第7話 極道の男

文字数 3,908文字

 品川区に続いて大田区、目黒区でも『要石』を破壊する事に成功した小鈴とアリシア。どちらもプログレスが複数待ち構えていたが、多少の苦戦はあったものの問題なく撃退する事が出来ていた。順調に進む任務。2人はその勢いを駆って最後の担当区画である世田谷区を目指した。

 二十三区では南西の外縁に当たる行政区であり、かなりの面積がある。それに比例するように比較的高級で間取りも広い家々が立ち並ぶ住宅街も立地していた。そんな住宅街の只中に、ソレ(・・)はあった。

「『要石』はこの家(・・・)の敷地内にあるみたいね。随分広い家だけど、お金持ちの邸宅かしら?」

 小鈴がその大きな塀と門構えを持つ日本風屋敷(・・・・・)を見上げながら呟く。この屋敷を丸ごと『結界』が覆っている事からも間違いないだろう。共産主義であり土地は国から借りるだけという形式である中国では、個人でここまで大きな邸宅を持てるケースは滅多にない。いるとすれば中国統一党の高官クラスぐらいだ。

「いや、うむ……お金持ち(・・・・)と言えばそうなのかも知れんが……。シャオリン、ここは恐らく普通の個人邸宅ではないぞ」

「え……?」

 小鈴がアリシアを振り返った。アリシアのディヤウスとしての特性は、その正門前に掲げられた看板(・・)の文字を正確に読み取っていた。

『六代目川口組 竜王会』

 と、達筆な文字で書かれているのが分かる。つまりここは……


「ジャパニーズマフィア……つまり所謂『ヤクザ』の本拠地だ。まあ……ある意味で邪神の眷属どもがいる場所としてはこれ以上ないくらい相応しいのかも知れんが」


「ええ? ヤ、ヤクザですって!?」

 名前だけは小鈴も聞いた事はあった。中国で言うと黒社会に該当する犯罪組織、のはずだ。しかし中国ではそれらの犯罪組織は日の当たる場所で生きられない落伍者達の集まりで恥ずべきもの、忌むべきものという扱いであり、間違ってもこのような住宅街のど真ん中に堂々と看板を掲げて居座っていられる存在ではなかった。

 いや、それは中国に限らず基本的にどの国でも同じだろう。その意識があったために看板は見えていたのだが、まさかここが犯罪組織のアジトとは思いもしなかったのだ。

「……日本ってホントに変な国よね」

 小鈴は万感を込めて呟いた。


「ここがヤクザの本拠地であろうがなかろうが、ここに『要石』があるという事実は変わらん。つまり絶対に侵入しなければならんという事だ。さて、どう(・・)侵入する?」

 アリシアは小鈴の感慨には構わず話を進める。だがそれは現実的な話でもあった。そうだ。結局侵入してかなめ石を破壊する事に変わりはない。そして恐らく邪神の勢力が待ち構えているという事実にも。小鈴は肩をすくめた。

「『結界』が張られているんだから、遠慮なく正面からご招待に与ってやろうじゃないの」

 距離が近くなれば奴等の魔力を感知できるようになる反面、相手側もこちらの神力を感知できるようになる。つまりこっそりと忍び込んで『要石』だけ破壊して、というのはほぼ不可能だ。意味をなさないなら隠密する理由もない。『結界』が張られているので、この中でいくら暴れてもそれが外部に漏れる心配もない。

「ふ、やはりそうなるか。まあ私もそう提案しようとは思っていたがな」

 アリシアも不敵に笑う。かくして遠慮なく正門から踏み込む事になった。


 正門を開けて中に踏み込むと、そこは石畳による道と砂利によって手入れされた広い庭のようになっていた。石畳の歩道の脇には燈籠と呼ばれる石のオブジェクトが等間隔で並んでいる。その周囲には植樹されたと思われる庭木が生え並んでいる。

 見た目だけならかなり美しい庭園だ。だが……その庭園に居る者達(・・・・)は決して美しいとは言えない存在であった。

 庭園の先には大きな日本式の屋敷がある。その屋敷を背にするようにして、入ってきたこちらを取り囲むような配置で黒いスーツ姿の男たちが並んで立っていた。当然というか全てアジア系……東洋人で、厳つい強面の男たちばかりだ。間違いなく『竜王会』とやらの構成員(・・・)だろう。

「まさか本当に2人だけで正面から乗り込んでくるとは」
ボス(・・)の言った通りだったな」
「他の区の『要石』を破壊してきた事で調子に乗っているようだな」
「俺達『竜王会』に……そして『王』に歯向かって只で済むと思うな」

 黒服の男達がこちらを威嚇してくる。そして奴らの姿がプログレスのそれに変じていく。やはりというか連中は全員プログレスに覚醒済みのようだ。

「まあマフィアの構成員など、邪悪な心を持っているのがむしろ自然だからな」

「のっけから全開ね。行くわよ!」

 小鈴は即座に神衣(アルマ)を纏い、朱雀翼を顕現して戦闘態勢になると、自ら率先して敵陣の中に突撃する。後ろではアリシアもデュランダルを顕現して、開幕クイックショットで敵の一体を撃ち抜いていた。


 敵はやはり海洋生物と人間が掛け合わさったような容姿のプログレスばかりだ。基本的に日本は邪神の一柱『クトゥルフ』の領域圏に含まれているため、日本のプログレスはこのような姿になる。

 溶解液や黒い波動を飛ばしてくる者が多いが、中に拳銃を持っていて弾丸に魔力を纏わせて撃ってくる者もいた。アリシアの神聖弾に近い使い方だ。

「シャオリン! 銃を持っている連中は私が受け持つ! お前はそれ以外を頼む!」

「了解!」

 役割分担を決めて戦う事で、効率よく敵の集団に当たれる。アリシアは敵の魔力弾をサイドローリングで避けながら、反撃の神聖弾で敵を撃ち抜いていく。小鈴も炎を纏わせた朱雀翼を縦横に振り回しながら華麗な体術で敵を蹴散らしていく。

 既に3つの『要石』を破壊し、そこを守っていたプログレスの集団と戦ってきているだけあって、こいつらの相手も大分慣れてきた感がある。魔力弾を撃ってくる連中だけは初見だったが、銃撃戦ならアリシアの右に出る者はいない。

 激闘の末、その場にいたプログレス共を殲滅する事に成功した2人。戦闘の余波で美しかった庭園は既に見る影もない。


「ふぅ……ひとまず片付いたわね」

「うむ。『要石』はどうもこの屋敷の中にあるようだな。まだ残っている敵がいるかもしれん。油断なく進むぞ」

 とりあえず他に襲ってくる敵がいない事を確認して一息つく小鈴達。だがアリシアの言うとおり『要石』は明らかにこの屋敷の中にある。これを破壊するまで任務は完了ではない。2人は油断なく屋敷に踏み込んでいく。

 だが……彼女らが『油断』していない事は確かであったが、これまで3つの『要石』を順調に破壊してきて、プログレス達との戦闘にも慣れてきた感があり、今のような大勢の敵を相手にしても問題なく勝てるようになってきた。そこに無意識の慢心(・・)がなかったかと言われれば嘘になるだろう。

 彼女らは重要な事を失念していた。常に魔力を噴き出す『要石』は、その近くにいる他の存在(・・・・)の気配を覆い隠してしまうのだ。本来は対面する前にとうに気づいていたであろう強大な敵(・・・・)の魔力を。


「やれやれ、やっぱディヤウス相手だとプログレス共は役に立たねぇな。……お、なんだぁ? 1人はいつぞやの金髪姉ちゃんじゃねぇか。まだ生きてたのかよ」


「……っ!?」

 その広い部屋に踏み込むなり野卑た声を掛けられ、2人は目を瞠った。いや、特にアリシアの驚愕が大きかった。

 そこはかなり奥行きがある広い畳張りのスペースであった。部屋の両脇にはやはり何人もの黒服の男たちが並んで立っていた。

 その奥は一段高くなった座壇になっており、そこに2人の人物(・・・・・)が座っていた。男と女だ。といっても女の方は後ろ手に縛られて首輪を付けられ、その首輪から伸びる鎖を男に握られており、どう見ても自らの意思に反してその場にいる事が明白であった。

 そして男の方。だらしなく膝を立てた胡坐で片手に鎖を把持して、もう片方の手で酒と思しき飲み物を呷っていた。それは逆立てた髪をまだらに脱色して、耳や鼻にいくつもピアスを付けてパンクファッションに身を包んだ、恐ろしく場違いなチンピラ風の男であった。

「き、貴様……貴様は……!」

 しかしその男を見たアリシアは目を吊り上げ身体を怒りに震わせる。小鈴はその反応を訝しんだ。

「アリシア? あいつを知ってるの?」


「ああ……。奴は私が初めて日本を訪れた際に私とテンマを打ち倒し、マリカを拉致し、彼らの家族を殺した下手人(・・・)だ。確か……アズマとかいったか」


「……!!」

 その時の話は当然小鈴も聞き及んでいた。だがそういえば『下手人』の話までは詳しく聞いていなかったのを思い出した。当然当時の天馬達を倒して彼の幼馴染を攫った存在がいるはずなのに。

「くへへ……あの時は見逃してやったのに、自分から殺されにくるなんてなぁ。いや、こいつ(・・・)と同じように俺様の妾にしてやるのも悪くねぇか」

 チンピラ男は下品に笑いながら立ち上がると、脇にいる女性を足で小突いた。猿轡もされている女性は呻くだけで抵抗しない。そして両脇に控える男たちの一人に女性を預けると、自ら進み出てきた。

「新顔もいるようだから改めて名乗っておくか? 竜王会の現組長(・・・)にして雷神タケミカヅチのウォーデン、我妻恭司だ。勿論今の『守護神』はクトゥルフ様だがな」

 チンピラ男……我妻の身体からプログレスとは比較にならない魔力が噴き出す。それを受けて小鈴達も即座に戦闘態勢を取る。

「……丁度いい。テンマに代わってあの時の借りを返してやろう。あの世で彼らの家族に詫びるがいい」

「その茉莉香って人の事は複雑だけど……天馬を悲しませた事は許せないわね。彼の敵は私の敵よ」

 2人も闘志を燃やして神力を高める。閑静な住宅街にある暴力団の屋敷で、過去の因縁を巡る戦いが始まった。
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