第8話 惨劇再び
文字数 5,271文字
『ケラウノス・サンダー!』
東京都杉並区にある『観泉寺』。ペラギアの神器『ニケ』から放たれた雷がプログレスを焼き尽くした。その横ではシャクティも二振りのチャクラム『ソーマ』と『ダラ』をプログレスに向けて投擲している。
『ドゥルガーの怒り!』
狙い過たずチャクラムはプログレスの首を刎ね飛ばした。8体いたプログレスの最後の1体が首から血を噴き出しながら崩れ落ちた。これで8体、全てのプログレスを討滅できた。
「よくやったね、シャクティ。あとはこの『要石』を破壊するだけだよ」
彼女を労ったペラギアはそのまま『ニケ』を要石に向ける。
「はい、これで二つ目ですね!」
シャクティも戦いの高揚を宿したまま武器を構える。こちらも2人いるとはいえ、流石に8体もの敵を相手取って戦うのはかなりの骨であった。しかし即席とはいえ2人で上手く連携する事で、無事に戦いに勝利することが出来た。
そして今、彼女らは二つ目の『要石』を破壊する事に成功した。
「ふぅ……これで二つ目。今の所、順調だね」
「そうですね。でも……この『要石』を破壊する事が、本当にその『王』という奴等に打撃を与える事になっているんでしょうか? 『要石』をそのまま放置しておくとどうなるのでしょうか?」
シャクティが根本的な疑問を呈する。
「確かに目に見える成果のようなものがないから実感しにくいけど、これは邪神の一部でもあるからね。放置すればこの東京を魔力で汚染し続けて、やがては完全に邪神の眷属どもが棲息しやすい環境に作り変えてしまう。それに『要石』を守っているのも『王』の手先どもだ。それを倒す事でも奴等に打撃は与えられていると思うよ」
それは目に見えるわかりやすい成果だ。シャクティも頷いた。
「ええ、そうですね。他の班も『要石』を壊していると考えれば、既にかなり多くのプログレスを討伐しているでしょうし」
「そうだね。このままプログレスを倒し続けているだけでも十分牽制にはなっていると思うよ。でもだからこそ……このままで済むとは思えないんだよね」
「え……?」
シャクティが訝しげな視線を向けるとペラギアは肩をすくめた。
「敵もそろそろ本腰 を入れてくるかもしれないって事」
「……!」
それはつまりこの先に待ち受ける敵は、プログレスだけではすまない かもしれないという事だ。
「まあただそれは今気にしていても仕方のない事だ。どのみち奴等との対決は避けられないんだから、いつその時が来てもいいように気構えだけはしておかないとね」
「は、はい……」
シャクティの声が不安そうな調子を帯びる。仲間の中では最も臆病な彼女だが、特にディヤウスとしての能力が劣る訳ではなく優秀な戦力には違いないので、相手がウォーデンであっても普段通りの力を出せるように願うばかりだ。
杉並区に続いて練馬区での浄化も終えた2人は、最後の担当区域である板橋区に足を運んでいた。東京二十三区では練馬区と並んで最も北西に当たる行政区だ。
板橋区でも『要石』の放つ魔力を感知した2人は慎重にその発生源を辿って行く。そして行き着いた場所は……
「ペラギアさん、ここって……」
「うん、まあ、学校 だね。高校のようだ」
都心としては広いスペースのグラウンドにはサッカーのゴールポストが向き合って置かれている。そのグラウンドの向こうには、アパートのような四角い長方形の窓が沢山並んだ4階建て程の建造物が聳えている。
ギリシャやインドの学校とはまた趣が異なるため彼女らには一見すると分からなかったが、正門前の縦看板に
『東京都板橋区立在徳高校』
とはっきり書かれているので、ここが日本の高校である事は間違いないと思われた。この周辺を回ったりして何度か確認したが、どう考えても魔力の発生源はこの学校の敷地内にあるとしか思われなかった。
「これが日本の学校なんですね。テンマさんは元々こういう所に通っていたんですね」
「ああ、例の幼馴染の子と一緒にね。そして……奴等邪神の勢力によって滅茶苦茶にされた」
「……!!」
興味深げに日本の学校を仰ぎ見るシャクティだったが、重々しく頷いたペラギアの言葉にハッとなる。仲間たちは多かれ少なかれ何らかの決別や離別を経て今現在ここにいる者達ばかりだ。それはシャクティとて変わらない。だが天馬の体験は他のメンバーに比しても悲惨凄惨であり、彼があれほど激烈に邪神の勢力を憎む原動力ともなっている。
彼にとって『学校』とはトラウマ、もしくは憎悪を喚起する場所であり、そういう意味ではここに当たったのが自分達で良かったとさえ言えるかもしれない。
「本当にそうだね。さて……ここに『要石』がある以上、何とか潜入しなければならないんだけど……夜まで待った方がいいのかな?」
ペラギアが少し困ったように呟く。今回は今までのような公園や寺の境内とは違う。そのまま入ったら不法侵入だ。日中は生徒や職員など大勢の人間が詰めているはずなので、夜間に人が少なくなってから侵入した方がよさそうだと彼女は判断したが……
「……っ! ペラギアさん、『結界』です!!」
「何……!?」
シャクティの警告に目を剥くペラギア。彼女の言うとおり学校の校舎の中から凄まじい勢いで広がってきた『結界』が、瞬く間に学校の敷地全体を覆い尽くしてしまったのだ。
「こ、これは……何が起きているのでしょうか?」
「……なるほど、どうやら私達がここに来ている事はとっくにバレているようだね。私達に今すぐ入ってこいと挑発 しているんだ」
「……!!」
シャクティが息を呑む。
「私の予想では十中八九、この中ではテンマの母校で起きたのと同様の惨劇が繰り広げられているはずだ。つまり私達は否応なく今すぐこの中に飛び込まざるを得ないという事だね」
巻き込まれているであろう大多数の無関係な生徒たちや職員たちを助けるためにはそれしかない。この『結界』を張った者は彼らを人質にして、ペラギア達から即時強制突入以外の選択肢を奪ったのだ。
「であるなら遠慮なく招待に与ろうじゃないか。覚悟はいいね、シャクティ?」
「は、はい! いつでも行けます!」
2人は神器 を顕現し、神衣 をその身に纏うと、正門から躊躇う事無く学校の敷地内に……『結界』の中に突入した。
「……っ!」
そしてすぐに凄惨な光景に息を呑んだ。
学校の至る所で、骨で出来た巨大な蜘蛛のような怪物が人々を襲っているのだ。襲われているのは大半がこの学校の生徒のようだ。悲鳴を上げて逃げ惑っている。そこに容赦なく襲い掛かる骨蜘蛛が彼らの……未来ある若者たちの命を奪っていく。グラウンドでこれだ。恐らく校舎内では更なる阿鼻叫喚が繰り広げられているものと想像できる。
「な、なんという事を……! こんな……酷すぎる!」
「……まるきりテンマの過去の体験を再現しているという訳か。本当に……彼がここにいなかったのが不幸中の幸いだね。私でさえはらわたが煮えくり返りそうだ」
あまりの地獄絵図に顔を青ざめさせるシャクティと、対照的に感情を抑えたような低い声で唸るペラギア。
「シャクティ、済まないが君は光のチャクラムを作れるだけ作って、なるべく多くの人達を助けるんだ。私は生憎そういう方面では不向きだからね」
シャクティが神力で作り出すチャクラムは半自立型でかなり広範囲に動かせるので、このような場合の人命保護に効果的だ。ただそれはあくまで応急的な対症療法でしかない。
「私はこのまま『要石』を目指す。恐らくそこにこの惨劇を生み出してる張本人がいるはずだからね」
そいつを倒し『要石』を破壊すればこの悪夢は終わるはずだ。というより根本的な解決はそれしかない。だが……
「え、でも、お一人で大丈夫ですか? 敵は多分……」
「ああ、間違いなくウォーデン がいるね。でも今襲われている学生や職員達を放っておく訳にも行かないからね」
骨蜘蛛たちは見た所際限なく湧き出しているようだ。恐らく『要石』が存在する限り、ほぼ無限に湧き続けるものと思われる。つまり襲われている人達を助ける役割のシャクティは、完全にそちらに拘束される事になってしまう。待ち構えているであろうウォーデンとはペラギアが一人で戦うしかない。
(……もしや敵はそれも見越してこの惨劇を演出したのか?)
敵の掌の上で動かされている感があるが、どのみち他に選択肢はない以上やるしかない。
「後に引けない以上懸念ばかり挙げても仕方がない。とにかく動くよ!」
「は、はい!」
シャクティは慌てて頷くと、すぐにありったけの光のチャクラムを作り出した。数は十個ほどにもなる。この学校全体をカバーするにはそれでも足りないが、シャクティとしてもこれが限界なのだろう。
「行きます! ペラギアさんもどうかお気をつけて!」
「ああ、君もね!」
2人は弾かれたように動き出す。シャクティは襲われている人々を一人でも多く助けるために、チャクラムを可能な限り拡散させて骨蜘蛛たちを斬り倒しつつ駆け出していく。それを見送ってペラギアも『要石』の気配を辿って校舎の中に踏み込んでいく。
校舎の中も当然阿鼻叫喚の地獄絵図であったが、ペラギアは自身の進路上にいる骨蜘蛛のみを斬り倒して後は極力襲われている人々から意識を逸らして、ただ一心に『要石』を目指す。ここで立ち止まって学生達を助けるのは簡単だが、そこで彼女が足を止めた分だけ被害が増していく事になる。この地獄を終える為には一刻も早くウォーデンを倒し『要石』を破壊する以外にないのだ。
やがて校舎の最上階である4階に辿り着いたペラギア。『要石』はもうすぐ近くだ。増々濃くなるその気配を辿って進む彼女は、廊下に等間隔に並ぶ部屋の一つの扉を開けた。そこは本来は 普通の教室のようであった。
「ああ、やっとご到着か。どうだい? 僕の演出 は楽しんでもらえたかな?」
「……!!」
その教室の真ん中に、真っ黒いモノリスが屹立していた。『要石』だ。通常のものよりサイズが小さく、部屋の天井スレスレ辺りまでの高さしかない。しかしそこから噴き出る魔力の濃さは他の要石になんら劣らないように感じる。
しかし……部屋に踏み込んだペラギアが目を瞠ったのは『要石』に対してではなかった。
その『要石』の前に一人の男が椅子に腰かけていた。男といっても他の学生たちと同じ制服に身を包んだ、天馬と同年代くらいの線の細い少年であった。しかし気弱そうな印象さえ与えるその面貌が、今は邪悪で残忍な悦びに歪められている。
そして……彼の前には、やはり同じ学生と思われる少女達が全裸姿で平伏していた。どの顔も恐怖に青ざめており、操られてそうしている訳ではなさそうだ。他の男子生徒の姿は見当たらない。
「貴様……貴様がウォーデンか。一体なぜこんな事を? それにこの有様は何のつもりだ?」
ペラギアが油断なく剣を構えて詰問すると、少年は肩をすくめた。
「こいつらはクラスぐるみで僕の事を苛めてたのさ。いつか復讐してやろうと思ってたけど、ようやく『王』から許可が下りたんだ。『王』はもう行動 を起こすつもりみたいだから、僕がこういう事件を起こしても問題なくなったって事だろうね」
「……! 『王』……やはりそいつが黒幕か」
ペラギアは歯噛みする。この学校で起きている惨劇は『結界』が解けたらとんでもない大事件として報道されるはずだ。そうなっても問題ない……つまりはこの惨劇さえ比較にならないような事態を、その『王』とやらは引き起こそうとしているという事だ。
「今学校全体で起こしてるこの事態は、恐らくそっちの考えてる通りだと思うよ。馬鹿だよねぇ。ただでさえ少ない戦力を、あんな奴等を助けるために更に分散させちゃうんだからさ」
「……っ!」
少年が馬鹿にしたように嗤うが、反論できないペラギアは黙って唇を噛みしめる以外にない。少年がゆっくり立ち上がった。周りに控える全裸の少女たちが恐れおののいたように部屋の隅まで下がる。
「僕は上杉風太郎。……この名前のせいでこいつらのいじめの対象になったんだけど、まあ外国人には分からないよね」
「……?」
確かにペラギアには日本人の比較的平凡と思われるその名前の何が問題なのか分からなかった。少年……上杉は肩をすくめた。
「別にいいさ。今となってはどうでもいい事だし。さあ、元々僕を覚醒させた孔雀明王 の力をあんたにも見せてあげるよ。勿論クトゥルフ様にお力によって遥かにパワーアップしてるけどね」
「……! 孔雀明王……!」
それならペラギアにも分かった。密教の尊格である明王の一つで、衆生を利益する徳を有すると言われる仏尊だ。それが邪神クトゥルフの力によって歪められたという訳だ。
「……元がどんな人生を送っていようが関係ない。邪神の種子を受け入れウォーデンへと堕し、このような地獄を引き起こした貴様には死以外の結末はない。あの世で貴様が殺した全ての人間たちに詫びるがいい!」
ペラギアは自らを鼓舞するように叫ぶと、『ニケ』に神の雷を纏わせて一気呵成に斬りかかった!
東京都杉並区にある『観泉寺』。ペラギアの神器『ニケ』から放たれた雷がプログレスを焼き尽くした。その横ではシャクティも二振りのチャクラム『ソーマ』と『ダラ』をプログレスに向けて投擲している。
『ドゥルガーの怒り!』
狙い過たずチャクラムはプログレスの首を刎ね飛ばした。8体いたプログレスの最後の1体が首から血を噴き出しながら崩れ落ちた。これで8体、全てのプログレスを討滅できた。
「よくやったね、シャクティ。あとはこの『要石』を破壊するだけだよ」
彼女を労ったペラギアはそのまま『ニケ』を要石に向ける。
「はい、これで二つ目ですね!」
シャクティも戦いの高揚を宿したまま武器を構える。こちらも2人いるとはいえ、流石に8体もの敵を相手取って戦うのはかなりの骨であった。しかし即席とはいえ2人で上手く連携する事で、無事に戦いに勝利することが出来た。
そして今、彼女らは二つ目の『要石』を破壊する事に成功した。
「ふぅ……これで二つ目。今の所、順調だね」
「そうですね。でも……この『要石』を破壊する事が、本当にその『王』という奴等に打撃を与える事になっているんでしょうか? 『要石』をそのまま放置しておくとどうなるのでしょうか?」
シャクティが根本的な疑問を呈する。
「確かに目に見える成果のようなものがないから実感しにくいけど、これは邪神の一部でもあるからね。放置すればこの東京を魔力で汚染し続けて、やがては完全に邪神の眷属どもが棲息しやすい環境に作り変えてしまう。それに『要石』を守っているのも『王』の手先どもだ。それを倒す事でも奴等に打撃は与えられていると思うよ」
それは目に見えるわかりやすい成果だ。シャクティも頷いた。
「ええ、そうですね。他の班も『要石』を壊していると考えれば、既にかなり多くのプログレスを討伐しているでしょうし」
「そうだね。このままプログレスを倒し続けているだけでも十分牽制にはなっていると思うよ。でもだからこそ……このままで済むとは思えないんだよね」
「え……?」
シャクティが訝しげな視線を向けるとペラギアは肩をすくめた。
「敵もそろそろ
「……!」
それはつまりこの先に待ち受ける敵は、プログレスだけでは
「まあただそれは今気にしていても仕方のない事だ。どのみち奴等との対決は避けられないんだから、いつその時が来てもいいように気構えだけはしておかないとね」
「は、はい……」
シャクティの声が不安そうな調子を帯びる。仲間の中では最も臆病な彼女だが、特にディヤウスとしての能力が劣る訳ではなく優秀な戦力には違いないので、相手がウォーデンであっても普段通りの力を出せるように願うばかりだ。
杉並区に続いて練馬区での浄化も終えた2人は、最後の担当区域である板橋区に足を運んでいた。東京二十三区では練馬区と並んで最も北西に当たる行政区だ。
板橋区でも『要石』の放つ魔力を感知した2人は慎重にその発生源を辿って行く。そして行き着いた場所は……
「ペラギアさん、ここって……」
「うん、まあ、
都心としては広いスペースのグラウンドにはサッカーのゴールポストが向き合って置かれている。そのグラウンドの向こうには、アパートのような四角い長方形の窓が沢山並んだ4階建て程の建造物が聳えている。
ギリシャやインドの学校とはまた趣が異なるため彼女らには一見すると分からなかったが、正門前の縦看板に
『東京都板橋区立在徳高校』
とはっきり書かれているので、ここが日本の高校である事は間違いないと思われた。この周辺を回ったりして何度か確認したが、どう考えても魔力の発生源はこの学校の敷地内にあるとしか思われなかった。
「これが日本の学校なんですね。テンマさんは元々こういう所に通っていたんですね」
「ああ、例の幼馴染の子と一緒にね。そして……奴等邪神の勢力によって滅茶苦茶にされた」
「……!!」
興味深げに日本の学校を仰ぎ見るシャクティだったが、重々しく頷いたペラギアの言葉にハッとなる。仲間たちは多かれ少なかれ何らかの決別や離別を経て今現在ここにいる者達ばかりだ。それはシャクティとて変わらない。だが天馬の体験は他のメンバーに比しても悲惨凄惨であり、彼があれほど激烈に邪神の勢力を憎む原動力ともなっている。
彼にとって『学校』とはトラウマ、もしくは憎悪を喚起する場所であり、そういう意味ではここに当たったのが自分達で良かったとさえ言えるかもしれない。
「本当にそうだね。さて……ここに『要石』がある以上、何とか潜入しなければならないんだけど……夜まで待った方がいいのかな?」
ペラギアが少し困ったように呟く。今回は今までのような公園や寺の境内とは違う。そのまま入ったら不法侵入だ。日中は生徒や職員など大勢の人間が詰めているはずなので、夜間に人が少なくなってから侵入した方がよさそうだと彼女は判断したが……
「……っ! ペラギアさん、『結界』です!!」
「何……!?」
シャクティの警告に目を剥くペラギア。彼女の言うとおり学校の校舎の中から凄まじい勢いで広がってきた『結界』が、瞬く間に学校の敷地全体を覆い尽くしてしまったのだ。
「こ、これは……何が起きているのでしょうか?」
「……なるほど、どうやら私達がここに来ている事はとっくにバレているようだね。私達に今すぐ入ってこいと
「……!!」
シャクティが息を呑む。
「私の予想では十中八九、この中ではテンマの母校で起きたのと同様の惨劇が繰り広げられているはずだ。つまり私達は否応なく今すぐこの中に飛び込まざるを得ないという事だね」
巻き込まれているであろう大多数の無関係な生徒たちや職員たちを助けるためにはそれしかない。この『結界』を張った者は彼らを人質にして、ペラギア達から即時強制突入以外の選択肢を奪ったのだ。
「であるなら遠慮なく招待に与ろうじゃないか。覚悟はいいね、シャクティ?」
「は、はい! いつでも行けます!」
2人は
「……っ!」
そしてすぐに凄惨な光景に息を呑んだ。
学校の至る所で、骨で出来た巨大な蜘蛛のような怪物が人々を襲っているのだ。襲われているのは大半がこの学校の生徒のようだ。悲鳴を上げて逃げ惑っている。そこに容赦なく襲い掛かる骨蜘蛛が彼らの……未来ある若者たちの命を奪っていく。グラウンドでこれだ。恐らく校舎内では更なる阿鼻叫喚が繰り広げられているものと想像できる。
「な、なんという事を……! こんな……酷すぎる!」
「……まるきりテンマの過去の体験を再現しているという訳か。本当に……彼がここにいなかったのが不幸中の幸いだね。私でさえはらわたが煮えくり返りそうだ」
あまりの地獄絵図に顔を青ざめさせるシャクティと、対照的に感情を抑えたような低い声で唸るペラギア。
「シャクティ、済まないが君は光のチャクラムを作れるだけ作って、なるべく多くの人達を助けるんだ。私は生憎そういう方面では不向きだからね」
シャクティが神力で作り出すチャクラムは半自立型でかなり広範囲に動かせるので、このような場合の人命保護に効果的だ。ただそれはあくまで応急的な対症療法でしかない。
「私はこのまま『要石』を目指す。恐らくそこにこの惨劇を生み出してる張本人がいるはずだからね」
そいつを倒し『要石』を破壊すればこの悪夢は終わるはずだ。というより根本的な解決はそれしかない。だが……
「え、でも、お一人で大丈夫ですか? 敵は多分……」
「ああ、間違いなく
骨蜘蛛たちは見た所際限なく湧き出しているようだ。恐らく『要石』が存在する限り、ほぼ無限に湧き続けるものと思われる。つまり襲われている人達を助ける役割のシャクティは、完全にそちらに拘束される事になってしまう。待ち構えているであろうウォーデンとはペラギアが一人で戦うしかない。
(……もしや敵はそれも見越してこの惨劇を演出したのか?)
敵の掌の上で動かされている感があるが、どのみち他に選択肢はない以上やるしかない。
「後に引けない以上懸念ばかり挙げても仕方がない。とにかく動くよ!」
「は、はい!」
シャクティは慌てて頷くと、すぐにありったけの光のチャクラムを作り出した。数は十個ほどにもなる。この学校全体をカバーするにはそれでも足りないが、シャクティとしてもこれが限界なのだろう。
「行きます! ペラギアさんもどうかお気をつけて!」
「ああ、君もね!」
2人は弾かれたように動き出す。シャクティは襲われている人々を一人でも多く助けるために、チャクラムを可能な限り拡散させて骨蜘蛛たちを斬り倒しつつ駆け出していく。それを見送ってペラギアも『要石』の気配を辿って校舎の中に踏み込んでいく。
校舎の中も当然阿鼻叫喚の地獄絵図であったが、ペラギアは自身の進路上にいる骨蜘蛛のみを斬り倒して後は極力襲われている人々から意識を逸らして、ただ一心に『要石』を目指す。ここで立ち止まって学生達を助けるのは簡単だが、そこで彼女が足を止めた分だけ被害が増していく事になる。この地獄を終える為には一刻も早くウォーデンを倒し『要石』を破壊する以外にないのだ。
やがて校舎の最上階である4階に辿り着いたペラギア。『要石』はもうすぐ近くだ。増々濃くなるその気配を辿って進む彼女は、廊下に等間隔に並ぶ部屋の一つの扉を開けた。そこは
「ああ、やっとご到着か。どうだい? 僕の
「……!!」
その教室の真ん中に、真っ黒いモノリスが屹立していた。『要石』だ。通常のものよりサイズが小さく、部屋の天井スレスレ辺りまでの高さしかない。しかしそこから噴き出る魔力の濃さは他の要石になんら劣らないように感じる。
しかし……部屋に踏み込んだペラギアが目を瞠ったのは『要石』に対してではなかった。
その『要石』の前に一人の男が椅子に腰かけていた。男といっても他の学生たちと同じ制服に身を包んだ、天馬と同年代くらいの線の細い少年であった。しかし気弱そうな印象さえ与えるその面貌が、今は邪悪で残忍な悦びに歪められている。
そして……彼の前には、やはり同じ学生と思われる少女達が全裸姿で平伏していた。どの顔も恐怖に青ざめており、操られてそうしている訳ではなさそうだ。他の男子生徒の姿は見当たらない。
「貴様……貴様がウォーデンか。一体なぜこんな事を? それにこの有様は何のつもりだ?」
ペラギアが油断なく剣を構えて詰問すると、少年は肩をすくめた。
「こいつらはクラスぐるみで僕の事を苛めてたのさ。いつか復讐してやろうと思ってたけど、ようやく『王』から許可が下りたんだ。『王』はもう
「……! 『王』……やはりそいつが黒幕か」
ペラギアは歯噛みする。この学校で起きている惨劇は『結界』が解けたらとんでもない大事件として報道されるはずだ。そうなっても問題ない……つまりはこの惨劇さえ比較にならないような事態を、その『王』とやらは引き起こそうとしているという事だ。
「今学校全体で起こしてるこの事態は、恐らくそっちの考えてる通りだと思うよ。馬鹿だよねぇ。ただでさえ少ない戦力を、あんな奴等を助けるために更に分散させちゃうんだからさ」
「……っ!」
少年が馬鹿にしたように嗤うが、反論できないペラギアは黙って唇を噛みしめる以外にない。少年がゆっくり立ち上がった。周りに控える全裸の少女たちが恐れおののいたように部屋の隅まで下がる。
「僕は上杉風太郎。……この名前のせいでこいつらのいじめの対象になったんだけど、まあ外国人には分からないよね」
「……?」
確かにペラギアには日本人の比較的平凡と思われるその名前の何が問題なのか分からなかった。少年……上杉は肩をすくめた。
「別にいいさ。今となってはどうでもいい事だし。さあ、元々僕を覚醒させた
「……! 孔雀明王……!」
それならペラギアにも分かった。密教の尊格である明王の一つで、衆生を利益する徳を有すると言われる仏尊だ。それが邪神クトゥルフの力によって歪められたという訳だ。
「……元がどんな人生を送っていようが関係ない。邪神の種子を受け入れウォーデンへと堕し、このような地獄を引き起こした貴様には死以外の結末はない。あの世で貴様が殺した全ての人間たちに詫びるがいい!」
ペラギアは自らを鼓舞するように叫ぶと、『ニケ』に神の雷を纏わせて一気呵成に斬りかかった!