い換えれば、多くの企業が同時にジョブ型雇用に切り替えれば解雇問題はないが、特定の企業だけが先行して、ジョブ型雇用に切り替えると、労働市場がないため、失業者の再就職が難しくなる問題が生ずる。これを、ジョブ型雇用のフライング問題と呼ぶとしよう。解決策は、フライング期間の短縮とフライングに伴う不平等の是正である。この問題は1企業では解決できない。
ユニバーサル・ジェンダー計画によって、フライング期間は短縮しているが、まだ、不十分である。フライングに伴う不公平は、ジョブ型雇用に移行するまでの一時的な問題であるから、公的助成をしても、それによって生ずる財政負担も一時的である。この問題は、政府が、非ジョブ型雇用をしている企業に法人税を上乗せして、その財源で、ジョブ型雇用への移行によって発生した失業者に対するセーフティネットを提供し、再教育のための助成をすることで解決が図られた。もちろん、タスクフォースにはそんな力はない。タスクフォースは、ゼロリセット計画タスクフォース・レポートを毎週出して公開していた。そのレポートで、ジョブ型雇用のフライング問題を取り上げた。そのレポートを受けて、政府が対策を進めたのである。情報を公開して、皆で社会を変えていくことが、民主主義の基本である。ここでは、民主主義の良い点が発揮された。
まとめておくと、失業問題を、企業が抱えてはいけない。それでは、企業がセーフティネットの状態から抜け出せない。正規社員と非正規社員の身分制度もなくならない。失業に伴うセーフティネット問題は、企業ではなく、政府の問題である。セーフティネット対策で、短期的には、政府の負担が増えるが、企業が労働生産性を上げて、競争力を高められれば、中期的には、税収が増えるので、バランスがとれるはずである。
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