第95話 タスクフォース活動開始:2024年2月

文字数 4,035文字

(ジョン・リンカーン・チーム長が、タスクフォースの説明を始めた)

2024年2月。東京。T商事オフィス。タスクフォース室。
「タスクフォースの皆さん。お早うございます。タスクフォースの業務連絡は、今後、ネット経由でなされます。しかし、今回は第1回目なので、リアルの会議を設定しました。正午まで、説明と質疑応答を行い、そのあと、皆でランチをとって、解散する予定です。
このタスクフォースの活動期間は、最大でも3か月の予定です。短い期間ですが、良い仕事が出来ることを期待しています。
最初に、タスクフォースの組織構成を説明します。タスクフォースは、組織設計サブチームと制度設計サブチームに分かれます。制度設計サブチームは、組織設計サブチームが提案した新組織を法律や社内規約に移して、実行可能にする裏方です。制度的に難しい問題があれば、組織設計サブチームにフィードバックすることもあります。2つのサブチームには、3または4名のコアメンバーをおいています。
組織設計サブチームは、3名のコアメンバーからなります。3名には、AAパートナーズに依頼された組織設計専門のグリーンランド・コンサルタントの出身者、T商事の出身者、AAパートナーズの出身者です。
制度設計サブチームは、4名のコアメンバーからなります。上記の組織出身者に加え、弁護士を1名入れています。
コア以外のメンバーは、グリーンランド・コンサルタントの出身者、ITコンサルタントの出身者、T商事の出身者からなり、AAパートナーズの出身者は含まれません。
私は、グリーンランド・コンサルタントの出身で、制度設計サブチームのトップと2つのチームを合わせた全体のトップを兼ねています。
タスクフォースは、組織設計の全権をもっています。ただし、暴走が起こらないように、2つの安全装置が設定されています。
第1の安全装置として、タスクフォースの検討過程は、すべて、保存され、1年後に、第3者のチェックを受けます。また、タスクフォースのメンバーは、チームが解散後、3年間は、T商事とその関連会社には、就職できません。皆様、メンバーに就職するときの契約書で、この件の説明を受けていると思います。
第2の安全装置として、AAパートナーズとT商事は、組織原案について、意見を提出できます。これは、改善の余地がある場合には、意見を取り入れるためです。意見には、必ず、バックデータが添付されます。タスクフォースは、意見に従う義務はありません。ただし、理不尽に意見を無視した場合には、第1の安全装置によって、1年後に、責任追及されます。ただし、第2の安全装置が起動して、組織案を改定するのは、余程、大きな欠陥が見つかった場合に、限られます。通常の作業では、第2の安全装置を意識する必要はありません。
第3の安全装置は、最高裁判所のアドバイスに従って、毎週タスクフォース・レポートを出して、可能な限り情報公開によるチェックとアドバイスを受けることです。
ここで、説明を区切ります。質問はありますか」
「タスクフォースのメンバーは、固定なのでしょうか。途中で、助っ人が、追加されることはありますか」質問が出た。
「基本は、固定で考えています。しかし、タスクフォースの活動期間が短いので、制度設計サブチームには、労力不足で、追加メンバー必要になることは考えられます。一方、組織設計サブチームには、その必要はないでしょう。他に、質問はありますか」
リンカーンが、参加者を見回したが、手は挙がっていなかった。
「それでは、本題の組織設計作業のグランドデザインの説明をします。
スクリーンを見てください。左が、現在のT商事の組織、右が、これから設計する新組織です。左の下半分にジョブリスト例がのっています。右の下半分にも新しい組織のジョブリスト例のイメージがのっています。スクリーンに映っている左側のジョブリストは、サンプルでごく一部です。T商事の協力を得て、現在の組織の全てのジョブリストが、提出されています。少しずつ、進みましょう。ここまでで質問はありますか」
手が、挙がった。リンカーンは指名した。
「ちょっと待ってください。3か月で、右側のジョブリストが作れるとはとても思えません。これは、本当に、実行可能でしょうか」
「良い質問です。今回の説明会のポイントは、まさに、その点にあります。
良く行われる組織のIT化では、次のようなものが多いと思います。
第1は、左側のジョブリストひとつひとつに、ITツールの適用を考えて、バージョンアップしたジョブリストを右にコピーする方法です。
第2は、右に、IT化された組織の図を作って、その右の組織の下に、左側の旧組織のジョブリストを当てはめていく方法です。一種のジグソーパズルを解くやり方です。
この2つの方法では、ご質問のように、気が遠くなる作業が必要になります。3か月で、仕上げることは不可能です。
困難は、新組織が、旧組織の全てのジョブリストに対応するため発生します。ジョブリストの減量化が必要なのです。
自分の行っている仕事は不要であると思っている人は誰もいません。ですから、現在の組織を生かしたままIT化を進めると、ジョブリストは減りません。自分の行っていることは価値がないとか、自分の行っていることは間違っていると確信すれば、自殺が合理的な行動になります。それでは、人類はいなくなってしまうので、進化の過程で、誰もが、無条件に自分が一番正しいと思うような遺伝子コードが組み込まれています。これは、心理学では、認知的不協和と呼ばれる現象です。
つまり、IT化に向けた組織の自己改革が成功することは、遺伝子コードからはありえません。これが、今回のタスクフォースが有効に働く、理論的な背景です」
スクリーンのスライドが切り替わった。説明が続いた。
「このスライドは、前のスライドとほぼ同じですが、1点だけ違いがあります。右の新組織のジョブリストの下に、ゴミ箱がついています。つまり、旧組織のジョブリストで、不要なものは、ここに入れます。ここまでで、質問がありますか」
後方の座席から、手が挙がった。リンカーンは指名した。
「どの程度のジョブリストを削除すればよいのでしょうか。あるいは、どの程度のジョブリストが削除可能でしょうか」
「その質問に対する答えには、2つの視点があります。
第1に、ジョブリストを3割削減した場合と5割削減した場合を、考えてみてください。もちろん、5割削減するのは、あなた仕事の半分は不要だということですから、旧組織では反対者が出ますが、その点は、とりあえず忘れて、新組織だけのことを考えます。どちらのケースの方がより労働生産性が高いと思いますか」
「それは、5割になりますが」質問者が不安そうに答えた。
「そうです。削減率が、高いほど、組織改革は成功したと言えます。このことを頭において作業をしてください。
第2は、スライドなどの表現の問題です。スマホを使えば、窓口業務の9割は不要でしょう。その改革を図に表す場合、窓口業務が、スマホ処理に置き替わったという対応をわかるように書く方法と、窓口業務をゴミ箱に入れ、新規にスマホ処理を書く方法があります。対応がわかっても、格段の価値はありませんから、作業としては、ゴミ箱に入れる方が簡単です。ですから、タスクフォースは、ゴミ箱を活用するようにしてください。この表記では、対応を示す場合より、削減率が大きく出ます。削減されたジョブはスマホ処理のように形を変えて再生していることがあります。ただし、窓口業務の膨大なコスト削減が表現されていますから、ゴミ箱を使った簡単な表示の方が合理的です。他に質問はありますか」
今度は、一番前の席から、手が挙がった。リンカーンは、指名した。
「仕事が減った場合には、解雇される人が出るのでしょうか」
「その質問は、T商事を辞めてきた皆さん自身に対する質問でもありますね。現在の日本は、『労働市場がないから、解雇できない』、『解雇しないから、労働市場ができない』という卵とニワトリの関係になっています。一方、日本経済は、崩壊しつつあり、治安も悪化しています。これを見れば、将来の早い時点で、労働市場が出来るでしょう。チームの皆さんに検討して頂く、T商事の新しい組織はジョブ型雇用になります。専門性が高く、経済価値の高いジョブには、高給が支払われます。誰にでも出来る仕事の給与は低くなります。つまり、新組織になった時には、強制的に解雇されるのではなく、自分の仕事と給与が見合わないと考える人は、自発的に辞めて次の職を探すはずです。T商事を辞めて、タスクフォースに参加された皆さんは、タスクフォース解散後に、仕事が見つからない場合には、1年間の最低限の収入が保障されていると思います。これは、労働市場が出来るまでの保険です。新しいT商事の組織にポストが見つからない人にも、それに準じるような移行措置が望ましいのかも知れません。しかし、今回のタスクフォースの結果が成果を上げれば、ジョブ型雇用への移行は決定的になり、労働市場が形成されるまでの時間は短いと考えています。この点の詳しい検討は、制度設計サブチームの大きな課題です。
最後にまとめておきますが、タスクフォースのミッションは、現在の組織を、IT化に適応したジョブ型の労総生産性の極めて高い組織に再編することです。社員数は減りますが、平均給与は現在の2倍以上を目標にしたいと思います。以上で、今回の説明を終わります」
鈴木は、「ふうっと」溜息をついた。
これこそ、自分が、やりたくて出来なかったこと、そのものに思われた。鈴木は、タスクフォースに参加できた喜びをかみしめていた。これは、一世一代の大仕事だ。自分の生涯で、これほどやりがいのある仕事が出来るチャンスが巡ってくることはそう多くはあるまい。鈴木は、興奮を抑えられなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み