第17話 決着
文字数 3,854文字
「アリシア! あんたは神聖砲弾 の準備だ! 俺と小鈴が奴を足止めする!」
「……!! 解った、頼む!」
天馬の指示に疑問を差し挟まず、後ろに下がりながら即座に神力を練り上げ始めるアリシア。小鈴も自分の役目を理解して、迫りくる『黒獣』を引き付けるべく牽制の為に気炎弾を連続して撃ち込む。
だが『黒獣』は火球に被弾しながらもお構いなしに突進してくる。天馬も牽制に鬼刃斬を放つが、当たればプログレスも一撃で倒せる真空刃を受けても、やはり『黒獣』は目に見えて効いている様子が無い。恐ろしい耐久力だ。
『ゴアァァァァァッ!!』
一瞬で至近距離まで迫った『黒獣』が咆哮と共に巨大な鉤爪を振り下ろす。天馬と小鈴は咄嗟に跳び退って躱すが、代わりにその爪撃を受けた床が大きく抉れて、破片が粉々に爆散した。
まるで小規模な爆弾でも落ちたかのようだ。こんな物をまともに受けたらディヤウスと言えど一溜まりもない。
「……ッ! 鬼神崩滅斬!」
「炎帝連舞陣!」
守勢に回ったらマズいと判断した天馬と小鈴は、示し合わせたように左右から挟撃を仕掛ける。また奴の注意をアリシアから逸らせておく必要があるので、とにかく攻めまくるしかない。
2人はそれぞれ刀と棍を使った連撃技で攻めかかる。牽制とはいってもディヤウスの力を全開にした連撃であり、一撃一撃が常人なら即死級の威力を内包した死の連弾である。
『ちょこまかと小賢しい奴等がぁっ!!』
しかし全力を解放したウォーデンの前にはそれもただの牽制にしかならない。『黒獣』は苛立たし気に咆哮すると鉤爪を縦横に振り回す。鉤爪の直接的な攻撃だけでなく、その爪から黒い波動が軌跡となって発生し間接攻撃も同時に行ってくる。
「ぐがぁっ!!」「あぐっ!!」
鉤爪は何とか躱せても、その爪から発生する波動までは躱しきれない。『黒獣』の爪が振るわれる度に天馬と小鈴の身体に傷が増えてダメージが蓄積していく。だがここが踏ん張りどころである2人は傷を受けながらも必死で食らいつく。
『ええい! しつこいハエ共がっ!』
ダメージを負っても中々倒れずにしぶとく食らい付いてくる天馬達に苛立った『黒獣』が、その獣の口を大きく開く。
『魔哮咆ッ!!!』
「……っ!?」
その瞬間、『黒獣』の開いた口から不可視のインパルスのような物が全方位に向けて放射された。物理的な衝撃を伴った一種の音波攻撃のような物らしい。それだけに躱す事は不可能で、左右から挟撃していた天馬と小鈴は、ほぼ同時に衝撃波を喰らって反対方向に吹き飛ばされた。そしてそれぞれホールの両端の壁に激突して倒れ伏した。
「が、は……」
既に『黒獣』との近接戦闘でかなりのダメージを負っていた所に今の衝撃波が止めとなって、天馬も小鈴も立ち上がる事が出来ない。
『ふん、雑魚共が無駄に手こずらせおって。まずは小僧、貴様から始末してくれるわ』
天馬達が立ち上がれない事を見て取った『黒獣』が鼻を鳴らすと、倒れている天馬に向けて大きく腕を振りかぶる。あの爪の軌跡をした黒い真空刃を放つ気だ。今の状態であれを喰らったら天馬は確実に死ぬ。
だがそれが解っていても天馬も小鈴もダメージが大きすぎて動けず、為す術がないと思われたが……この時『黒獣』が一時的にその存在を忘れ去っていた者がいた。それはある意味で天馬と小鈴の粘り強い奮闘がもたらした成果であった。
「神聖砲弾 ッ!!!」
『……!!』
そして『黒獣』がそれに気付いた時にはもう手遅れだった。天馬達が稼いでくれた時間で神力を極限まで練り上げたアリシアが、その全ての神力を一気に解放したのだ。
瞬間的に戦車砲弾も上回る威力となった神力の波動が極太の光線となって迸る。それは撃ったアリシア自身が、反動で後方の壁に叩きつけられる程の勢いであった。
『カァッ!!!』
躱せないと悟った『黒獣』が両腕を突き出して、邪気を集中させて神聖砲弾を受け止める。天馬と小鈴の攻撃にもビクともしなかった強靭な『黒獣』の身体 。しかしその両腕が一瞬の拮抗の後、跡形も無く弾け飛んだ。
『……ッ!!』
そのまま突き進んだ光の波動は、『黒獣』の胴体を貫いて巨大な風穴を穿った!
「ごぼあぁぁぁぁぁ……!!」
黒い邪気が弾け飛んで『黒獣』の変身 が解けた鑿歯が、大量の血液を吐き零しながら地面に倒れ伏す。その胴体にもやはり大きな風穴が開いており、身体の下に急速に血だまりが形成されていく。
どう見ても致命傷だ。
「鑿歯……いえ、叔父さん。終わりよ……」
傷つきながらも何とか立ち上がった小鈴が鑿歯の元まで歩み寄っていく。アリシアはその間に天馬を介抱していた。彼は毒を受けていた影響もあり小鈴よりダメージが深かった。
「く、ふふ……まさか、こういう結末になるとはな。私が殺した武生の娘が私を殺す、か。まさに因果応報というやつか」
口と腹から血を流しながら鑿歯が皮肉気に笑う。その血の気が引いた顔には既に死相が現れていた。
「叔父さん……。何で私を引き取ったの? 孤児院に入れてしまう事だって出来たはずなのに」
それは彼女がどうしても聞きたい事だった。彼は気紛れと言っていたが、それだけでは納得できるものではない。
「ふ、さてな……。気紛れだったのは本当だ。だが心のどこかで兄に……お前の父親に対する罪悪感があったのかも知れん。その罪悪感を少しでも消したかった。要は自分の為だったのだ」
「…………」
自分の為。勿論それもあっただろう。だがそれだけではない気がした。しかしそれを言った所で彼が素直に自身の心情を吐露する事は決してないだろう。
「あの、奥のドアの向こうは、この場で『競り』に掛ける予定の商品が移されている控室 だ。お前の友達はあそこにいる」
「……!」
ホールの隅にある小さな鉄のドアが見えた。あの奥に吴珊がいるとの事だ。ディヤウスとして覚醒して邪神との戦いに身を投じる決意をした小鈴は、吴珊とも訣別しなくてはならない。だがそれでも友人が無事だった事にホッと胸を撫で下ろす。
「最後に……お前の『叔母』に関しては気にしなくていい。あれは私の部下で、今頃はとっくに雲隠れしているだろう」
「……!」
叔父が組織のボスだった時点で覚悟はしていたが、それはそれで衝撃的な事実であった。だがもう小鈴に動揺はない。彼女はディヤウスに覚醒した時点で生まれ変わったようなものなのだから。
「さらばだ……小鈴よ。だが憶えておくがいい。【外なる神々】と戦うのであれば、これからお前を待つのは茨の道だという事を」
「ええ……覚悟しているわ」
短くそれだけを答えると彼は薄く笑った。そしてその表情のまま動かなくなった。……死んだのだ。
「……終わったな。大丈夫か、シャオリン?」
アリシアが天馬に肩を貸しながら歩いてきた。小鈴は目に薄っすら浮かんでいた涙を拭って頷いた。
「ええ、私なら平気よ。ありがとう、アリシア、天馬。吴珊を助けられたのも、ディヤウスとして覚醒できたのも全部あなた達のお陰よ」
「いや、本当に凄いのはあんただよ、小鈴。俺達はただその手伝いをしただけさ」
自分がディヤウスだという事を知る前から友人の捜索を1人で続けており、天馬達と出会ってからも未覚醒の身でずっと戦い続けてきた。彼女の勇気と行動力は称賛に価するものだろう。
「ありがとう、天馬。そう言って貰えると報われるわ」
「……シャオリン。ディヤウスとして覚醒でき、お前の友人を助けるという目標も達成できた。今一度改めて訪ねるが……」
アリシアが問い掛けようとするのを遮って頷く小鈴。
「みなまで言わなくても解ってるわ。もうここに私の生活は無い。そもそも今の生活を捨てる決心が付いたからこそディヤウスとして覚醒出来たんだし。私もあなた達の旅に同行させてもらうわ。いえ、むしろ私の方からそれをお願いしたいくらいよ」
晴れやかな笑顔を浮かべて申し出る小鈴。彼女が正式に天馬達の仲間 に加わった瞬間であった。
「ああ、宜しく頼むぜ、小鈴。さて、それじゃここに来た最後の目的を果たさないとな」
「ええ、そうね」
3人は鑿歯が示した鉄のドアまで歩み寄ると、ゆっくりと開いた。鍵は掛かっていなかった。ドアを潜るとホールとは打って変わったコンクリートの壁と鉄格子の檻 が並ぶ陰鬱な空間が広がっていた。そしてその檻の中にはそれぞれ一人ずつ女性が囚われていた。
虜囚の女性達は皆怯えた目でこちらを注視してくるが……
「え……う、嘘。小鈴? 小鈴なの……?」
「……! 吴珊!」
檻の1つからこちらを見て信じられないように小鈴の名前を呟く女性。それは紛れもなく連れ去られた友人の王吴珊であった。小鈴は急いでその檻に駆け寄った……
こうして成都市を舞台とした人身売買組織を巡る一連の戦いにようやく終止符が打たれた。吴珊も含めて商品として誘拐されていた女性達は全員救助され、半裸の姿をした彼女らが一斉にパンダ繁殖研究基地を訪れていた大勢の外国人観光客の前に姿を現した為、隠蔽は不可能であり全てが明るみに出る事となった。
国際的にもニュースとして連日報道され、対応を余儀なくされた中国政府は所長に至るまで施設の職員の殆どを逮捕して、新たに中央から職員を赴任させる事になった。また公安局、省や市の当局にも中央の査察が入り、黒社会と関わりのあった者達は軒並み逮捕や更迭の憂き目に遭う事となった。
そしてこの一大事件を解決したはずの者達は、その狂騒の脇を縫うようにしていつの間にかひっそりと姿を消していた。
「……!! 解った、頼む!」
天馬の指示に疑問を差し挟まず、後ろに下がりながら即座に神力を練り上げ始めるアリシア。小鈴も自分の役目を理解して、迫りくる『黒獣』を引き付けるべく牽制の為に気炎弾を連続して撃ち込む。
だが『黒獣』は火球に被弾しながらもお構いなしに突進してくる。天馬も牽制に鬼刃斬を放つが、当たればプログレスも一撃で倒せる真空刃を受けても、やはり『黒獣』は目に見えて効いている様子が無い。恐ろしい耐久力だ。
『ゴアァァァァァッ!!』
一瞬で至近距離まで迫った『黒獣』が咆哮と共に巨大な鉤爪を振り下ろす。天馬と小鈴は咄嗟に跳び退って躱すが、代わりにその爪撃を受けた床が大きく抉れて、破片が粉々に爆散した。
まるで小規模な爆弾でも落ちたかのようだ。こんな物をまともに受けたらディヤウスと言えど一溜まりもない。
「……ッ! 鬼神崩滅斬!」
「炎帝連舞陣!」
守勢に回ったらマズいと判断した天馬と小鈴は、示し合わせたように左右から挟撃を仕掛ける。また奴の注意をアリシアから逸らせておく必要があるので、とにかく攻めまくるしかない。
2人はそれぞれ刀と棍を使った連撃技で攻めかかる。牽制とはいってもディヤウスの力を全開にした連撃であり、一撃一撃が常人なら即死級の威力を内包した死の連弾である。
『ちょこまかと小賢しい奴等がぁっ!!』
しかし全力を解放したウォーデンの前にはそれもただの牽制にしかならない。『黒獣』は苛立たし気に咆哮すると鉤爪を縦横に振り回す。鉤爪の直接的な攻撃だけでなく、その爪から黒い波動が軌跡となって発生し間接攻撃も同時に行ってくる。
「ぐがぁっ!!」「あぐっ!!」
鉤爪は何とか躱せても、その爪から発生する波動までは躱しきれない。『黒獣』の爪が振るわれる度に天馬と小鈴の身体に傷が増えてダメージが蓄積していく。だがここが踏ん張りどころである2人は傷を受けながらも必死で食らいつく。
『ええい! しつこいハエ共がっ!』
ダメージを負っても中々倒れずにしぶとく食らい付いてくる天馬達に苛立った『黒獣』が、その獣の口を大きく開く。
『魔哮咆ッ!!!』
「……っ!?」
その瞬間、『黒獣』の開いた口から不可視のインパルスのような物が全方位に向けて放射された。物理的な衝撃を伴った一種の音波攻撃のような物らしい。それだけに躱す事は不可能で、左右から挟撃していた天馬と小鈴は、ほぼ同時に衝撃波を喰らって反対方向に吹き飛ばされた。そしてそれぞれホールの両端の壁に激突して倒れ伏した。
「が、は……」
既に『黒獣』との近接戦闘でかなりのダメージを負っていた所に今の衝撃波が止めとなって、天馬も小鈴も立ち上がる事が出来ない。
『ふん、雑魚共が無駄に手こずらせおって。まずは小僧、貴様から始末してくれるわ』
天馬達が立ち上がれない事を見て取った『黒獣』が鼻を鳴らすと、倒れている天馬に向けて大きく腕を振りかぶる。あの爪の軌跡をした黒い真空刃を放つ気だ。今の状態であれを喰らったら天馬は確実に死ぬ。
だがそれが解っていても天馬も小鈴もダメージが大きすぎて動けず、為す術がないと思われたが……この時『黒獣』が一時的にその存在を忘れ去っていた者がいた。それはある意味で天馬と小鈴の粘り強い奮闘がもたらした成果であった。
「
『……!!』
そして『黒獣』がそれに気付いた時にはもう手遅れだった。天馬達が稼いでくれた時間で神力を極限まで練り上げたアリシアが、その全ての神力を一気に解放したのだ。
瞬間的に戦車砲弾も上回る威力となった神力の波動が極太の光線となって迸る。それは撃ったアリシア自身が、反動で後方の壁に叩きつけられる程の勢いであった。
『カァッ!!!』
躱せないと悟った『黒獣』が両腕を突き出して、邪気を集中させて神聖砲弾を受け止める。天馬と小鈴の攻撃にもビクともしなかった強靭な『黒獣』の
『……ッ!!』
そのまま突き進んだ光の波動は、『黒獣』の胴体を貫いて巨大な風穴を穿った!
「ごぼあぁぁぁぁぁ……!!」
黒い邪気が弾け飛んで『黒獣』の
どう見ても致命傷だ。
「鑿歯……いえ、叔父さん。終わりよ……」
傷つきながらも何とか立ち上がった小鈴が鑿歯の元まで歩み寄っていく。アリシアはその間に天馬を介抱していた。彼は毒を受けていた影響もあり小鈴よりダメージが深かった。
「く、ふふ……まさか、こういう結末になるとはな。私が殺した武生の娘が私を殺す、か。まさに因果応報というやつか」
口と腹から血を流しながら鑿歯が皮肉気に笑う。その血の気が引いた顔には既に死相が現れていた。
「叔父さん……。何で私を引き取ったの? 孤児院に入れてしまう事だって出来たはずなのに」
それは彼女がどうしても聞きたい事だった。彼は気紛れと言っていたが、それだけでは納得できるものではない。
「ふ、さてな……。気紛れだったのは本当だ。だが心のどこかで兄に……お前の父親に対する罪悪感があったのかも知れん。その罪悪感を少しでも消したかった。要は自分の為だったのだ」
「…………」
自分の為。勿論それもあっただろう。だがそれだけではない気がした。しかしそれを言った所で彼が素直に自身の心情を吐露する事は決してないだろう。
「あの、奥のドアの向こうは、この場で『競り』に掛ける予定の商品が移されている
「……!」
ホールの隅にある小さな鉄のドアが見えた。あの奥に吴珊がいるとの事だ。ディヤウスとして覚醒して邪神との戦いに身を投じる決意をした小鈴は、吴珊とも訣別しなくてはならない。だがそれでも友人が無事だった事にホッと胸を撫で下ろす。
「最後に……お前の『叔母』に関しては気にしなくていい。あれは私の部下で、今頃はとっくに雲隠れしているだろう」
「……!」
叔父が組織のボスだった時点で覚悟はしていたが、それはそれで衝撃的な事実であった。だがもう小鈴に動揺はない。彼女はディヤウスに覚醒した時点で生まれ変わったようなものなのだから。
「さらばだ……小鈴よ。だが憶えておくがいい。【外なる神々】と戦うのであれば、これからお前を待つのは茨の道だという事を」
「ええ……覚悟しているわ」
短くそれだけを答えると彼は薄く笑った。そしてその表情のまま動かなくなった。……死んだのだ。
「……終わったな。大丈夫か、シャオリン?」
アリシアが天馬に肩を貸しながら歩いてきた。小鈴は目に薄っすら浮かんでいた涙を拭って頷いた。
「ええ、私なら平気よ。ありがとう、アリシア、天馬。吴珊を助けられたのも、ディヤウスとして覚醒できたのも全部あなた達のお陰よ」
「いや、本当に凄いのはあんただよ、小鈴。俺達はただその手伝いをしただけさ」
自分がディヤウスだという事を知る前から友人の捜索を1人で続けており、天馬達と出会ってからも未覚醒の身でずっと戦い続けてきた。彼女の勇気と行動力は称賛に価するものだろう。
「ありがとう、天馬。そう言って貰えると報われるわ」
「……シャオリン。ディヤウスとして覚醒でき、お前の友人を助けるという目標も達成できた。今一度改めて訪ねるが……」
アリシアが問い掛けようとするのを遮って頷く小鈴。
「みなまで言わなくても解ってるわ。もうここに私の生活は無い。そもそも今の生活を捨てる決心が付いたからこそディヤウスとして覚醒出来たんだし。私もあなた達の旅に同行させてもらうわ。いえ、むしろ私の方からそれをお願いしたいくらいよ」
晴れやかな笑顔を浮かべて申し出る小鈴。彼女が正式に天馬達の
「ああ、宜しく頼むぜ、小鈴。さて、それじゃここに来た最後の目的を果たさないとな」
「ええ、そうね」
3人は鑿歯が示した鉄のドアまで歩み寄ると、ゆっくりと開いた。鍵は掛かっていなかった。ドアを潜るとホールとは打って変わったコンクリートの壁と
虜囚の女性達は皆怯えた目でこちらを注視してくるが……
「え……う、嘘。小鈴? 小鈴なの……?」
「……! 吴珊!」
檻の1つからこちらを見て信じられないように小鈴の名前を呟く女性。それは紛れもなく連れ去られた友人の王吴珊であった。小鈴は急いでその檻に駆け寄った……
こうして成都市を舞台とした人身売買組織を巡る一連の戦いにようやく終止符が打たれた。吴珊も含めて商品として誘拐されていた女性達は全員救助され、半裸の姿をした彼女らが一斉にパンダ繁殖研究基地を訪れていた大勢の外国人観光客の前に姿を現した為、隠蔽は不可能であり全てが明るみに出る事となった。
国際的にもニュースとして連日報道され、対応を余儀なくされた中国政府は所長に至るまで施設の職員の殆どを逮捕して、新たに中央から職員を赴任させる事になった。また公安局、省や市の当局にも中央の査察が入り、黒社会と関わりのあった者達は軒並み逮捕や更迭の憂き目に遭う事となった。
そしてこの一大事件を解決したはずの者達は、その狂騒の脇を縫うようにしていつの間にかひっそりと姿を消していた。