第64話 総合システム移行計画の設計:2023年6月

文字数 1,837文字

(鈴木は、総合システム移行計画の設計に着手するが、難題があった)

2023年6月。東京。T商事オフィス。

総合システムへの移行計画は難題だった。難題というのは、技術的な問題ではない。組織との折り合いのつけ方である。最終的な出口は明快である。ダマスカスと同等、または、ダマスカスを超えた利便性のあるシステム構築だ。しかし、この最終兵器を提案する訳にはいかない。最終兵器を提案すれば、明日から来なくてよいと言われる人が多数出る。そうなると、社内で支持を得られない。たから、ダマスカスには、勝てないが、現在より少しマシなステップ1のシステムを作る。とりあえず、それを動かしながら、退職などで、人が減ったら、生首を順次システムに置き換えていく。これが、ある程度進んだら、次にステップ2のシステムに移行する。こうして、階段を一段ずつ上って行けば、いつかは、最終兵器に到達出来る。もちろん、その間に、ダマスカスは更に進化して、差が大きくなってしまうかもしれない。そうなって、会社がつぶれそうになれば、システム化の階段を駆け上ることになるだろう。要点は、最終兵器は、頭の中にだけおいて、それを持っているそぶりをしないこと、改革を小出しにすることだ。

組織改革が進まない原因は、現在の幹部にもあるが、幹部も、改革が必要なことはわかっている。日本では、会社がつぶれそうにならない限り、解雇すると裁判に負けてしまう。もちろん、解雇に該当する条件を雇用時に明示しなければ、不当な解雇か、そうでないかは分からない。だから、年功型雇用を採用している企業では、解雇は難しい。しかし、このやり方だと、企業が沈没しそうになるまで、解雇できない。そこまで、追いつめられれば、企業の再生が難しくなるのは当然だった。とはいえ、解雇に対する裁判をうけて立っているHAL社でも、裁判に勝てないのだから、解雇はご法度である。ちなみに、HAL社は、言うまでもなく、ジョブ型雇用である。

問題は、ステップ1の設定である。汽車の連結器では、古い連結器で運行しながら、各車両に、新しい連結器を配置して、人海戦術で、瞬時に置き換える方法が採られた。レガシー・システムは、古い連結器に、クラウド・システムは、新しい連結器に相当する。つまり、連結器の切り替えは、レガシー・システムと、クラウド・システムを並べておいて、ある日に一気に、切り替える方法に相当する。銀行の自動支払機でイメージすれば、古い支払機が並んだ壁と反対側に、新しい支払機を並べて、使用する支払機の列を入れ替えるイメージになる。

しかし、このイメージでは、クラウド・システムのインターフェースを、レガシー・システムに合わせて開発することになる。レガシー・システムをクラウド・システムに入れ替える場合、インターフェースは、クラウド・システムの世界統一方式にしたい。そこで、考えたステップ1を、自動支払機のイメージで説明してみる。

従来の自動支払機の隣に、クラウドのインターフェースの自動支払機を1台並べる。ユーザーは、どちらの自動支払機を使っても構わない。クラウド・システムと、レガシー・システムの間には、ネットワーク接続はない。そうすると、クラウド・システムで、口座から現金を引き出した場合には、レガシー・システムの口座のデータは更新されない。全銀システムでも、他行への送金には時間がかかることがある。全銀システムの他行送金は、タイムラグが大きく、定時作動システムになっている。これは、10分毎、あるいは、1時間毎に、通信して、データ更新をするイメージである。これだけ、データ更新のタイムラグを大きくとれれば、テータ転送で、疑似的な、ネットワークを作ることが出来る。つまり、ステップ1では、クラウド・システムを並べて、レガシー・システムと疑似的につながった環境を実験的に作ってみることにした。
しかし、これは、自動連結器の切り替え問題ではない。輸送手段が鉄道から、自動車に切り替わったようなものだ。鉄道システムの中で、いくらIT化を進めても、自動車システムとは競争にならない。ITよりも組織の問題ではないか。
あるいは、鉄道でも、自動車でも、構わない。車両が走っている状況をイメージして見よう。左側の車輪は、組織で、右側の車輪が、ITではないのか。片側の車輪だけを取り替えたら、車両は、走らなくなってしまう。
このように、問題は明らかだが、現在できるのは、ステップ1の実験だけだった。
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