第9話 シャクティとの邂逅

文字数 3,908文字

 思いのほか強敵であった。天馬が戦った6本腕はかなり手強かったし、小鈴達もそれぞれの相手に苦戦を強いられていた。インドのプログレスと戦うのは初めてであり、異形の相手に慣れていなかった事もあるだろうが。

「ご、ごめんなさい、天馬。迷惑かけちゃって……」

 小鈴が立ち上がって謝ってくる。その表情は少し悔し気でもあった。自分も同じディヤウスでありながらプログレス相手に苦戦して、天馬に助けてもらった事に忸怩たる思いがあるのだろう。

「いや、俺も結構手こずったし、まあこんなもんだろ。あいつらをそれぞれ足止めしててくれただけでも充分だぜ」

 天馬はそう言って慰めるが、まあそれだけで納得できる物ではないだろう。アリシアも自分の不甲斐ない戦いぶりに厳しい表情になっていた。だが1人だけ……


「……あの6本腕のプログレスを1人で倒したのですか。なるほど……素晴らしい強さです。あなたならきっと御眼鏡(・・・)に適う事でしょう」


 アディティだけは特に昏い表情になる事もなく、何故か天馬の戦いぶりを見て何かに納得するように頷いていた。

「アディティ? どうかしたのか?」

「……! いえ、何でもありません。それよりもお見事でした。やはりあなた方を勧誘して正解だったようです。このまま奥まで進んでみましょう」

 アディティは取り繕うように話を変えると、先へ進む事を促してきた。確かにここに来た目的を考えたらこんな所でいつまでも立ち止まっているのは悪手だ。

「ああ、そうだな。皆も行けるか?」

 天馬も頷いて仲間達を振り返ると、彼女等もまだ少し昏い表情ながらしっかりと頷いた。

「うむ。自身の不甲斐なさを嘆くのは後でも出来る。今は本来の目的を優先せねばな」

「そうね。私達なら大丈夫だから先に進みましょう」


 一行は気を取り直して2階のフロアを進んでいく。今の激闘の間にも敵の援軍が来る事はなかったので敵はこれで打ち止めの可能性もあるが、勿論油断はせずに細心の警戒を払いながら通路を進む。

 通路の先には空港の滑走路などが一望できる広いラウンジスペースがあった。そこまで進んだ天馬達は、そこにある光景を見て一様に目を剥いた。

「……!! あ、あれって……」

 小鈴の確認に、アリシアも天馬も若干信じられない思いを抱きつつ首肯した。

「……私の記憶違いでなければ、我々が捜しているプラサード家の令嬢の、はず」

「マジかよ。まさかのいきなりビンゴかよ」

 彼等の目線の先……ラウンジの中央には、まるで鳥かごを大きくしたような縦に細長い檻のようなケージが設置されていた。そしてそのケージの中に、1人の若いインド人女性がいた。意識を失っているようで、ケージの檻にもたれかかるようにして目を閉じていた。

「――――っ!」

 その女性の姿を見た天馬は反射的に息を呑んだ。テレビで見た通り……いや、実物はそれ以上の、まさにインドのオリエンタルな美しさを体現したかのような美貌にも目を惹かれたが、それだけではなく何とも言えないような強烈な既視感をその女性に抱いたのだ。

 これは理屈ではない。成都で小鈴を初めて見た時と同じ感覚であり、誰に説明されるまでもなく天馬にはその女性がディヤウス、それも未覚醒(・・・)のディヤウスである事が感覚で理解できた。


 偽物とかではない。その女性は間違いなくテレビで見た、誘拐された令嬢シャクティ・プラサード本人であった。


「……!」

 だが咄嗟に駆け寄ろうとした天馬達の足が止まる。まるでその檻の反対側の陰から湧き出るようにして……1人の男が現れたのだ。ラウンジに踏み込んだ時は確かに誰の気配もなかったはずなのに、その男がどうやっていつの間に現れたのか天馬ですら分からなかった。

 黒っぽいスーツ姿で堀の深い顔立ちのインド人で、見た目の年齢は比較的若く30は越えていないように見えた。だがまるで感情が欠落したかのような異様な目つきが不気味さを醸し出していた。

 いや、それ以前にその男から発せられる強大な魔力(・・)に、天馬達は否応にも足を止めざるを得なかったのだ。

「ようこそ。歓迎しよう、異境のディヤウス達よ。お前達が捜しているのはコレ(・・)であろう? お前達が来ると知って(・・・)、わざわざここに連れてきておいたのだ」

 男は檻の中で眠っているシャクティを顎で指し示す。だが天馬達は油断なく男を見据えたままだ。

「テンマ……解っているな? あの男……」

「ああ……この感覚は間違いねぇ。ウォーデン(・・・・・)だな」

 日本と中国で既に2人のウォーデンと邂逅しているのでこの感覚に間違いはないはずだ。目の前の男から感じる異様な魔力とプレッシャーは、我妻や鑿歯に感じたものとほぼ同じであった。

「あなたがこの『ヴリトラの怒り』とやらのボスって訳?」

 小鈴も相当のプレッシャーを感じているらしく緊張した様子で問い掛ける。

「『ヴリトラの怒り』か……。このような物は所詮お遊びだ。私が更なる進化(・・・・・)を遂げ、我が真の目的を達成する為の隠れ蓑に過ぎん」

 意味深に呟く男。だがボスである事は否定しなかった。尤も仮に否定したとしても、こんな場所にいて、しかも誘拐されたシャクティを捕えており、尚且つウォーデンである事。この男がボスであるという結論以外には無かっただろうが。


「訳わかんねぇ事ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ。俺達の目的が解ってるってんなら話は早ぇ。今すぐその人を解放して降伏しろ……て言いたい所だが、まあする訳ねぇよな。それにウォーデンやプログレス共はどっちみち俺達の敵だ。ここは手っ取り早く行こうじゃねぇか」

 天馬は瀑布割りを構えて、自らの神力を練り上げる。そう。この男がただの人間であれば降伏を促してザキールなり司法なりに引き渡すという選択肢もあっただろうが、ウォーデンは法で裁けるような存在ではない。

 そして今の天馬達にとってウォーデンやプログレスは不倶戴天の敵と言っても過言ではないので、どのみち話し合いの余地は無い。出会った時点で、やるかやられるかの2択しかないのだ。


「皆、アディティも、準備は良いか? まずはあいつを倒すぞ」

 天馬は視線を男に固定したまま仲間達に呼び掛ける。ウォーデンは確かに非常な強敵だが、それでも勝てないわけではない。それは成都での勝利が物語っている。鑿歯を倒したこのメンバーに今はアディティも加わっているのだ。勝算は充分にあった。

「うむ、任せておけ」

「全員で掛かればいけるはずよ。今はアディティもいるし…………アディティ?」

 アリシアと小鈴も天馬と同じ事を考えたらしく、それぞれの神器を構えて臨戦態勢となる。小鈴がアディティにも振るが、彼女からの返答がない。

 そう言えばここに着いてから妙に静かであった。彼女が天馬達を引き込んでまで救出しようとしたシャクティが目の前にいるというのに、動揺したり駆け出したりする様子もない。

 訝しんだ小鈴が反射的に振り向こうとして……

 ――チクッ!

「……え?」「……っ!?」

 彼女はうなじの辺りに小さな針が刺さったような痛みを感じた。アリシアも同じように首筋を押さえていた。彼女らが驚愕の表情で見やる先には……こちらに向かって開いた手を掲げるアディティの姿があった。どうやら彼女が今の針を投げたらしい。

 そして小鈴は自分の身体が急速に痺れて重くなっていくのを自覚した。

「……っ! おい、何のつもりだ!?」

 尚、天馬にも同じ物が撃ち込まれていたが、彼だけは辛うじて針を回避する事に成功していた。


「……ナラシンハ様(・・・・・・)に気を取られている隙に一網打尽に出来ると思いましたが……やはり彼だけは一筋縄ではいかないようですね」


「な、何、を……アディティ……?」 

 小鈴は全身が痺れて自由が利かなくなりその場に崩れ落ちながら、信じられない物を見るような目でアディティを見上げる。隣ではアリシアも両膝を落として座り込んでしまっていた。立ち上がりたくても身体の自由が利かない。

「我がバイラヴィの力で作り出した毒はディヤウスといえど簡単には中和できません。これでこの2人は無力化しました。後は……っ!」

 アディティの言葉が中断される。天馬が踏み込んで刀を薙ぎ払ったからだ。アディティは冷徹だった表情を引きつらせながら辛うじて回避した。

「ナラシンハ様ってのはあの男の事か? それで小鈴達を騙し討ち……。お前、要はアレか。最初から敵のスパイだったって事か。何のつもりで俺達を引き込みやがった? とにかく今すぐ2人を元に戻せ。さもないと今度は本気で―――」

 危機的な状況に際しては動揺を引きずらずに素早く状況判断をして、アディティが敵に回ったと見做した天馬が彼女を追い詰めようとするが、その彼に向けて恐ろしいまでの魔力が敵意を持って迫るのを感知した。


 天馬が咄嗟に向き直った時には既に、黒い矢のような形をしたエネルギー体が凄まじい速度で迫っている所だった。その向こうにはいつの間にか独特の形状の弓を携えたナラシンハの姿が。

 どうやら彼があの弓でこの黒い矢を放ったらしい。そう判断したのは刹那の時間。天馬は驚異的な反射神経で大きく飛び退って矢を躱した。

「……!」

 すると黒い矢はまるで天馬を追尾するように軌道を変えた。いや、ようにではない。明らかに天馬を狙って追尾している。

「ち……!」

 舌打ちして今度は回避ではなく迎撃を選択する。向かってくる矢に合わせて刀を斬り払う。すると驚異的な現象が起きた。何と黒い矢が天馬の斬り払いを躱した(・・・)のだ。

「何……!?」

 流石の天馬もこれは予想外であった。反射的に身を捻って直撃は免れたものの、腕を掠めて血が噴き出す。天馬を傷つけた黒い矢は再び軌道を変えて彼を自動追尾する。
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