第56話 リストランテ・デラ・ヴァルドルチャ :2023年8月

文字数 1,259文字

(南山洋子が駿河大輔とトスカーナ料理のレストランで夕食をとる)

2023年8月。Ristorante della Val d'Orcia。
「先日のワイナリーはどうでした」大輔が聞いた。
「大変気に入りました。それに、仕事が混んでいたので、久しぶりに緑の中を散策出来て、いい、気分転換ができました。ありがとう」洋子が答えた。
ここは、都内にあるイタリアン・レストランである。実は、このレストランも、パンプキン・ベーカリーと同じような、生産から消費までを一体化する食のITの風下の顧客なのである。もっとも、顧客といっても、完成したシステムを売っている訳ではなく、実験システムを導入して、システム開発を進めている段階なので、事業パートナーといった方が正確だろう。
「さて、メニューは、お肉にしますか、お魚にしますか」
「おすすめは」
「このレストランは、ヴァルドルチャですから、お肉になりますが、それで、よろしいですか」
「ええ。いいわ」
「それから、せっかくですから、先日のワイナリーで、作った赤ワインもつけてもらいましょう」
赤ワインが注がれ、料理は、前菜から、始まった。
「ワインは、どうですか」大輔が聞いた。
「ワインには、詳しくありませんが、私には、十分美味しいですね」洋子が答えた。
「それは、よかった」大輔が返した。
ウェイターが、皿を下げに来た時だった。大輔は、ウェイターに目配せして、言った。
「次は、メインディッシュです」大輔が、ウェイターに代わって言った。
ウェイターが、メインディッシュを運んできて、洋子の前に置いた。洋子の目がまるくなった。目の前に、コピーしたように、同じ料理を載せた皿が2つ並んでいる。
「片方は、シェフの料理です。片方は、わが社の調理ロボットの料理です。
盛り付けはもちろん、人の手で行っていますが、それ以外は、全て、調理ロボットが行っています。食べ比べてみてください」
洋子は食べ比べてみた。
「どちらも、美味しいです。私には、違いはわかりませんが。確かに、微妙に、味は違いますが、どちらが、上とも言えないと思います」
「洋子さんから見て、左が、シェフの料理です。右が、調理ロボットです。
実は、種明かしをすると、シェフには、お願いして、5%だけ、手を抜いてもらっています。調理ロボットは、まだ、5%くらいシェフには勝てないのです。
しかし、追いつくのは、時間の問題だと思います」
「シェフは、失業すると心配なさらないのですか」
「調理ロボットを商売仇のように考えているシェフも確かにいます。でも、このレストランのシェフは、調理ロボットを入れると、よりクリエイティブな調理が出来ると喜んでいます。調理の中には、ブースやストックをとるような体力勝負のところも結構あります。調理ロボットがそうした部分を分担してくれれば、シェフは、自由に使える時間が増えるといいます。もちろん、一昔前の徒弟制度の時代であれば、体力勝負の部分は、見習いの新人に担当させていたわけですが、このご時世ですから、それも難しくなっているそうです」
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