第18話 堕ちた海神
文字数 2,928文字
「ふ……なるほど。これがディヤウスの力か。中々やるな」
エーギルは部下達が全て斃されたというのに、焦ったり動揺したりしている様子がない。そんなエーギルに槍の穂先を向けるミネルヴァ。
「次はあなたの番。覚悟は出来てる?」
「ふん、雑魚共を斃してきた事で調子に乗っているようだな。侵化種 の力を見せてやろう」
エーギルの魔力が高まる。だがそれを一々待ってやる道理はない。
「そんなに見せたきゃあの世で存分に披露しやがれ! 鬼神三鈷剣ッ!!」
ミネルヴァが注意を引きつけているうちにエーギルの死角に回り込んだ天馬が、凄まじい踏み込みで肉薄して刀を斬り下ろす。奴はまだあの黒いエネルギーを纏った変身形態になっていない。今ならまだ致命傷を与えられるはずだ。
だが……後ろから斬りかかった天馬の攻撃は、突如としてせり立った分厚い水の壁 に阻まれて弾かれてしまう。
「何……!」
「馬鹿めッ!」
エーギルの哄笑と共にその水の壁から細い水の帯が射出されて、まるで意志を持っているかのように天馬に襲い掛かる。それはさながら水の鞭 とでもいうべきものであった。
水鞭は先端がディヤウスの目を以ってしても捉えきれない程の速さで天馬を打ち据えようとしてくる。
「……っ!」
天馬は本能的に危険を感じて大きく横に跳び退る。その直後、近くにあった岩や木の残骸が滑らかな切り口で両断された。
「これは……!?」
「水というのは圧力如何では、この世のどんな刃物や弾丸よりも鋭利な凶器となるのだ。そして――」
『――神聖連弾!!』
エーギルの言葉を遮ってアリシアの神速の銃撃が奴を襲う。だがその軌道上にも一瞬で水の壁が立ち昇って、彼女の連弾を全て受け止めて無害化してしまう。
「……そして圧縮して膨大な質量となった水塊はあらゆる攻撃、衝撃を受け止め吸収する、どんな金属の壁も上回る絶対の障壁となる」
「く……『ディーヴァの舞踏会』!」
シャクティが大量の浮遊する光のチャクラムを作り出して、円を描くような軌道で水壁の聳え立っていない隙間や死角を狙って飛ばす。だが意志を持ったかのように動く水壁は自在に形を変えて蠢き、やはり全てのチャクラムを受け止めてしまう。
「そんな……!」
「あなたは水を操るという事? だったら私の力との相性は最悪ね」
絶句するシャクティに変わって『ブリュンヒルド』を構えたミネルヴァが、槍から強烈な冷気を放つ。たしかに強力な冷気は水を凍らせてしまう事が出来る。彼女の力であれば或いは……
『ヴァルハラ・スノーストーム!』
高速で旋回させた槍から局所的な吹雪が発生して、エーギルの操る水壁に衝突する。空気が一瞬で凍てつくほどの冷気で、これとまともにぶつかった水壁が巨大な氷の彫像になっている事を誰もが予測した。
だが……吹雪が晴れた時、そこには表面 が僅かに薄く凍っただけの水の塊があった。水の塊が身震いするように蠢動すると、まるで脱皮 の如く表面の氷が弾き飛ばされて、中からは何も変わりがなく健在の水壁が姿を現した。
「……!!」
「なるほど、確かに相性は逆の意味で 最悪のようだな。空気中の微細な水分を凍らせるのとは訳が違う。どんな低温でも質量の大きい、それも流れる 水全体を凍らせるには相応の時間とエネルギーが必要だ。無論ディヤウスの力の補正はあるだろうが、それはこちらとて同じ事だ」
目を瞠るミネルヴァをエーギルがせせら笑う。水溜まりや池などでも、同じ『凍った』でも表面が凍っているだけの状態と中の水全体が凍っているのとでは、素人目には同じように見えるかもしれないが、実際には全く違う。
表面が凍っているだけだと、下にいる魚などは普通に生きていて泳いでいる。それは厳密には『水が凍った』とは言えない状態だ。そしてそれは川や湖、そして海と質量が大きくなればなるほど顕著になる。
そして同じ質量でも循環、流動している水ほど凍りにくいという特性がある。ましてやエーギルが操る水は奴の魔力によって補正されているはずなので、あの水を凍らせる事は至難の業だろう。
「く……ぺラギアさんがいれば……」
シャクティが歯噛みする。確かにぺラギアの操る雷の力なら本当の意味で相性が良かったかも知れないが、生憎彼女は現在ここから遥か離れた南アフリカの地にいるはずであった。
「我が力の源は北欧の海神エーギル の物。奇しくも私と同じ名前とは皮肉な偶然と思わんか?」
エーギルは北欧神話の海の神で、荒ぶる海の自然やその脅威を体現した存在とされている。それが奴に力を与えた旧神か。しかし……
「尤も今は私と共にイタカ様の魔力を受け入れて堕落 した、頼れる同志 といった所だがな」
「……!」
初めてウォーデンの口から、僅かだが堕落 についての情報が語られた。そういう推測はあったものの、男性のディヤウス達に加護を授けた旧神(正確にはその旧神の飛ばした『種子』から発芽 した分身)自体がフォールダウンするのだという裏付けが取れた形だ。
でなければウォーデンと化した元ディヤウスの男に力など貸すまい。
「さて、今度はこちらのターンだな?」
エーギルの操る水壁が蠢いた……と思った次の瞬間にはその壁から大量の水滴 が、まるでショットガンのように撃ち出された!
「……っ!」
天馬達は4人いて更にある程度距離を開いて散らばっていたにも関わらず、その4人全員に等しく水の散弾が撃ち込まれたのだ。いわゆる全体攻撃 という奴だ。
「ちぃ……!」
天馬は刀を縦横に振るって迫りくる水弾を斬り払う。彼が鬼神流にディヤウスとしての能力を上乗せする事で辛うじて全て斬り払えた。威力も速度も相当なものだ。そしてそうなると他の面々は……
「ぐぅ……!!」
「あぐッ!!」
「……っ」
やはり全ては防ぎきれずに被弾していた。神衣の効果で貫通したり重傷を負う事は免れたようだが、少なくないダメージを受けてしまった。シャクティとミネルヴァはまだしも、直接神器で斬り払ったりができないアリシアの被弾率が最も大きいようだ。
「ふぁはは! そら、このままずっと私のターンを続けるか?」
エーギルが哄笑しながら再び水壁を蠢かせる。このまま受けに回るのはまずい。かといってエーギルの水は攻防一体の能力であり闇雲に攻めるのは悪手だ。
「アリシア、アンタはアレ を頼む!」
「……! わ、解った!」
敵の目の前で作戦の詳細をベラベラ話す訳には行かないし、その暇もない。果たしてアリシアは咄嗟に天馬の言いたい事を理解してくれたらしく、慌てて頷いてから大きく後退していく。この辺りは伊達に一番付き合いが長く共闘経験も豊富なだけはあった。
そしてエーギルの意識をアリシアから逸らすべく矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「ミネルヴァは俺の向かい側から挟撃! シャクティは近付かずに奴の隙を見つけて、とにかくチャクラムを投げまくれ!」
「……! 解った、任せて」
「は、はいっ!」
2人は反射的に天馬の指示に従って行動する。やや依存心が強いシャクティは勿論だが、ミネルヴァも天馬の指示の下に戦術を統一して戦うのが合理的だと判断したようだ。
作戦に従って天馬の反対側に回り込むミネルヴァ。シャクティは後ろに下がって中距離から援護の態勢になる。
エーギルは部下達が全て斃されたというのに、焦ったり動揺したりしている様子がない。そんなエーギルに槍の穂先を向けるミネルヴァ。
「次はあなたの番。覚悟は出来てる?」
「ふん、雑魚共を斃してきた事で調子に乗っているようだな。
エーギルの魔力が高まる。だがそれを一々待ってやる道理はない。
「そんなに見せたきゃあの世で存分に披露しやがれ! 鬼神三鈷剣ッ!!」
ミネルヴァが注意を引きつけているうちにエーギルの死角に回り込んだ天馬が、凄まじい踏み込みで肉薄して刀を斬り下ろす。奴はまだあの黒いエネルギーを纏った変身形態になっていない。今ならまだ致命傷を与えられるはずだ。
だが……後ろから斬りかかった天馬の攻撃は、突如としてせり立った分厚い
「何……!」
「馬鹿めッ!」
エーギルの哄笑と共にその水の壁から細い水の帯が射出されて、まるで意志を持っているかのように天馬に襲い掛かる。それはさながら
水鞭は先端がディヤウスの目を以ってしても捉えきれない程の速さで天馬を打ち据えようとしてくる。
「……っ!」
天馬は本能的に危険を感じて大きく横に跳び退る。その直後、近くにあった岩や木の残骸が滑らかな切り口で両断された。
「これは……!?」
「水というのは圧力如何では、この世のどんな刃物や弾丸よりも鋭利な凶器となるのだ。そして――」
『――神聖連弾!!』
エーギルの言葉を遮ってアリシアの神速の銃撃が奴を襲う。だがその軌道上にも一瞬で水の壁が立ち昇って、彼女の連弾を全て受け止めて無害化してしまう。
「……そして圧縮して膨大な質量となった水塊はあらゆる攻撃、衝撃を受け止め吸収する、どんな金属の壁も上回る絶対の障壁となる」
「く……『ディーヴァの舞踏会』!」
シャクティが大量の浮遊する光のチャクラムを作り出して、円を描くような軌道で水壁の聳え立っていない隙間や死角を狙って飛ばす。だが意志を持ったかのように動く水壁は自在に形を変えて蠢き、やはり全てのチャクラムを受け止めてしまう。
「そんな……!」
「あなたは水を操るという事? だったら私の力との相性は最悪ね」
絶句するシャクティに変わって『ブリュンヒルド』を構えたミネルヴァが、槍から強烈な冷気を放つ。たしかに強力な冷気は水を凍らせてしまう事が出来る。彼女の力であれば或いは……
『ヴァルハラ・スノーストーム!』
高速で旋回させた槍から局所的な吹雪が発生して、エーギルの操る水壁に衝突する。空気が一瞬で凍てつくほどの冷気で、これとまともにぶつかった水壁が巨大な氷の彫像になっている事を誰もが予測した。
だが……吹雪が晴れた時、そこには
「……!!」
「なるほど、確かに相性は
目を瞠るミネルヴァをエーギルがせせら笑う。水溜まりや池などでも、同じ『凍った』でも表面が凍っているだけの状態と中の水全体が凍っているのとでは、素人目には同じように見えるかもしれないが、実際には全く違う。
表面が凍っているだけだと、下にいる魚などは普通に生きていて泳いでいる。それは厳密には『水が凍った』とは言えない状態だ。そしてそれは川や湖、そして海と質量が大きくなればなるほど顕著になる。
そして同じ質量でも循環、流動している水ほど凍りにくいという特性がある。ましてやエーギルが操る水は奴の魔力によって補正されているはずなので、あの水を凍らせる事は至難の業だろう。
「く……ぺラギアさんがいれば……」
シャクティが歯噛みする。確かにぺラギアの操る雷の力なら本当の意味で相性が良かったかも知れないが、生憎彼女は現在ここから遥か離れた南アフリカの地にいるはずであった。
「我が力の源は北欧の海神
エーギルは北欧神話の海の神で、荒ぶる海の自然やその脅威を体現した存在とされている。それが奴に力を与えた旧神か。しかし……
「尤も今は私と共にイタカ様の魔力を受け入れて
「……!」
初めてウォーデンの口から、僅かだが
でなければウォーデンと化した元ディヤウスの男に力など貸すまい。
「さて、今度はこちらのターンだな?」
エーギルの操る水壁が蠢いた……と思った次の瞬間にはその壁から大量の
「……っ!」
天馬達は4人いて更にある程度距離を開いて散らばっていたにも関わらず、その4人全員に等しく水の散弾が撃ち込まれたのだ。いわゆる
「ちぃ……!」
天馬は刀を縦横に振るって迫りくる水弾を斬り払う。彼が鬼神流にディヤウスとしての能力を上乗せする事で辛うじて全て斬り払えた。威力も速度も相当なものだ。そしてそうなると他の面々は……
「ぐぅ……!!」
「あぐッ!!」
「……っ」
やはり全ては防ぎきれずに被弾していた。神衣の効果で貫通したり重傷を負う事は免れたようだが、少なくないダメージを受けてしまった。シャクティとミネルヴァはまだしも、直接神器で斬り払ったりができないアリシアの被弾率が最も大きいようだ。
「ふぁはは! そら、このままずっと私のターンを続けるか?」
エーギルが哄笑しながら再び水壁を蠢かせる。このまま受けに回るのはまずい。かといってエーギルの水は攻防一体の能力であり闇雲に攻めるのは悪手だ。
「アリシア、アンタは
「……! わ、解った!」
敵の目の前で作戦の詳細をベラベラ話す訳には行かないし、その暇もない。果たしてアリシアは咄嗟に天馬の言いたい事を理解してくれたらしく、慌てて頷いてから大きく後退していく。この辺りは伊達に一番付き合いが長く共闘経験も豊富なだけはあった。
そしてエーギルの意識をアリシアから逸らすべく矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「ミネルヴァは俺の向かい側から挟撃! シャクティは近付かずに奴の隙を見つけて、とにかくチャクラムを投げまくれ!」
「……! 解った、任せて」
「は、はいっ!」
2人は反射的に天馬の指示に従って行動する。やや依存心が強いシャクティは勿論だが、ミネルヴァも天馬の指示の下に戦術を統一して戦うのが合理的だと判断したようだ。
作戦に従って天馬の反対側に回り込むミネルヴァ。シャクティは後ろに下がって中距離から援護の態勢になる。