第17話 近代武器vs神力

文字数 3,730文字

 幸い船はすぐに『チャーター』できた。ボートのような小さめの船だ。小型船舶の操縦はアリシアが出来たので、彼女に操縦してもらって対岸のフォーレ島に備え付けられた港まで船で向かう。対岸と言っても距離は近く、真っ直ぐ向かえば船で数分程度といった所だ。

 フォーレ島の小さな港は夜の闇に静まり返っていた。シャクティが広範囲の索敵を行うが、魔力の反応はないとの事だ。

「小賢しい罠を仕掛けても無駄だって学習したのか? それとも……」

「……罠なんかなくても私達を斃せる自信があるのか、ね」

 ミネルヴァが天馬の言葉を引き継いで呟く。いずれにせよ罠が無いなら遠慮なく上陸させてもらうまでだ。


 港に船を停泊させてフォーレ島の地に立つ一行。島の殆どは自然の暗闇に覆われているが、遠くに微かな灯りが見えた。

「あれがこの島にある軍事基地よ。敵がいるとしたらあそこね」

 その人工の灯りを指したミネルヴァの言葉に頷く天馬達。相変わらず神力による広範囲の索敵を行っていたシャクティが集中を解いた。

「この島に他に魔力を感知できるポイントはありません。間違いなく敵はその基地に待ち構えているはずです」

「ウォーデンの気配や魔力は感じるか?」

 アリシアの問いにシャクティはかぶりを振った。

「ここからでは解りませんでした。ただ……何か奇妙な魔力を感じる事は確かです。何らかの存在があそこにいるのは間違いありません」

「それだけ分かりゃ充分だ。後は実際に訪問(・・)して確かめる事にしようぜ。勿論準備万端に整えて警戒した上でな」

 結局それしかないだろう。天馬の音頭で一行は再び神器を顕現させて戦闘態勢を整えると、周囲を警戒しつつ闇に浮かぶ基地の灯りを目指して進んでいく。

 ミネルヴァが言っていた通り周囲は木々がまばらに散逸する丘や林などの自然が広がっており、その中を最低限舗装された道路が通っているだけの、かなり寂れた印象の島であった。確かに何らかの理由が無ければ敢えてこの島に移住しようという人も少ないだろう。

 そんな道を暫く進むと、やがて島の中央部に聳える軍事基地の前まで到達していた。ここまで特に妨害らしい妨害も無かった。

 基地は広さだけはかなりあって、フェンスに囲まれた敷地の中には司令部や倉庫、見張り塔のような建物の他に、格納庫と思しき建物も並んでいた。外の駐車スペースにも軍用車両がいくつも停まっていた。狭い島である為か戦車の類いは見当たらなかった。代わりに軍用と思しきヘリコプターが何機か確認できた。

 そして……建物や設備だけでなく、当然その基地の住人(・・)達の姿も。


「よく来たな、忌々しい旧神の走狗共よ」


「……!!」

 今まで哨戒用の最低限の照明しか点いていなかった基地が一斉に覚醒(・・)した。敷地中の照明が点灯し、いくつもの大型のサーチライトが天馬達と……待ち構えていた者達の姿を照らし出した。

 基地の正面入り口が開いており、そこにライフル銃などの銃火器を構えた兵士達が居並んでいた。そしてその兵士達を後ろに従えて中央に立つ1人の男がいた。

 兵士達とは違う士官用の軍服に身を包んだ男で、年の頃は20代後半ほどに見える。意外と若い男だ。その男が再び口を開いた。


「ようこそ、スウェーデン陸軍フォーレ島前哨基地へ。私がここの指揮官であるエーギル・(クリストフ)・ノルディーン中尉だ。改めてお前達を歓迎しようじゃないか」


「……あなたがビスビューに『結界』を張って、あの島の惨状を作り出した張本人?」

 ミネルヴァの静かな問いに士官……エーギルは悪びれる事もなく首肯した。

「如何にも。お前達さえ現れなければ計画は極めて順調だったのだ。だがまあいい。ここでお前達を始末しさえすれば、また手下などいくらでも作れる(・・・)からな」

「……っ」

 明確に自分がウォーデンだと認める発言もさることながら、人々の事は勿論部下達の命さえなんとも思っていない様子にミネルヴァが目を眇める。

「ウォーデン相手に聞くのも野暮かも知れねぇが……何でこんな事をしでかした? てめぇの目的は一体何だ?」

 天馬が刀を向けて問い掛けると、エーギルは嗤いを形作った。

「それこそ聞くまでもなかろう? 我が勢力を拡大するためだ。私の祖先はかつてこの北欧からバルト海まで席巻した偉大なる武装商人ヴァイキングの一族であった。私は偉大な祖先の栄光をこの地に取り戻す。まずは重要なヴァイキングの交易拠点であったこの島からな」

「そんな下らない目的のためにこの街を……私達を巻き込んだの?」

 ミネルヴァの怒りを秘めた言葉にエーギルは不快気に鼻を鳴らす。

「ふん、元より貴様らに理解できるとは思っておらん。この島の住民共と、そして観光資源に釣られてのこのこやってきた観光客共を信徒(・・)に作り替え、その信仰エネルギーを我等が神であるイタカ様(・・・・)に捧げるのだ。こう言った方が貴様らには解りやすいか?」

「……! イタカ、だと!?」

 エーギルが挙げた名前にアリシアが反応して目を剥いた。

「知ってるのか、アリシア?」

「うむ……ハストゥール派(・・・・・・・)の邪神の一柱で、吹雪を司るとされる邪神だ。こやつやここのプログレス共はイタカの種子を取り込んだ者達だったのか」

 アリシアによると邪神の中にも派閥があるらしく、ギリシャでも崇められていたハストゥールはその派閥の一つの長であるらしい。


「さあ、お喋りはここまでだ。お望み通り『生存競争』を始めようじゃないか。尤も淘汰されるのは貴様らの方だがな」

 エーギルが手を挙げると、後ろにいた兵士達が一斉に銃を構えた。よく見るとライフル銃だけでなくナパームやロケットランチャーと思しき武器を持っている兵士までいる。

 天馬は目を瞠った。ピストルやライフルならこれまでに何度も捌いた事があるが、流石にロケットランチャーを向けられたのは初めてだ。

「……っ! 散れっ!!」

 ミサイルが撃ち込まれるのと天馬が叫ぶのはほぼ同時であった。四人は一斉に散開するが、その直後に撃ち込まれたミサイルが着弾した。

 凄まじい閃光と爆発が発生し、熱と衝撃、轟音と爆炎が周囲を覆い尽くした。そこに爆煙が晴れる間もなく大量のマシンガンによる一斉掃射が撃ち込まれる。グレネードランチャーを撃つ兵士もあり、更なる爆発が巻き起こった。

 エーギルが一旦合図を出して掃射を止めさせる。彼等の前には未だに濛々と立ち込める爆煙が揺らめいていた。人間であればどんな鍛え抜かれた者であっても原型を留めない肉塊に変わり果てているだろう容赦なき爆撃銃撃。だがエーギルの目はその爆煙の向こうを見通すように眇められたままだ。

「さて……まさかこれで終わりでもあるまい?」

 彼がそう呟くのと同時に……爆煙を割るように4つ(・・)の影が飛び出してきた。

「へっ! あったりめぇだ!」

「今度はこちらの番だな!」

 勿論天馬達だ。全員が無事だ。最初のミサイルの衝撃をやり過ごす事に成功した彼等は、煙と炎に覆われた視界の外から撃ち込まれるライフル掃射を自らの神器や神衣で弾き、掃射が止んだタイミングで飛び出したのだ。


 ミネルヴァに向けてナパーム弾が撃ち込まれた。しかし同時に彼女も『ブリュンヒルド』を迫ってくるナパーム弾に向けた。

『スコルグ・ブロートッ!!』

 槍の穂先から強烈な冷気が線状になって射出される。それは有り体に言えば冷凍ビーム(・・・・・)のようなもので、途上の空気を一瞬で凍てつかせながら真っ直ぐナパーム弾と衝突した。

 ナパームが弾け、激しい炎を撒き散らすが、その炎ごと一瞬で凍り付いた。ナパームの炎にあっさりと打ち勝つミネルヴァの操る凍気の凄まじさであった。

神聖連弾(ホーリー・マシンガン)!!』

 そしてアリシアも持ち前のクイックショットで、四方八方から撃ち込まれるグレネードランチャーの榴弾を、着弾前に全て撃ち抜いて爆発させていく。その凄まじい花火の中を、大量の兵士達によるライフル掃射が再び襲う。

『鬼神崩滅斬!』

『ディーヴァの舞踏会!』

 だがその全ての銃弾を天馬とシャクティが手数優先の技で斬り払っていく。あのエーギルという男のやり口を考えると、その直近にいた兵士達は既に邪神の眷属と化していると見て間違いないだろう。そもそも操られた群衆のような緩慢な動きではなく、あきらかに自発的に銃火器を使用している様子からもそれが窺える。

 つまり……容赦も手加減もする理由がないという事だ。

『鬼刃斬!』

 天馬の薙ぎ払う刀の軌跡に合わせて不可視の真空刃が射出され、兵士達をまとめて両断する。その間に銃撃してくる他の兵士の攻撃は全て、シャクティが光のチャクラムを旋回させて防いでくれる。

拡散神聖弾(ホーリースプレッド)!!』

 アリシアの神聖弾が広範囲に煌めき、兵士達を次々と撃ち抜いていく、しかし最も苛烈なのはミネルヴァだ。

『ヴァルハラ・スノーストーム』

 彼女が頭上で槍を高速旋回させると、それに煽られるように凍結の吹雪が発生し、周囲のもの全てを凍り付かせていく。撃ち込まれる銃弾の雨も、ナパームやグレネードも、そして兵士達自身も……全て極寒の渦に呑み込まれて氷の彫像と化していく。

 残った数人の兵士達が銃火器を捨ててプログレスの姿に変身すると直接襲い掛かってきたが、当然全て鎧袖一触で蹴散らした。

 これで残るはエーギルだけだ。
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