第46話 ワイナリー :2023年5月

文字数 1,386文字

(南山洋子は、駿河大輔の実験フィールドのワイナリーを見学する)

2023年5月。東京郊外のワイナリー。

「洋子さん。あのブドウ畑が、僕のフィールドです」
大輔は、シャトーの南に広がる一連のブドウ棚をさした。
「ここは、広くて見晴らしもよいですね。それに、風の気持ちのいいこと」
洋子は、大輔の方を見ながら言った。
「最近は、日本のワインも、世界的に、評価が上がってきているんです。でも、ITを使えば、まだまだ、改善の余地があると思うんです」
「ここのワイナリーにも優秀な杜氏がいるのかしら」
「ワインの場合にも、醸造責任者はいます。でも、日本酒と違って、ワインは、ブドウ作りから始めるのです。まずは、よいブドウが作れないと、良いワインは作れません。よく、安いワインは、ブドウを畑で選ぶ。良いワインは、ブドウを房で選ぶ。一番良いワインはブドウを粒で選ぶといいます。本当にワインに良いブドウは少ないんです。
このワイナリーは、わが社の栽培管理システムの実験場です。所有者の許可を得て、あの一角だけですが、システムを入れています。ブドウの木、ブドウの房の全てが、30分毎にモニタリングされています。ブドウの灌水量、肥料、土入れ替えは、モニタリング結果に基づいて、一本一本最適化する予定です。現在は、そのためのデータ収集とデータベースづくりをすすめています。
ブドウは一房、一房モニタリングされ、一房毎にベストの時期に収穫されます。現在の打率は、まだ、目標の60%に止まっていますが、3年以内には、90%以上に出来ると思います。この打率90%が達成できれば、今まで、粒で選んでいたのと同じレベルの良いブドウを房で得ることが出来るはずです。つまり、高級ワインの味を誰でも楽しめる時代に、少し近づく訳です」
「私にはどのブドウも同じにしか見えないけれど、本当に差があるのかしら」
「AIのモニタリングも一瞬だけを切り取れば、洋子さんとあまり変わりませんよ。
モニタリングシステムは、30分毎の画像を並べることで、ブドウの房に起こっている変化を計測することができます。つまり、ブドウの房の熟成の速度がわかる訳です。このデータを使えば、ブドウが今、どこまで、熟しているかだけでなく、いつが、収穫の適期になるかも正確に予測できます。どうです。シャトーから降りて、少し、ブドウ畑を散策しませんか」
「ええ。いいわ。下に、降りましょう」

大輔は、洋子を栽培管理システムの方に案内した。ブドウ棚の間に、カメラやマイク、日照や水分センサーなどが配置されていた。

「集めたデータのうち、現在、活用できているのは、5%以下です。あとの95%は、一見無駄のように見えますが、今後の解析で使えるかもしれないと思って採っています。例えば、役に立たないと思っていた画像が、病害虫にやられると、ブドウが健康の時の基準画像になります。また、天気が良ければ、1日一度、自動運転で飛ばしているドローンの画像とのクロスチェックにも使っています。こうしたデータ分析は、データの山から、意味のある情報を引き出してくるという点では、遺伝子解析にも似ています」

洋子はこの話を聞いて、心の中で思った。
「そうだわ。ITの基本は、データだわ。ともかく、リアルのデータを集めて、そこから、出発するしかない。データが集まってくれば、また、別の道が見えてくるかもしれない」

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