第5話 悪魔退治

文字数 4,686文字

 アテネの市街地にある旅行者用のホテル。ぺラギア達と別れた天馬とラシーダの2人はとりあえずここに宿を取っていた。

「どう? 少しは気持ちが落ち着いた?」

 当然部屋は二部屋取ったが、とにかくまずシャワーを浴びて入浴しなさいとラシーダに強引に勧められて、ラシーダ自身も自室で入浴をすませた後、天馬の部屋で再び集まっていた。

「ああ……まあな」

 とりあえず彼女に押し切られるままにシャワーを浴びた天馬は、先程まで沸騰していた精神が大分落ち着いているのを自覚した。だが気持ちは落ち着いても事実は変わらない。

「あんたは何故俺の元に残ってくれたんだ? あの女の言っている事は事実だぜ。俺はいずれウォーデンに変わる。他の男達が軒並みウォーデンに変わってるのに、俺だけ例外なんて事はあり得ねぇ話さ。頭の片隅ではそれを解ってたんだ。だが敢えてそこから目を逸らしてた。あの女はそれを表在化したってだけの事だ」

 天馬は自嘲気味に笑う。今では怒りは収まっていた。そうなってくるとあのぺラギアの指摘の正しさ(・・・)が身に染みる。

「そうね。確かに彼女の言う事は正しい(・・・)んでしょう。でも私は正義だとか正しいとか、そういうのが正直あまり好きじゃないのよね」

 ラシーダは肩を竦めた。そういえばぺラギアと対峙した時もそのような事を言っていた。

「正しい事をするために自分の感情や自分がやりたい事を封印するなんて馬鹿げてるわ。そもそも私は、知らなかったとはいえ子供の頃から多くの罪ない人を毒殺(・・)して、挙句には自由になる為に自分の家族さえも殺したのよ? 私こそ正しさだの正義だのからは無縁の人間だし今更な話でしょ」

「そういやそうだったな」

 あっけらかんとしたラシーダの態度と言葉に、天馬も思わず小さな笑みを漏らす。

「そうよ。そしてあの場では、一方的な正義を押し付けてくるあの女に味方する気にはなれなかった。理屈じゃない。ただ自分の感情に素直に従っただけ。だからあなたがそれ以上気にする必要はないわ」

 自分がやりたくてやっている事だから気にする必要はない。彼女が言いたいのはそういう事だろう。彼女の意を受けて天馬も意識を切り替えた。

「そうだな。ありがとう、ラシーダ。なら俺もいつまでもウダウダ言ってても仕方ねぇな。とりあえず今は俺達は俺達で小鈴達とは別に動くとするか。今はあいつらも混乱してるだろうし、俺も正直ちょっと顔を合わせづらいからな」

 その場に怒りと激情に任せて殺気まで向けてしまったのだ。どのみち今はお互いに距離を置いて頭を冷やす期間が必要だろう。


「それはその通りだけど、実際この後はどうするの? もうこの街に来た目的(・・)は達成しちゃった訳だけど」

 アテネに来た目的はこの街にいるというディヤウスを探す為。そしてそれはぺラギアの事であった。その目的は果たしてしまったのだから、この後はどうすればいいのか。ラシーダの疑問は尤もだ。だが天馬はかぶりを振った。

「あの女はプログレスと戦っていた。つまりこの街にも邪神の勢力が蔓延ってるって事だろ? だったら俺達も当面の敵はそいつらだ。小鈴達も恐らくあの女に付いてそいつらと戦うはずだしな」

 小鈴達を置いて自分達だけで旅立つ訳にもいかないし、そもそもアリシアと合流しなければ次の目的地も不明のままだ。であるなら天馬とて今は(・・)ディヤウスの端くれ。邪神の勢力と戦いこれを殲滅する事に否は無い。

「確かにそうね。でも当てはあるの?」

「ああ、さっき下のロビーでもテレビでニュースが流れてたが、この街は今正体不明の連続殺人鬼に悩まされてるらしいな。それも同時多発的に色んな場所で起きてて、警察もお手上げ状態だとか。……実に解りやすいと思わねぇか?」

「……! プログレス達ね」

 ラシーダが天馬の言いたい事を察して確認すると彼は首肯した。

「奴等は主に夜中に出没するらしいから、網を張っておけば捕捉する事はそう難しくねぇだろ。恐らくあのぺラギアも今までそうやって戦ってきたんだろな」

「けど1人じゃ同時多発する襲撃に手が足りなかった……」

「そんな所だろうな。だが今は俺達がいる。恐らく小鈴達もあの女に協力するだろ。そうやって奴等の犯罪を妨害してプログレス共を片付けていけば、自ずと裏にいるだろうウォーデンを炙り出す事ができるはずだ」

 その過程で小鈴達と再び道が重なる事もあるはずだ。それにプログレスやウォーデンを倒し続ければ、ぺラギアにしても天馬の事を戦力(・・)として認めざるを得ないだろう。同時に彼が邪神の種子に侵されていない事の証明にも。

「なるほど、一理あるわね。他に当てもないし、じゃあ早速今夜から張り込み(・・・・)を始める?」

「ああ、善は急げだ。奴等はこっちの事情なんか忖度しちゃくれないだろうしな」

 こうして天馬達もまたアテネに巣食う闇を相手取った戦いを始めるのであった。


*****


 アテネの郊外にある共同墓地。探知能力を広げて網を張っていた天馬達が魔力反応を感知してこの場に駆け付けると、そこでは旅行者と思しき5、6人の東洋人達が異形の存在に襲われている所であった。
 それはぺラギアと戦っていたのと同じ、まるで西洋の悪魔のイメージをそのまま形にしたような怪物達であった。この地域のプログレスだ。

 2体いる。丁度天馬達と同数だ。

「やめろやっ!!」

『……!!』

 旅行者たちに襲い掛かるプログレスを鬼刃斬で牽制する天馬。プログレス達の動きが止まり、こちらに警戒したような視線を向ける。その間に天馬とラシーダは素早く旅行者たちとプログレス達の間に割り込む。

「逃げなさい、早くっ!!」

 ラシーダが敢えて鋭い声で怒鳴って『セルケトの尾』を地面に打ち付ける。強烈な打撃音に旅行者たちはビクッと身体を震わせ、それから一目散に墓地から逃げて行った。勿論その間にも天馬がプログレス達を牽制して後を追わせない。

「へ……残念だったな、プログレス共! 俺達がいる限りお前らの好きにはさせねぇぜ?」

『貴様ら……ディヤウスか? あの忌々しい軍神のディヤウス以外にも、まだ我等の邪魔をする者達がいたのか』

 悪魔の姿をしたプログレスが唸る。軍神のディヤウスとはぺラギアの事だろう。

「そういうこった! これまでのように好き勝手には行かねぇぜ!」

 旅行者たちが墓地の外へ逃げ切ったのを確認して、天馬が自分から斬り掛かる。直接戦うのは初めてだが、その動きや能力などはぺラギアとの戦いで見ている。恐らく外見と同じで能力もそう大きな違いはないだろう。

『小癪な! 貴様ら旧神の眷属共を我等が神、偉大なるハストゥール様に捧げる贄としてくれるわ!』

 プログレスの一体が迎撃してきた。もう一体も当然動き出そうとしたが、そちらにはラシーダの鞭が襲い掛かった。

『……!』

「あら、私を無視しないで欲しいわね? 私もあなた達の嫌うディヤウスの1人なんだけど?」

 ラシーダの方もプログレスを一体引き付けての戦いが始まった。



『鬼刃連斬!!』

 天馬が連続して刀を振るうと、その軌跡に合わせて神力を帯びた真空刃が射出される。だが悪魔の姿をしたプログレスは意外に素早い動きでこれを回避。反撃に両手を突き出すと、そこから激しいスパークと共に太い電撃を撃ち込んできた。

「……!」

 天馬は咄嗟に横に跳んでそれを躱す。プログレスは次々と電撃を撃ち込んでくる。このままでは埒が明かない。天馬は撃ち込まれた電撃を敢えて前方に跳ぶようにして前転しながら回避した。

『何……!?』

「近付いちまえばこっちのモンだなぁ!」

 天馬は動きを止めずに起き上がると、そのまま凄まじい踏み込みでプログレスに肉薄する。だが敵は今度はまるで神器のように自身の手の中に禍々しい形状の剣を出現させると、それで天馬の斬撃を受け止めた。

「何……!」

『シャアァッ!!』

 今度は天馬が目を見開く番であった。プログレスは奇声と共に剣を横に薙ぎ払ってきた。後ろに跳ぶようにしてそれを回避する天馬。プログレスは追撃してきた。

『死ねッ!!』

「てめぇがなっ!」

 双方相手の命を奪うべく剣と刀が何度も交錯し打ち付け合う。その度に耳障りな金属音が鳴り響き、魔力と神力がぶつかり合う火花が散る。

 プログレスの剣速はかなりのものだ。斬撃の威力も高い。だが得物を持っての近接戦闘なら鬼神流を叩き込まれてきた天馬は負ける気がしなかった。

「ふっ!」

 天馬は相手の急所を狙うような斬撃から、変幻自在に軌道を変化させて相手の足首の辺りに斬り付ける。大胆に身を屈めての意表を突いた一撃にプログレスは咄嗟に反応できなかった。

『ウギャッ!!』

「そこだっ!」

 相手が激痛で反射的に身を屈めたような姿勢になる。天馬にとっては隙だらけな体勢。彼はそのまま身体ごと上に伸び上がるように斬り上げた。プログレスの胴体から頭部までが真っ二つに分断された。

 再生能力の類いはないらしく、プログレスは空気に溶け込むようにして消滅していった。



『ポイズン・ショット!』

 ラシーダも次々と毒弾を撃ち込んでプログレスを攻撃している。しかしやはり素早い動きで避けられてしまう。悪魔は反撃に掌から火球を撃ち込んでくる。

「ち……!」

 攻撃能力は非常に高いが反面体術が心許なく防御や回避に難のあるラシーダは、一騎打ちのような状況で敵から攻撃されると対処が難しいという弱点がある。完全な後方支援タイプなのだ。

 撃ち込まれた火球は辛うじて回避できたが、プログレスは再度火球を放とうとする気配がある。このまま攻撃され続けるのはマズい。

(攻撃こそ最大の防御というやつね……!)

 それこそがまさに彼女の戦闘スタイルであった。ラシーダは能動的な防御を放棄して『セルケトの尾』を振るう。攻撃される前に強引に攻撃するのだ。

『テラー・ニードルッ!!』

 主人の意を受けた神器は獲物を狙う蛇そのもののような動きで、一直線にプログレスに迫る。その速さと変幻自在さに驚いたプログレスが咄嗟に回避しようとするがそれは悪手であった。

 『セルケトの尾』の先端はまるで太い針のように尖り、獲物を半自動で正確に追尾する。空中に飛び上がっていたプログレスは迫る凶器を回避しきれずに、胸の辺りに『セルケトの尾』の先端が突き刺さった。

『ガ……!?』

 その瞬間プログレスが悶え苦しみ出して地面に落下する。そして口から泡を吹いて激しく痙攣するとそのまま動かなくなった。やがてやはり空気に溶け込むようにして消えていった。



「ラシーダ、無事か!?」

 天馬は少し苦戦していたラシーダに駆け寄る。彼女は自嘲するように苦笑しながら頷いた。

「ええ、私なら大丈夫よ。敵と一対一で戦うのは初めてだったから、ちょっと勝手が解らなかっただけよ。私は基本的に誰かの後ろから攻撃するスタイルが合ってるみたいね。卑怯な毒使いのイメージにピッタリだわ」

「試合じゃねぇんだ。命のかかった戦いに卑怯もクソもあるかよ。適材適所でやれる事をやればいいのさ。重要なのはどんな手を使おうが勝つ事だ」

 天馬は躊躇いなく答えた。それはただの慰めではなく彼の本心であった。それが伝わったのかラシーダが少し明るい表情になって苦笑した。

「立場が逆になっちゃったわね。ありがとう、テンマ」

「本心だから礼はいいぜ。だがこれで要領は掴めたな。この調子でこの街のプログレス共の活動(・・)を妨害していこうぜ。多分それが裏にいる奴を炙り出す一番の近道だからな」

 戦闘が終わってプログレスの『結界』が解けている事を確認した天馬たちは、夜の墓地にいる事を誰かに見咎められる前に素早く闇に紛れてホテルに戻るのであった……
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