第55話 トロイの木馬:2023年7月

文字数 2,704文字

(南山洋子が、仕事の悩みを、駿河大輔に相談する)

2023年7月。日本。関東地方にあるレストラン。

「ところで、洋子さん。今朝、会ったときは、随分、落ちこんでいるように見えたんですが、何か、あったんですか」と大輔が、尋ねた。
「アマゾネス・ウーマンズ・パートナー社のミッションは、ITで、『ユニバーサル・ジェンダー計画』を支援することなんです。『ユニバーサル・ジェンダー計画』は、ご存知ですよね」
「ええ。毎日のように、ニュースで、報道していますから、概略は、理解しているつもりですけど」
「『ユニバーサル・ジェンダー計画』は、国際的な政治ムーブメントです。アマゾネス・ウーマンズ・パートナー社が、サポートする部分は、当面は、国内の政治ムーブメントになります。しかし、国内には、実体のある政治ムーブメント、つまり、政党はありません。つまり、どこかで、受け皿となる政党を立ち上げないと、立ち行かなくなります。今、仮に、この政党を、ユニバーサル・ジェンダー党と呼ぶことにしましょう。アマゾネス・ウーマンズ・パートナー社は、ユニバーサル・ジェンダー党というロケットを組み立てて、どこかで、発射させる必要があります。これが、悩みの種です」
それから、洋子は、菊沼女史のところの出来事を説明した。
「問題は、ユニバーサル・ジェンダー党の支援者や党員をどうして募るかということなんです」洋子は、この時だけは、暗い顔をして言った。
「それは、全く、IT会社の社長さんらしくない発言ですね。『トロイの木馬』は使わないんですか」
「『トロイの木馬』、子供のころ、絵本で読んだあの木馬ですか」
「典型的な例は、WX社のWXメールです。あのメールは、無料で、とても、便利なので、僕も使っています。WX社は、WXメール以外にも、魅力的な無料サービスを展開しています。しかし、無料サービスには、制限があって、個人で使う分には、余り問題はないけれど、本格的に、企業などの組織で使うには、無理があります。その場合には、有料サービスに移行せざるをえません。つまり、顧客を有料サービスに誘導するために、無料サービスを使っているので、『トロイの木馬』と呼ばれるわけです。もっとも、ITの場合には、無料サービスでも、顧客のサービス利用データが得られれば、サービス改善に使えるので、無料サービスが全て赤字という訳ではありませんが。
政党運営にこの手法を応用するのであれば、党員になってもらうのが、有料サービスになります。政党がWEBで、党費を取らない無料会員サービスをすることは可能です。会員のデータが集まれば、選挙対策に使えるはずです。会員サービスを党員サービスに切り替えることができれば、『トロイの木馬』になります。選挙法は、不特定多数の人に対する活動に、一定の制限を設けていますが、会員に対するサービスであれば、それには、該当しないはずです。政党の機関紙に記載する内容が選挙法の制限を受けないのと同じです。
こうしたサービスの一部は、アマゾネス・ウーマンズ・パートナーシップでお使いと思います。ただし、アマゾネス・ウーマンズ・パートナーシップとユニバーサル・ジェンダー党で、同じようなサービスをすると混乱しますから、整理が必要です。アマゾネス・ウーマンズ・パートナーシップのサービスは、政治的に中立を目指し、ユニバーサル・ジェンダー党のサービスは、政党に専念して、差別化すべきです。特に焦点は無料サービスのコンテンツ、政策要求でしょう。アマゾネス・ウーマンズ・パートナーシップに、政策要求を出すよりも、ユニバーサル・ジェンダー党に政策要求を出す方が、要求が早く実現するということを有権者が理解すれば、ユニバーサル・ジェンダー党の利用者が増えるはずです。その点を強調するためには、地方議会で、実績を上げる方法もあります。また、メンバー間のコミュニケーションも、活動を盛り上げる点で重要です。更に、クラウドを使った草の根の政治運動も出来ます。幸い、IT特区が3箇所ありますから、リモート議会の提案などで、その辺りから手をつけたらどうでしょう。
それから、選挙には、政党は必須ですが、それが、全ての手段では、ありません。たとえば、『ユニバーサル・ジェンダー計画を支援する市民の会』といったNPOなどの政党以外の組織を作ることも可能です。アマゾネス・ウーマンズ・パートナーシップに似ていますが、政治的に中立である必要はありません。政党名を出さないイメージであれば、インスタグラムを使った活動など、多様な活動が選挙期間中も展開できます。選挙期間中に「ジェンダー問題を解決しましょうと」といって、選挙違反になるとは思われません。さらに、こうしたNPOに、企業などの賛助会員や、著名人の参画を狙うこともできます。同じ情報を発信するのに、そこを経由した方が、『ユニバーサル・ジェンダー計画』支援しているという立場がわかりやすく伝わるのであれば、使う人も出るでしょう。押しかけていくのは、非効率ですね。
わが社も小さなIT企業ですから、宣伝費はかけらません。しかも、わが社のビジネスに対応した顧客の数は、少ないので、普通の宣伝には効果はありません。情報を必要としている人だけに、ビジネスの内容が伝われば十分です。
ITで支援して政党をつくる場合でも、多数の人に同じ内容を伝える方法では、先行している既存の政党と差別化できません。ITを使えば、個々人の要求に合わせた細部化された政策メニューが利用可能であることが理解されれば、ユニバーサル・ジェンダー党のサービスの利用者と党員は増えると思います。ただし、こうした複雑な内容を言葉で説明することは容易でないので、イメージ・ビデオをつくるなどの伝達手段も検討すべきでしょう」
洋子が納得したような顔をしたのを見て、大輔が聞いた。
「ところで、今日は、洋子さんの社長就任お祝いのつもりなんだけど、ユニバーサル・ジェンダー党がスタートしたら、アマゾネス・ウーマンズ・パートナー社はどうするの。2つ一緒には動かせないでしょう」
「あら。そうね。うっかりして、そのことはよく考えていなかったわ。選挙に出れば、会社の社長は休職扱いね」
「社長が半年も経たずに休職かい。なかなか過激だね」
「アマゾネス・ウーマンズ・パートナー社も、ユニバーサル・ジェンダー党も、基幹部分はITのシステムだから、一旦、システムが動き出せば、そのあとは、人がいなくとも大筋は動く仕組みになっているわ。社長が休職だと様にならないから、形式的に、会長になってから、休職にしたほうがいかしら」
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