第10話 斬撃vs刺突

文字数 3,197文字

 東京の上空(・・)。高度600メートルを超える建造物の屋上。遮るものもない天空闘技場において、2人の剣士(・・)が幾度もその刃を振るって打ち合う。あり得ないがもしこの場に普通の人間のギャラリーがいたら、何かの影が瞬間移動しながら動き回って激しい音を鳴らしあっている、という風にしか見えなかっただろう。

 常人ではまともに見る事さえ叶わないような速度で行われる異次元の戦い。それがこの場所で繰り広げられていた。

「ははは! いいよ、君! 中々いい! 私と単身でこれだけ打ち合える者はそうはいない。君は間違いなく極めて優秀な剣士、いや……サムライだ!」

 楽しそうに哄笑する一方の影は、フランス人で狩猟神ケルヌンノスのウォーデンであるジルベールだ。その手にはフェンシングなどで使うような刀身の細い、いわゆる刺突剣(レイピア)が握られている。

 刺突剣は有効な攻撃が突きしかないので一見与し易そうに思えるが、ジルベールの突きの速さと技量は尋常ではなく、剣が一個の意思を持った生物であるかのように自由自在に蠢き、まるで本当に分裂しているかのような異次元のスピードでこちらの急所を的確に狙ってくる。

 一方の天馬も真剣『瀑布割り』を手に、襲いくるジルベールの刺突を捌きながら僅かな間隙を狙って致命の斬撃を煌めかせる。その斬撃の鋭さはウォーデンであるジルベールが目を瞠るほどで、彼は危うい所で刀を躱しながらなお嬉しそうに笑う。

「こんなに楽しい戦いは久しぶりだ! 君がここに来てくれた事をハストゥール様に感謝しよう!」

「俺は自分の意思でここに来たんだ。ハストゥールなんて奴は関係ねぇ!」

 天馬は舌打ちしながら更に斬撃の速度を上げていく。既に出し惜しみなく全力を以って戦っており、神力もほぼ全開にして身体能力を底上げりている。それによって超常の速度で連撃を繰り出す天馬だが、ジルベールもまたその度に速度を上げて連撃に対応してくる。

 しかも奴にはまだ余力がありそうだ。やはりウォーデン、一筋縄ではいかない相手だ。


「楽しい時間だけど、いつまでもこうしている訳にもいかないね。そろそろ本気(・・)で行かせてもらうよ!」

「……!!」

 ジルベールのスピードが更に上昇した。天馬ですら全神経を集中させてようやくその動きの片鱗が見えるというくらいだ。しかもそれでいて奴は感覚もその超スピードに合わせられているらしく、こちらの急所を正確に狙ってくる技量は全く落ちていない。

 捌き切れなくなった刺突が徐々に天馬の身体を掠るようになってくる。一つ一つの傷は小さく浅いが、それも数が増えてくると全体の出血量は馬鹿にならない。ジルベールは一気にこちらを仕留めるのは難しいと判断して、このようにジワジワと削る戦法で攻めてきているらしい。

「ぬ……!?」

 背中に上昇気流を感じた天馬は唸る。当然振り向いている余裕はないが、自分は屋上の縁に追い詰められているらしい。自分の背後は遮る物もなにもない、高度634メートルの空中だ。

 鬼神流の修行の一環で常に戦場の位置関係を意識しながら戦う癖が付いている天馬だが、流石に自分以上のスピードを持つウォーデンとの一騎打ちの最中という事もあって、位置取りにまで気を配っている余裕がなかった。

「失血死か墜落死か、好きな方を選びたまえ!」

 ジルベールが増々攻勢を強めてくる。この高さから落ちたら如何にディヤウスといえども死は免れないだろう。さしもの天馬も肝が冷える。


(ちぃ……! どっちみち悠長にやり合ってる暇はねぇな!)

 このまま斬り合っていても地力の差で押し切られる可能性が高い。それこそ奴の言うように失血死か墜落死の二択だ。なのでここは思い切って勝負に出るしか方法はない。彼はジルベールの攻撃を極力回避しながら静かに神力を練り上げる。

「……! 何かする気だね! そうはさせない。一気に決める!」

 しかしジルベールも天馬の様子に気づいたらしく、警戒の度合いを高めて一気に勝負を付けるべく魔力を高めた。そしてレイピアを限界まで引き絞る。

神鹿の刺突角(デュセール・コルヌ)!!』

 一瞬奴の背後に巨大な牡鹿の幻影が見えた気がした。次の瞬間、それまでの攻撃が児戯にも思えるほどのスピードと、そして殺気(・・)をもって、ジルベールが引き絞ったレイピアを身体ごと突き出しながら突進してきた。

『神鳴明王斬!!』

 しかし同時に天馬もまた最大限まで練り上げた神力を解放し、研ぎに研ぎ澄ませた必殺の一撃を放つ。神力と魔力。斬撃と刺突。超常の必殺技を出し合った2人は武器を振り抜いた体勢で交叉した。


「ぎぁっ……!!」

 そして天馬の顔が激しい苦痛に歪む。脇腹に大きな『穴』が穿たれていた。ジルベールの技によるものだ。本当は心臓を狙ったようだが、天馬自身も技を繰り出した為に狙いが逸れたようだ。攻撃範囲の狭さは刺突の弱点だ。

 しかしそれは心臓を貫かれるという結果に比べればの話で、脇腹に開いた穴は洒落にならない深さと大きさだ。血が止め処なく流れ出る。そして天馬に深手を負わせた当のジルベールはというと……

「ふ、ふふ……見事だ……サムライよ」

 吊り上げた口の端から血が垂れ落ちる。奴の胴体に斜めの深い切り傷が走っていた。天馬の技によるものだ。人間なら間違いなく致命傷と言っていいダメージだ。ジルベールはウォーデンだけあって即死する事はなかったが、大きく体勢を崩し、また自身の刺突の勢いもあって、そのまま足をもつれさせて屋上の縁から転落した。……高度634メートルの屋上の縁から。

 重力に引かれて超高度から落下していくジルベール。この高さから落ちたらウォーデンであっても無事では済まないはずだ。ましてや天馬の技で重傷を負った状態なら尚更だ。


「ふぅ……この高さならウォーデンでも死ぬだろ。何とか1人でやれたか。けど……まずはこいつを回復させねぇとな」

 ジルベールの墜落を確認した天馬は脂汗をかきながらその場に膝をつく。脇腹の傷はかなり深い。放っておくと命に関わる。天馬は神力を集中させて傷の回復に全神経を注ぎ込む。だがその時……

「……っ!?」

 天馬はギョッとして目を見開いた。強大な魔力を感知したのだ。それも……『下』から。ジルベールが転落していった方だ。


「まさか、あいつ……落ちながら変身(・・)したのか!?」


 これまでの旅路でも苦しめられてきたウォーデンの戦闘形態。だがいかにアレであっても、流石にこの高さから地面に叩きつけられたら只では済まないだろう。天馬は痛む身体を押して縁ににじり寄る。そして下を覗き込んだ。

「な……んだと!?」

 天馬が驚愕に目を瞠る。遥か下方から恐ろしい勢いで上昇(・・)してくるモノがあった。それは瞬く間にスカイツリーの屋上を通り越して、逆にそこを見下ろす位置で止まった。


『一騎打ちは君の勝ちだが……生憎私もここで死ぬ訳には行かなくてね。ハストゥール様に頂いた力を使わせてもらう事にした』


「……っ!」

 天馬が見上げる先……高度634メートルの更に上空に、翼の生えた牡鹿(・・・・・・・)がいた。

 鹿といっても最大級のヘラジカよりも巨大な体躯を備え、その立派で長大な角は美しくも鋭利に研ぎ澄まされている。そして更にその鹿は背中から一対の巨大な翼を生やしていた。その翼で空中を飛行しているのだ。

 つまるところその存在を一言で表すなら『鹿ペガサス』といった所か。だが外見自体はどうでもいい。重要なのはそいつに翼が生えていて、自由自在に飛行(・・)できるという点だ。

 天馬はスカイツリーの屋上部分しかフィールドが無いのに対して、ジルベールのバトルフィールドはほぼ無限大。あまりにもハンデがありすぎて、最早勝負以前の問題だ。

「おいおい、マジか……」

『さあ、第2ラウンドと行こうじゃないか。苦痛と絶望の音色を奏でてくれ!』

 顔を引き攣らせる天馬。だがジルベールが容赦なく突進してきて、否応なく『第2ラウンド』を開始されるのだった……
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