第10話 『非情』なるブリアレオス

文字数 3,822文字

「ひはは! 見事に引っかかりましたねぇ! 私が何も罠を準備していないとでも思いましたか? そもそもあなた方にこの場所の事が伝わるように仕向けたのも私なのですよ?」

「な、何だって……?」

 ぺラギアが膝を着いてダメージに呻きながらも目を見開く。

「当然でしょう? 我々の活動を妨害し続けるあなた方をいつまでも放置しておくはずがないでしょう。部下達にはあなた方をここへ誘導するように予め命令しておいたのですよ」

「……!」

 つまり小鈴達は最初から敵の罠の中に飛び込んでしまったという事か。そして曲がりなりにも部下に対して自爆を強要するような罠を見抜けたはずもない。

「こんな……卑怯な罠を仕掛けないと、私達を相手出来ないわけ? ウォーデンにしても、情けない奴ね」

 小鈴もダメージの残る身体で何とか立ち上がる。しかし脚はふらつき身体中が痛む。その姿を見てブリアレオスが嗤う。

「正面からの勝負などに拘る方が愚かなのですよ。戦いなどどんな手を使おうが勝てば良いのです」

 どうやらなけなしの挑発も効きそうにない。ぺラギアとシャクティもようやく立ち上がって神器を構えた。

「……みすみす敵の罠にはまった不明は後でいくらでも詫びるよ。今は、とにかく目の前のアイツを倒す事に専念しよう。この状態で戦いに勝つには私達の連携が必要不可欠だ」

「は、はい……何とか……やってみます」

 3人の中では最も打たれ弱いシャクティのダメージが一番大きそうだが、それでも彼女は何とかチャクラムを構えて頷いた。小鈴は勿論既に臨戦態勢だ。


「ふ、ふふ……良いですねぇ! 傷ついても尚折れずに立ち向かう美しき戦士達! これは嬲り甲斐がありそうで楽しみです!」

 ブリアレオスの身体から魔力が噴き上がり、全身が黒い光に覆われた。これはウォーデンの変身形態だ。その黒光が収まった時、そこには異形の存在が屹立していた。

 身長は3メートル、いやもしかすると4メートルくらいはあるかも知れない。しかしその高さに比して体格は異様なくらい細身で、手足が異常に長い不気味な前衛絵画のようなフォルムをしていた。

『くひ……くひひ……さあ、苦痛と絶望のハーモニーを存分に奏でなさい!』

 その貌も縦長に歪んだ不気味な面貌で嗤うブリアレオスは、まだ距離が開いているにも関わらずその長い腕を横殴りに振るってきた。すると……

「……!!」

 何とその腕は関節という物が存在しないかの如く、まるで鞭のように撓って3人を襲った。長さも明らかに伸びている。本物の鞭と同じで凄まじい速度だ。しかもその「鞭」の先端には、鋭い鉤爪が備わった手が付いているのだ。

「くっ……!」

 ぺラギアが流石の反応でアイギスを掲げ、辛うじてその撓る腕の薙ぎ払いを受けた。だがその直後凄まじい衝撃に大きく体勢を崩す。そこにブリアレオスがもう一方の手で追撃してくる。

「させないっ!」

 小鈴が朱雀翼に炎を纏わせて鞭打を迎撃。二つの力が真っ向からぶつかり合うが……

「あぅっ!!」

 小鈴が押し負けて吹き飛ばされる。だが鞭打も一時的に止める事は出来た。

『ドゥルガーの怒り!!』

 それを隙と見たシャクティがチャクラムを投げつけてブリアレオスを直接攻撃する。だが奴はそのバランスの悪いノッポな姿からは想像もできないような身のこなしでチャクラムを躱す。そして反撃に口から黒い光球のような物を吐き出して攻撃してきた。

「え……きゃああっ!!」

 咄嗟に防御したものの爆発の衝撃で再び吹き飛ばされるシャクティ。今の攻防だけで3人とも更なるダメージを負って床に這いつくばっていた。


『ひはは……もっとです! もっと苦鳴の叫びを上げなさい!』

「ぐ……くそ……」

 耳障りな哄笑が響く中、ぺラギアが呻きながらも何とか再び立ち上がる。そして神器ニケに雷を纏わせた。

「喰らえっ! 『ケラウノス・サンダー!!』」

 ニケから雷の束が軌跡となって叩きつけられる。だがブリアレオスはやはり素早い動きで雷撃を完全に回避してしまう。そして両腕を振るうと目にも留まらぬ速度で鞭打を放ってきた。

「ぐぁっ!! がは……!!」

 ダメージを受けている身では回避も覚束ない。ぺラギアはアイギスを掲げて必死で防御に専念する。だがアイギスと神衣の防御を以てしてもダメージの蓄積は免れない。一撃ごとに体力を削られていくぺラギア。

 このまま嬲り殺しにされるかと思われた所で、ブリアレオスの左右から申し合わせたように迫る2つの影。

『炎帝昇鳳波ッ!!』

『女神の狂乱舞!』

 小鈴とシャクティがブリアレオスを挟撃する。ぺラギアを甚振る事に気を取られていたブリアレオスは一瞬反応が遅れた。

『ヌガッ!!?』

 寸での所で躱されて直撃はさせられなかったが、攻撃を掠らせる事は出来た。直撃した訳でもないのに大仰に痛がって跳び退るブリアレオス。


『貴様ら……まだ動けたのですか。しぶとい蝿ですね!』

「あら、それっぽっちの傷で随分大げさね? まああんな卑怯な罠を仕掛けてくるくらいだから、女とまともに殴り合いも出来ない臆病者にはお似合いね!」

 小鈴が挑発するとブリアレオスは傷をつけられた怒りも手伝ってか、その歪な面貌を憤怒に染める。

『小蝿どもが……もう遊びは終わりです! その忌々しい神力ごとこの世から消滅させてあげましょう!』

 ブリアレオスの魔力が高まる。言葉通りこちらを完全に殺す気になったようだ。先端の両手が消えたかと思う程の速度で腕が撓り、鞭打が四方八方から叩きつけられる。

『女神の舞踏会ッ!!』

 それに対抗してぺラギアではなくシャクティが、大量の光のチャクラムを生み出してそれを高速旋回させる事で迎え撃つ。両者の弾幕が一時的に拮抗する。

『小賢しい!』

 苛立ったブリアレオスがその口を大きく開いた。そこから先程よりも巨大な黒い光球を吐き出してくる。当然威力も先程より高いだろう。

「任せろ! 『シールドメイデン!!』」

 ぺラギアがアイギスを掲げて前に出た。そしてアイギスが一際強く輝くとその大きさと厚みが倍化した。巨大な黒球と神盾が正面から激突する。

「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!」

 着弾の爆発によって凄まじい衝撃が発生するが、ぺラギアは気合の叫びを発して多少後退しつつも耐え切った。

『馬鹿な……!?』

「シャオリンさん!!」

 ブリアレオスの驚愕とシャクティの合図が重なる。両腕の鞭打と黒い光球。二つの攻撃を凌ぎ切り、大技を放ったブリアレオスが一時的に硬直状態になる。絶好にして唯一無二の攻撃チャンスだ。そして仲間達が作ってくれたそのチャンスを逃すような小鈴ではない。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 気勢と共にフロアの天井に到達しそうなほど高く飛び上がる。一瞬だが4メートル近いブリアレオスの頭上(・・)を取る事に成功する。

『炎帝爆殺陣ッ!!!』

 渾身の技を奴の頭目掛けて叩き込む。神衣を纏う事で神力の伝導効率が上がり、それは技の威力にも影響する。瞬間的に途轍もない威力になった小鈴の技は文字通りの必殺技(・・・)となった。

『ギャはァァァァァッ!!!』

 頭部に小鈴の必殺技をまともに喰らったブリアレオスは聞くに堪えない絶叫を上げて、廃材や設備を盛大に巻き込みながら轟音と共に倒れ伏した。

 見た目からしてそれほど耐久力があるようには見えない。それが頭部にまともに小鈴の渾身の一撃を喰らったのだ。3人は全員が決着を悟った。事実ブリアレオスの身体が元の人間サイズに縮んでいく。


「……ふぅ、どうやら倒せたようだね。これで『破滅の風』を壊滅する事ができた。この街も平穏を取り戻すだろう。ありがとう、2人とも」

 奴が起き上がって来ない事を確信したぺラギアが大きく息を吐いて戦闘態勢を解くと、2人に改めて礼を述べた。3人とも傷だらけだ。1人では絶対に勝てなかっただろう事は想像に難くない。

「そんな……私達はディヤウスとして当然の事をしたまでです」

「そうね。それに天馬達の事もあるから、本当に大変なのはこれからね」

 小鈴とシャクティも戦闘に勝利した安心感から笑い合う。とりあえずこれでこの街の問題は片付いた。後は小鈴の言う通り天馬達との問題に向き合わなければならない。

(それはそれで気が重いけどね……)

 小鈴は内心で溜息をついた。丁度その時であった。


「……く、ひひ……本当に大変なのはこれから? それは正しい認識ですよ……」


「っ!? まだ生きていたのか!?」

 ペラギアは驚愕して再び臨戦態勢を取る。勿論小鈴達も慌ててそれに続く。だがブリアレオスは起き上がってくる事無く、死に瀕して倒れたままでこちらに嘲笑の視線を投げかける。

「私を、倒した所で、『破滅の風』は滅びはしません。我が兄弟(・・)が、必ず、あなた達を殺すでしょう」

「……!!」

「ふひ……私は、ハストゥール様の御下で、それを楽しみに……眺めると、しましょう…………ゲハッ!!」

 ブリアレオスはひとしきり嗤うと大量の血を吐いてそのまま事切れた。だが小鈴達に既に勝利の余韻は無くなっていた。


「きょ、兄弟……? まさか他にもウォーデンがいるのでしょうか?」

 シャクティが不安げな様子で問いかけると、ペラギアは難しい顔でかぶりを振った。

「……奴の名前を聞いた時から気になっていたんだが……『ブリアレオス』はヘカトンケイル三兄弟(・・・)のうちの1人の名前なんだ」

「っ! 三兄弟……!?」

 小鈴が目を剥く。どうやらアテネを覆う暗雲は未だに晴れてはいないようであった……
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