第39話 ユニバーサル・ジェンダー計画:2023年4月 

文字数 5,075文字

(ユニバーサル・ジェンダー計画が発表され、事務局が設置された)

2023年4月。ドイツ。ベルリン。首相官邸。

「それでは、ユニバーサル・ジェンダー計画を発表します。
これは、女性サミットから、生まれた行動計画です。
今までの行動計画は、サミットが行われた場所で、発表されてきました。しかし、女性サミットは、ネット会議のため、開催場所はありません。
そこで、合意文書は、議長国が発表するルールになっています。
ユニバーサル・ジェンダー計画は、今回の女性サミットの合意文書です。
なお、ユニバーサル・ジェンダー計画を実施するために、ユニバーサル・ジェンダー計画事務局が設置されました。この事務局は、クラウド空間上にあります。各国首脳のオフィスに、各国のブランチがあります。こちらは、リアルですが、フルタイムワーカーはいません。今日は、わかりやすいように、リアルで説明会を開いて、その様子をネットワークで発信しています。しかし、明日以降は、ユニバーサル・ジェンダー計画に関するお問い合わせは、WEB上の、ユニバーサル・ジェンダー計画事務局にお願いします。リアルな窓口ありません。今後、リアルな会見は、あっても、不定期になります」

ここで、計画を紹介する前に、ユニバーサル・ジェンダー計画の背景を整理しておこう。
UNGP(ビジネスと人権に関する指導原則)は、企業に、(1)人権尊重のコミットメント、(2)人権リスクを予防する継続的なプロセスである人権デュー・ディリジェンス、(3)侵害が発生した場合に是正するプロセスの設置を求めている。
これから、UNGPは、人権問題が発生していない状況で、防止策を継続し、将来、人権侵害が発生した場合には、是正するスタンスである。一方、ジェンダー問題では、既に、人権侵害が、広く存在している。このためUNGPの枠組みでは、十分に対応できない。UNGPは、最初に、企業に、人権問題に対するコミットメントを求めている。コミットメントとは、口約束ではなく、「自分の行動を縛る具体的な仕組み」を作ることである。ジェンダー問題では既に人権侵害があるから、この最初の段階で、ジェンダー問題をコミットメントに載せにくい。こう考えると、ジェンダー問題をある程度解決してから、コミットメントをする方がよい。そこで、ジェンダー問題の解決には(1)現状把握と評価、(2)緊急改善計画とその実施、(3)コミットメント、(4)人権デュー・ディリジェリエンス、(5)是正プロセスとUNGPとは、異なったアプローチが薦められる。そして、ジェンダー問題は、(3)に達した時点で、初めて、UNGPの枠組みにのる。つまり、ユニバーサル・ジェンダー計画は、(3)までの手順を実施して初めて、ジェンダー問題で大きな人権侵害のない企業と認定できたとみなす。焦点は、(1)と(2)である。まず、(2)緊急改善計画で、女性優先枠を設定する。女性優先枠は、議員定数と企業役員における女性比率の改善には、効果がある。一方、女性優先枠が設定されても、女性比率が改善しない場合も多い。この場合には、その隠れた原因を推定して、取り除かなければならない。つまり、緊急改善計画には、女性優先枠の設定と、女性比率の向上を阻む隠れた原因の除去という2つの行動計画が含まれる。そこで、(1)現状把握と評価では、これに対応して、ジェンダー差別の実態の把握だけではなく、隠れた原因の把握も必要になる。
以上を理解した上で、本文に進もう。


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ユニバーサル・ジェンダー計画
趣旨
この計画は、現在、人種差別と並んで、大きな人権問題であるジェンダー差別問題を早急に解決するための行動計画と指導原則を定めている。この指導原則は、女性差別撤廃条約とUNGP(ビジネスと人権に関する指導原則)を総合化して、実効性の高いジェンダー差別の撤廃を行うために作成された。この計画は、「監視と評価」、「緊急改善計画」、「外交的手段」、「UNGPの活用」の手順をとる。中心となる「監視と評価」と「緊急改善計画」では、ジェンダー差別解消の実効が出ない場合には、原因の除去を求める。このため各国と企業には、ジェンダー差別の評価と実効が出ない原因究明を可能とする情報の開示を求める。なお、本計画の企業には、民間組織だけでなく、政府、自治体などの公共セクターも含む。

監視と評価
ジェンダー差別の実態の監視と評価を行う。ジェンダー差別が間接的に行われ、真の原因が覆い隠されている場合は隠れた原因の監視と評価を行う。企業には、ジェンダー・エクイティ・レポートの作成を強く要請する。レポートの効果を高めるために、当計画は、レポートのジェンダー共通フレームワークを定める。ジェンダー共通フレームワークは、監視すべきジェンダー差別の隠れた原因を明確にする。更に、隠れた原因を究明する「ジェンダー差別原因究明(Causes of Gender Inequality)レポート」を作成する。
各国政府は、各国の企業の監視と評価を行い、各国のジェンダー・エクイティ・レポートを作成する。
緊急改善計画
企業は、ジェンダー差別が確認された場合には、ジェンダー共通フレームワークに従って、緊急改善計画を作成して女性優先枠を設定、実施する。隠れた原因がある場合は、緊急改善計画で隠れた原因を除去する。緊急改善計画は随時、改善効果を計測、評価する。期待された効果が出ない場合には、隠れた原因をチェックして、緊急改善計画をバージョンアップする。
各国は、国内企業のジェンダー差別の監視と評価と緊急改善計画の作成、実施をレビューして、実態把握を行う。また、企業の監視と評価、緊急改善計画を支援する活動を行う。
最優先課題は、女性優先枠の設定による議員定数と企業の役員定数における女性比率の向上である。各国は、このためのロードマップを定めた行動計画を作成する。
女性優先枠の設定以降の緊急改善計画の対象は、ジェンダー共通フレームワークをバージョンアップして定める。
緊急改善計画は、女性差別撤廃条約(CEDAW)の第2の義務の暫定的特別措置、すなわち「具体的かつ効果的な政策及びプログラムを通して、女性の事実上の地位を改善すること」に対応している。
外交的手段
各国は、「監視と評価」がなされない、または、ジェンダー差別があった場合に「緊急改善計画」が実行されない国、企業に対して、外交的な手段を使って、ジェンダー差別の改善を促す。具体的には、経済制裁、マグニツキー法によるパスポート管理、国内資産の差し押さえなどである。このために法整備が必要な場合には、早急に法整備を進める。
UNGPの活用
緊急改善計画の効果が確認出来た段階で、UNGPのコミットメントをジェンダー問題を含めたコミットメントに改定する。これ以降は、ジェンダー問題は、UNGPの枠の中で検討される。ただし、ジェンダー共通フレームワークの改定に伴い、再度、国または企業が、緊急改善計画の対象になることがある。その場合には、UNGPより、ユニバーサル・ジェンダー計画を優先する。
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それでは、質疑応答に移ります。
「ジェンダー差別の改善を促す外交的手段とは、具体的に何でしょうか」
「特に、手段に制限を設けてはいません。
過去の人権侵害に対する手段は、第1には、経済制裁、緊急を要する場合には、武力制裁という手順を踏んでいます」
「つまり、貿易取引の停止ということですか」
「そこまで、進む前に、関税措置が行われるのが、過去の事例ですから、いきなり、貿易停止までは、進まないと思われます」
「監視と評価の対象項目は何ですか」
「この問題に対しては、ジェンダー・エクイティ・レポートの作成を強く要請します。評価の比較を容易にするためにジェンダー・エクイティ・レポートの共通フレームワーク(ジェンダー共通フレームワーク) を作成します。対象項目は、そこで、定められます。ジェンダー・エクイティ・レポートは、ジェンダー共通フレームワークに準拠します。
ジェンダー共通フレームワークには、2つの機能があります。
ひとつは、評価の比較を容易にします。
もうひとつは、重点化する対象項目(重点項目)を順次変化させて、ジェンダー問題を段階的に解決します。
後者は、自動車の排気ガス規制をイメージすると理解できます。排ガスゼロ、つまり、ジェンダー問題がない社会に一気に持っていくことは不可能です。この場合、段階的に到達目標を設定して、その目標に達していない場合に経済制裁を発動します。ジェンダー共通フレームワークの重点項目は、ジェンダー問題の段階的な到達目標を提示します。
ユニバーサル・ジェンダー計画事務局は、ジェンダー共通フレームワークを使って、各国、各企業のジェンダー・エクイティ・レポートの検索と比較出来るWEBサイトの準備を進めます」
「経済制裁は、いつ、どこが、発動するのでしょうか」
「今すぐにと、言いたいところですが、ジェンダー・エクイティ・レポートが出て、評価がなされ、問題がある場合に、緊急改善計画がスタートした時期になります。比較可能なジェンダー・エクイティ・レポートの作成には、ジェンダー共通フレームワークが必要です。つまり、ジェンダー共通フレームワークが出てから、ある猶予期間内に、ジェンダー・エクイティ・レポートの作成と緊急改善計画の作成、実施の義務が生じると考えてください。猶予期間を過ぎても、ジェンダー・エクイティ・レポートが作成されない場合には、その時点で、経済制裁が発動されます。猶予期間内に、ジェンダー・エクイティ・レポートが作成された場合には、レポート内容と緊急改善計画を見て経済制裁を発動するか否かを判断します。
判断と経済制裁の発動は、ユニバーサル・ジェンダー計画事務局と連携して、各国の政府が実施します。オブザーバー国の賛同も歓迎します。また、UNGPに賛同する企業は、ジェンダー問題を抱えている企業とは、BtoBの取引を中止するでしょう」
「猶予期間の長さは」
「猶予期間の長さは、例えば選挙であれば、6か月または、9か月を考えています。6か月の期限1と9か月の期限2を設定している理由は、選挙の過程を考えて頂けば理解出来るでしょう。現在の議員の女性割合が、重点項目の目標に達していない場合、解散して、選挙になります。解散した場合には、評価する議員データがありません。しかし、緊急改善計画、つまり、議員定数の女性優先枠の設定は必須です。期限1は、女性優先枠の設定で、緊急改善計画がスタートした時点です。期限2は、改選で女性優先枠が使われて緊急改善計画が終了した時点です。改選時期が固定されている議員では、期限2は、より長くなります。ポイントは、2種類の期限を、柔軟に設定することです。また、選挙や役員の任命などで状況が刻々と変わる場合には、毎月、ジェンダー・エクイティ・レポートを更新することを推奨しています」
「経済制裁措置はどの程度続くのでしょうか」
「これは、ジェンダー差別の重点項目の性質に左右されます。例えば、企業役員の女性の比率は、任命すれば良いので時間がかかりませんが、比率を大きく変えることは難しいでしょう。逆に、議員における女性比率は、一度の選挙で比率を大きく変えることが可能ですが、選挙があるので、任命よりは時間がかかります。
議員と役員の女性比率がジェンダー差別の本質とは言い切れない面もありますが、最初は、技術的に処理しやすい対象を重点項目にします。その場合の経済制裁は、問題が解消されるまでになります。実際にかかる時間は、ジェンダー問題を抱えている企業や国の対応次第です」
質疑応答の要点をまとめると、ジェンダー共通フレームワークが、出てから、議員定数問題の緊急改善計画で、11月までに女性優先枠を設置し、翌年1月までに、選挙で情勢優先枠を使った女性比率で合格点をもらわないと、経済制裁が発動される。企業役員の女性比率の改善では、目標比率はこれより低くなるが、目標期間はこれより短くなっていた。

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