第83話 日本経営連の会議:2024年1月

文字数 1,794文字

(日本経営連で、T商事の提案案件が検討される)
2024年1月。ネット会議。
ネット会議システム のスイッチが入った。
日本経営連の会長の長門が口を開いた。
「皆様、株価の変動対応で、お忙しいところを急に、呼び出して申し訳ない」
「議題は、T商事の杉川社長からの依頼事項だ。T商事は、株価対策として、組織改革を考えておられる。
依頼内容は、その方法が違法かどうか検討して欲しいというものだ。
検討して欲しいという意味は、他に方法がないので、実質は、日本経営連に、合法だというお墨付きをとってほしいという要請だ」
ユーラシア製鐵の小川会長が、発言した。
「それで、その組織改革とはどんな方法ですか。株価対策になる、良い方法があれば、うちでも考えたい」
長門会長が言った。
「諸君は、米国の航空業界の再編を覚えておられるか」
H化学の栗川会長が言った。
「それは、随分大昔のことで、詳細は、分かりませんが、ビジネススクールの教材にあった気がします」
長門会長が言った。
「かいつまんで言えば、こういうことだ。
X航空会社が、パイロットやフライトアテンダントの人件費に悩んでいた。新興のV航空は、パイロットやフライトアテンダントの給与が安く、価格競争で、勝負にならず、航空券が売れない。このままでは、つぶれてしまうので、給与を下げたいが、簡単にはできない」
S電気の山川会長が言った。
「それって、今のわが社の問題と同じですね。でも、解雇したら、裁判で負けてしまう」
長門会長が言った。
「そうだ。会社があれば、裁判には勝てない。
しかし、会社がなければ、裁判はできない。
だから、一度、会社をつぶしてしまう。
そして、新会社を立ち上げて、選んで、再雇用する」
山川会長
「なるほど、それなら、裁判は関係ない」
長門会長
「再雇用の時の給与は前の半分だ。こうすれば、給与の安いV航空とも勝負出来る」
小川会長
「魔法のような素晴らしい方法ですな」
長門会長
「しかし、この方法は時間がかかりすぎる。また、株価対策としては、会社をつぶすわけにはいかん」
小川会長
「つまり、今回の株価対策としては、会社をつぶす、この方法は使えないというわけですね。それで、妙案はありますか」
長門会長
「会社をつぶす代わりに、一瞬の真空をつくって、組織を不連続にしたいというのが杉川会長のアイデア、正確に言うなら、筆頭株主のアイデアだ。
皆さんもご存じのように、年功型雇用は、世界でも例のない日本の特異な慣行だ。2015年頃から、新規採用については、年功型雇用を止めている会社もあるが、年功型雇用を卒業するには、40年かかる。まだ、30年分の在校生がいる。これでは、変化についていけない。今までも、コロナウイルスの影響などで、極度に業績が悪化した場合には、早期退職や、解雇をした例はある。しかし、そこまで、経営資源がひっ迫すると、業績の回復は困難で、現状維持ができればいいところだ。問題は、そこまで追い込まれる前に、打つ手があるかということだ」
山川会長
「いつもの愚痴にもどりましたな。それで、真空状態って、何ですか」
長門会長
「全役員と全従業員が一旦全員、退職する。そして、ジョブ型雇用で、再雇用する。つまり、一瞬だが、会社に、人が誰もいなくなる」
長門会長を除く全員が
「ええーっ?」
と驚きの声をあげた。
長門会長
「もちろん、一瞬で、組織改革が出来るわけではない。その前後には、大株主の推薦者の入った、タスクフォースが、グルー(つなぎ)の役割を果たす」
山川会長
「つまり、一瞬の真空のときに、会社支配しているのは、タスクフォースっていうことですか。それで、大丈夫ですか」
長門会長
「皆さんも、ご承知のように、今回の株価の下落は、尋常ではない。他に、名案がなければ、試してみるしかないと思うが、どうかね。この真空をつくる方法を、T商事では、『ゼロリセット計画』と呼んでいるらしい。ここで、『ゼロリセット計画』は違法だということで、封印してしまえば、皆さんの会社も、使えるカードを1枚減らすことになる。したがって、長門としては、杉川社長の意を酌んで、合法であるというお墨付きを得るように、行動したいと思う」
長門会長が、ズームで参加者の顔を見渡した。
「異議のある人はいますか」
沈黙がひろがった。
「それでは、了解を得たものとして、お墨付きを得るべく、活動します」
ネット会議システムのスイッチが切られた。
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