第1話 チート能力?

文字数 4,127文字

 成都双流国際空港。中国でも第4位の規模を誇る巨大な空港で、広大な中国の西側地域の交通の起点ともなっている。国際空港の名の通り世界各国からの便がひっきりなしに発着しており、その中には当然日本(・・)からの便も含まれており……

「おぉぉ……ここが成都か。ていうか中国自体にも初めて来たから、ここが中国かって言うべきかな?」

 天馬は空港に到着した飛行機から降りて、巨大な空港内部の威容に圧倒されてしまった。彼が日本を発つ時に利用した中部国際空港も、空港自体初めてであった天馬を驚かせる巨大さであったが、ここは更に大きいように思える。人の多さも比較にならない程だ。

 流石伊達に国土が広くないなと、天馬は妙な所で感心してしまった。空港という巨大施設の内部はその機能上そこまで国ごとに構造が異なっている訳ではないが、やはり細かな内装やテナントの種類、行き交う人々の装いなどによって、ここが日本とは違う外国であるという事を意識させた。


「どちらでも構わんが、あまり唖然として周囲ばかり見やっているとお上りさん丸出しだぞ。これから中国だけでなく恐らく世界中を旅する事になるのだから、異国や異文化というものに早く慣れておくのだな」

 天馬の横に並んで歩くのは、その外見だけで天馬より余程目立っているアメリカ人の金髪カウガールシスターのアリシアであった。


 茉莉香を取り戻すと誓った天馬はアリシアの提案に従って、まずは戦力を増強する為に世界各国に眠っているであろう『神化種(ディヤウス)』を見つけ出して仲間にする為に、アリシアと共にまずはこの中国へと赴いたのであった。

 天馬やアリシアもディヤウスであり同じディヤウスを感知できるのだが、それにはかなり近づいて尚且つ会話をしないと完全には確信が持てない。では何故2人は中国、それも広い国土の中で敢えてこの成都市にやってきたのか。

 それはアリシアが所属する米国聖公会の総裁主教(ジューダスという名前らしい)が、この成都に未覚醒のディヤウスがいるらしい(・・・)と教えてくれたからだった。ジューダスは世界中に散らばる未覚醒のディヤウスのいる場所を大まかではあるが特定できる能力を持っているのだ。

 ただしあくまで大まかな居場所というだけで当然住所などは分からないし、それどころかその人物の顔も名前も職業も一切解らないという、凄いのかショボいのか評価に困る能力だと天馬は思った。なので現地に到着したら後は自分達の足で目的のディヤウスを探さねばならないという訳だ。

 とは言えこの広い世界中でどこにいるかも解らない人物を当てもなく探すとなればサハラ砂漠に落ちた宝石を見つけるような物だが、とりあえず大まかな所在地さえ分かればサハラ砂漠から鳥取砂丘くらいにはグレードダウンする訳で、そう考えればやはり凄い能力なのかも知れない。

 ただアリシアによるとディヤウス同士はある程度近い圏内(・・)にいると互いに無意識の内に引き合う性質があるらしく、現地に着きさえすれば必ず何らかの形で出会う事になるはずだと太鼓判を押してくれた。



 空港から外に出ると大きなバス停やタクシー乗り場がある。この辺の構造は日本と変わらない。というか万国共通だろう。ただし街の規模や人口に比例して、乗り場の面積や車の台数、そして行き交う人々の数は遥かに多かったが。

 バス停の看板、様々な標識、空港内にある案内板等々……。当然だが全て中国語だ。日本の漢字と近い用法の文字が多いので、何となく意味は解る。しかし中には漢字では使われていないような文字もあり、正確に読めと言われても不可能だ。そう……通常(・・)であれば。

「…………」

 天馬は少し意識を集中させ、日本でアリシアに教わったようにディヤウスとしての力を軽く発散させる。すると……

(おぉ……! ほ、本当に読める! 中国語なのに解る!)

 文字は相変わらず中国語のままなのに、不思議とその文章の意味が理解できて頭に入ってくるのだ。何とも不思議な感覚であった。

 アリシアによると文字に込められた意味(・・)そのものを、ディヤウスの力で読み取る事が出来るのだという。細かい理屈は解らなかったが大変便利な特性である事は間違いない。中学高校でも英語の授業が苦手だった天馬としては、反則だろと自分で思ってしまう程であった。

 しかしこのディヤウスの特性はそれだけには留まらず、異国の言語を読めるだけではなく……


「お姉さん、美人だねぇ! アメリカ人かい? 旅行で来たならいいホテル紹介するよ! あ、中国語は解るのかい?」

 空港を出てもアリシアの姿は目立っており、早速タクシーの運転手が1人声をかけてきた。勿論中国語だ。文字ならともかく発音となると、日本人の天馬には最早何を言ってるかも解らない早口の呪文のような物だ。そう……本来(・・)であれば。

(す、凄ぇ……! 解る! このオッサンが何言ってるのかハッキリ解るぞ!)

 やはり文字と同じく耳に入ってくるのは中国語なのだが、頭ではちゃんとその言葉の意味が理解できているのだ。これまた不思議な感覚であった。

 文字と同じようにやはり言葉にもその発音に込められた意味や感情があり、それをディヤウスの力で読み取って自分が分かりやすいように変換(・・)してくれているのだとか。

(……真剣に語学を勉強している人達、スマン!)

 つい心の中でそう謝ってしまう天馬であった。それくらいこの特性は反則(チート)級の便利さであったのだ。ディヤウス凄ぇ、と戦闘能力とは関係ない部分で神の力の偉大さを実感する天馬。


「む? ああ、それなら問題ない。まあ旅行みたいな物だが特に当てがなくてな。いいホテルを紹介するとは本当か?」

 アリシアが運転手に答える。運転手が目を丸くする。恐らく金髪アメリカ人のアリシアが流暢な中国語(・・・・・・)で答えた事に驚いたのだろう。これもまたディヤウスの大きな特性であった。

 こちらの喋る言葉にディヤウスの力を乗せる(・・・)事により、その言葉を聞いた者に自動的に言葉の意味を自分が馴染んだ言語に脳内変換させてしまう事ができる。

 日本で初めて会った時からアリシアが流暢な日本語を喋っていたのも、実際には彼女は英語を喋っており、それを天馬達が自動で言葉の意味を日本語に脳内変換していたという訳だ。

 同じディヤウスとなった今は、アリシアの喋る言葉はちゃんと英語に聞こえていた。その上でディヤウスの特性によってその英語の意味を理解して聞く事が出来ていた。


 だが天馬はそんなアリシアの台詞を聞いて少しギョッとした。タクシーの運転手はあからさまに好色な視線を彼女の胸元や露出した脚などに向けており、そもそもこう言っては何だが天馬から見てもかなり怪しげな風体の男であった。

 日本ほど治安の良くない海外では、こうして空港から出てきた旅行者などを狙った詐欺や犯罪が多いという話は高校生の天馬でも知っているくらいだ。だというのに彼よりも年上であろうアリシアは、運転手を全く疑う様子も見せずに真顔で話を聞いていた。

(え……もしかして意外と天然?)

 字も読めるし話もできるのだから、泊まる場所くらい自分達で探せるだろう。こんな怪しげな男に付いて行ったら、どこに連れて行かれるか解ったものではない。


「おい、アリシア! やめとけって!」

 天馬が制止すると、運転手の視線がこちらを向いた。天馬は当然日本語で喋っているのだが運転手の耳には、アリシアと同じく天馬が流暢な中国語を喋っているように聞こえているだろう。

「んん? 何だい、彼氏(・・)も一緒だったのか。どの省から来たんだ? こんな金髪美人の彼女をゲット出来て羨ましいねぇ!」

「俺は中国人じゃなくて日本人だよ。とにかく俺達はあんたの世話になる気は無いから他を当たってくれ」

 天馬がそう言って割り込みアリシアを連れてその場を離れようとすると、運転手の態度が変わった。

「日本人だと? 一丁前に流暢な中国語喋りやがって紛らわしい。おい、待てガキ。大人に舐めた態度取るとどうなるか……」

 運転手が凄んで天馬の肩を無遠慮に掴んで引き留めようとする。完全にサービス業に従事する人間の態度ではない。当たり前だが日本の常識で考えない方が良さそうだ。またこの態度の急変には天馬が日本人であるという事も含まれていそうだった。

 日本人が嫌いなのか、それとも大人しい鴨だと思われているのか。いずれにしても威圧的に絡んだ相手が天馬であった事がこの運転手の不幸であった。


「おい、無遠慮に人の肩掴んでんじゃねぇ。お里が知れんぞ?」


「……!!」

 元々武術を学んでいて潜在的に気性が荒い性格である事に加えて、今はディヤウスとして覚醒もしているのだ。勿論この力を一般人相手に無闇に振るう気は一切無かったが、こうやって相手から無礼な態度で絡まれた場合は、多少(・・)その力を使うのも吝かではない。

 尤も今の状況に限っては、わざわざディヤウスの力を使うまでもなかったが。天馬は自分の肩を掴んでいる運転手の手を掴み返す。そして少し特殊な力の入れ方をして捻ると……

「いっ!? 痛てっ!! イダダダダァァァッ!!!」

 運転手は情けない悲鳴を上げてその場に屈み込んでしまう。しかしそれでも天馬は手を離さない。

「もう俺達には関わるなよ。いいか?」

「わ、解った! 解った! 俺が悪かった!! 頼むから離してくれぇ!!」

 脂汗を流して必死に頷く運転手。


「お、おい、テンマ。もう充分だろう。野次馬が集まってくるぞ」

 見かねたのかアリシアが仲裁してくる。確かに彼女の言う通り空港の前のロータリーという事もあって、この騒動は行き交う人々の目を引いていた。ただし誰も止めに入ったり警察に通報しようという動きはない。それどころか大半の人間はチラッとだけ横目で見てそのまま行き過ぎていく。このくらいのトラブルはここでは日常茶飯事なのかも知れない。

 天馬は溜息を吐いてから手を離した。

「はぁ……まあ、いいか。別に好んで目立ちたい訳じゃないしな」

 彼が手を離すと運転手が恨めしげな視線で見上げてきたが、天馬が一睨みくれてやると慌てて俯いて目を逸らした。


 これ以上なにか余計なトラブルを抱える前に、天馬はアリシアの腕を引っ張るようにして早々にその場を離れるのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み